第一部 第三十六話 全ての決着 その5

「きゃあ!」


「何!?」


「!」


 何の前触れもなく、天斬剣てんざんけんが内包された箱から波動が爆発的に広がる。目がくらむほどのまばゆい光を放ちながら、バキバキと音を立てて箱が壊れていく。


 噴火のごとき勢いに背負っていたシオンは箱を手放す。


「兄さん! 勾玉が━━━」


「な!?」


 シオンの首から下げられた勾玉と天斬剣てんざんけんが共鳴し、光を放っている。


 勾玉は藤宮ふじみや家に受け継がれてきた家宝であり、噂では天斬剣にかけられた封印を解く鍵とされている。


「なぜ……今」


 練馬の呟きはこの場にいる全員の心の声を代弁していた。


 噂が真実であるのは目の前の現実が如実に教えてくれている。時間とともに溢れ出る波動と光は強くなり、封印が解けているのは明らかだ。


 では、なぜこのタイミングで封印が解けたのか。シオンは天斬剣を隠し持っていた。鍵と封印はずっと近くにあったのだ。今になって鍵が発動したということは、何かが引き金となったのだ。


 バキン、バキンと。


 疑問など御構い無しに破裂音を立てて封印が解け、次第に波動も強くなっていく。


 最後にひときわ大きい破裂音とともに箱が輝き、最後の封印が解除された。


 天斬剣に内包された波動が溢れ出し、燈たちを飲み込む。


 すると神社を覆う結界の内側に劇的な変化が訪れた。


 三月の桜の蕾が膨らみ始めた風景は冬の雪景色になり、さらに秋の紅葉が映えたかと思えば夏の青い緑が広がる。


 天斬剣に封じられた波動が景色に影響を及ぼし、時間が遡っているのだ。春、冬、秋、夏と景色が逆の順に変わっていく。


「なによ、これ……」


 あまりに非現実的な光景にシオンが絶句する。


「じゃあ、さよならだ」


「えっ?」


 波動に飲み込まれた燈の耳に言葉が飛び込んできた。


 男性の声だった。練馬ねりまのものでも、宗次郎のものでもない。


 どこか落ち着きつつも、悲しさとそれを押し殺して笑顔でいようとする二面性を持った、精悍な声だ。


 ━━━これは、過去の出来事? 天斬剣の所有者の記憶なの?


 波動の源は精神にある。天斬剣が持つ波動に飲み込まれ、持ち主の記憶に触れてもおかしくはない。


 なら、今の声は天斬剣の持ち主、初代王の剣の声なのか。


「これを、託す」


「!」


 さらに幻聴が聞こえ、燈は目を見開く。


 聞き間違いではない。今の声は宗次郎のものだ。


 なぜ天斬剣の記憶に宗次郎が出てくるのか。


 燈の疑問に答えるものはなく、波動は次第に収まり、夜の静寂が再び訪れた。


 シオンも、燈も。確執なんてなかったかのように、揃って国宝を見つめた。


「綺麗……」


 呆然と呟くシオンに燈は内心で同意した。


 黄金色に包まれた刀が神々しいまでの輝きを放ち、宙に浮いている。その波動は燈が今までに体感したどんな波動よりも雄大で、気高く、荘厳そうごんだった。王国最強の波動師ですらここまでの威容を出すことはできない。


 封印が解け、真の姿を現した天斬剣。天修羅を打ち倒し、史上最強と名高い伝説の波動師が使用した波動刀そのものだった。


「ば、かな」


 三人の中で練馬だけが、天斬剣とは別のものに心を奪われていた。


 宗次郎だ。練馬に腹を刺され、出血多量で命を落とすはずの男が、しっかりとした足取りで立っている。その体躯に、天斬剣がもつ黄金色の波動と同じ波動をまとわせて。


 波動が、宗次郎の傷をふさいでいく。それも、燈がしたように波動により自然治癒力を活性化させたのではない。


 地面にあふれ出た血液が体内の傷口に入り込んでいる。


 景色と同じく、時間が巻き戻っているのだ。


「……」


 完全に傷が塞がった宗次郎はゆっくりと左手をかざす。すると吸い寄せられるように、天斬剣は宗次郎の手に収まった。


「━━━随分、長く眠っていたな」


 面おもてを上げた宗次郎は今までと同じであるはずなのに、その顔つきは全く違う。


 まるで別人だ。


「あなたは、一体……」


 練馬が何とか疑問を口にする中、燈だけがその現象を理解できた。


 なぜか。宗次郎の話を聞いていたからだ。燈は無意識に知識を体系的に組みあげ、一つの仮説を立てる。


 宗次郎は時間と空間を操る波動に覚醒していた。学院に入学する前に行われた実験で波動を暴走させ、行方不明となった。


 もし。もしもだ。


 宗次郎が暴走した波動によって千年前にタイムスリップをしていたとしたら。


 そこで初代国王と出会い、波動の属性を生かして妖と戦い続けたとしたら。


 英雄になるという夢をかなえて、天修羅を倒していたとしたら。


 まことしやかにささやかれている噂の通り、国の危機に復活するとしたら。


 ━━━そういえば。


 穂積宗次郎が行方不明になったのは十二歳のとき。発見されたのは二十歳。つまり期間は八年間。


 そして、初代国王とその剣が共に戦った期間も八年間。これは天斬剣献上の儀が八年ごとに行われる由来になっている。


 このタイミングで勾玉が作動したのも、宗次郎に仕込まれた毒の波動符が”シオン”の名前が引き金となって発動したように、”約束”というワードが引き金になった。


 すべての辻褄が、合うのだ。


「俺は穂積宗次郎だ。そして━━━」 


 宗次郎は全員の顔をゆっくりと見渡し、真実を告げた。


「初代国王、皇大地の剣だ」


 その表情は静かな自信に満ち。


 その声に覇気を伴わせ。


 その体に莫大な波動を漲らせ。


 その手に最強の波動具を握りしめて。


 かくして。


 大陸を救った大英雄は、千年の時を超えてここに復活を果たした。

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