第一部 第三十四話 全ての決着 その3

 子供の頃の日常は、大人になってもずっと続くと思っていた。


 ちょっと頼りないけど優しい父。常に冷静で、ちょっと鬱陶しいけど上から目線で色々教えてくれる兄。そして誰よりもあたしを理解してくれた、凛々しい母。


 刀預神社を預かる宮司の一族として家族四人は慎ましく暮らしていた。


 藤宮ふじみや家は八代前の当主が初代国王からこの神社を預かり、以降は代々の当主が宮司を務めていた。


 これといって権力や発言権はない。貴族のような贅沢もできない。


 それでも、シオンはこの神社が好きだった。


 夏になれば大きな祭りを催し、花火を上げる。


 秋には美しい紅葉が咲き乱れ、掃除が終われば庭で焼き芋を焼く。


 正月には参拝する人々で賑わい、おみくじを直接手渡しする。


 春には桜が満開になって、花見をするには絶好のスポットになる。


 物心ついたときから一年中休むことなく、家族総出で来客をもてなし、一緒に笑顔になる。


 母は藤宮家九代目当主として、また宮司として立派に働いていた。多くの巫女たちの上に立ってテキパキと指示を出し、仕事を教える姿は子供から見てもすごくかっこよかった。


 何よりかっこいいのは、母が神社でみせる舞だった。特別な儀式のときにしかやらないのに、やってみたいとせがめばどんなに忙しくても手取り足取り教えてくれた。


「シオンはこの神社が好き?」


「大好き! いつかママみたいになりたい!」


 間髪入れずに頷いたシオンの頭を、母は優しく撫でた。


「じゃあ、ママみたいになったら、これをあげる」


 母はそう言って、首から下げていた勾玉をシオンの両手ごと握りしめた。


「この神社と勾玉はね、大切な鍵なの。だからちゃんと受け継いでね」


 手のひらにある勾玉はまるで生きているかのように熱を持っていた。


「約束よ」


 いつもより真剣な母に、シオンは頷いた。


 将来は母のようになる。勾玉と神社を受け継ぐ。


 そう、思っていたのだ。


 ある時から、遭橋あいばし市の市長をやっている貴族が頻繁に神社にやってくるようになった。小太りの男が母に向かってこの神社を明け渡せと要求し、父と母が首を横に振る日々が続いた。


 小太りの貴族は、無能なくせに権力に固執する貴族だった。目的のために手段を選ばず、領地内にある刀預神社にまで手を伸ばそうとしたのだ。


 藤宮家が宮司を務めているのは、初代国王の定めを守っているためだ。田舎貴族がどうこうできる話ではない。父と母はなんども断りを入れたが、貴族はしつこかった。


 困り果てた両親は、最終的に両親は国王に謁見を申し入れた。


 国王はシオンたちの来訪を心から歓迎し、数日間王宮に泊まる許可をくださった。


 王宮に訪れた際の感動はシオンの脳裏に刻まれている。豪華な建物、美しい着物を着飾った人々。何もかもが新鮮だった。


 王宮で数日過ごすうち、シオンは偶然ある少女と出会った。銀色の髪と青い瞳を持つ美しい少女だった。歳が近いこともあり二人はすぐに仲良くなり、会った次の日に少女から茶会に誘われた。


 会話の内容は必然的に、シオンがなぜ王宮に来たのかという疑問に落ち着いた。シオンが現在の状況を全て伝えると、少女は胸を張った。


 大丈夫。きっとお父様がなんとかしてくださるわ。


 なんと少女は国王陛下の娘、王女だったのだ。そしてその言葉通り、国王陛下はシオンの家族のため、使者を派遣する約束してくださった。


 家族四人は安心して、神社への帰路に着いた。このまま使者が来れば今まで通りの日常が戻ると信じて。


 一ヶ月後に使者が到着すると、藤宮家と貴族を加えた三者で会合が行われた。公平を期すため、東部一帯に広い領地を持ち、両者と交流のある南家が会場を用意した。


 しかし、その会合で事件は起こった。会合が始まってすぐ、貴族の家臣が飲み物を口に含んだ途端に倒れ、死亡したのだ。


 貴族は、藤宮家が飲み物に毒が入れた、王宮の使者もろとも我々を始末しようとしていると強硬に主張した。そればかりか、市民に噂を言いふらした。


 藤宮家は会合の場に毒を持ち込む卑怯者の一族だ。


 きっとこの市を手中に収めようとしているに違いない。


 国王陛下の期待を裏切った逆賊だ、と。


 もちろんシオンの母は毒など入れていない。貴族の自作自演なのは明らかだった。手に入れた権力も汚い手段で得たものだと、住民の間でも散々噂されていたのだから。


 しかし荒唐無稽な噂は公平な立場であるはずの使者に影響を及ぼした。自分たちが飲むはずだった盃にも毒が入っていたのではないかと、疑心暗鬼にかられたのだ。母の主張は受け入れられず、国王へと提出される最終的な報告も噂とほぼ同じ内容となってしまった。


 半信半疑だった住民たちも、時が経つにつれ噂を信じるようになった。


 噂は誹謗中傷となってシオンの家族全員を傷つけ、特に母は精神を病み、心を壊した。


 結果、家族が暮らしていた離れに火を放ったのだ。


 不幸にも、シオンは母が離れに火を放つ瞬間を目撃していた。憔悴しきった母は何度も、何度も、何度もシオンと兄に謝っていた。


 弱い母でごめんなさい。


 耐えられなくてごめんなさい。


 だから、せめて。


 一緒に死んで。


「あたしはっ……あたしは! 母の無念を晴らすんだ!」


 怒りと憎しみが込められた慟哭が結界に反響する。


「この国は潰す! 約束を破り、母さんを見殺しにして、代わりの宮司を選んでそれでおしまい? ふざけるな!」


 藤宮家は千年間、初代国王の命令を守ってきた。ずっとこの神社と、この市と、人々と共にあった。


 それなのに王国は、藤宮家を助けると言いながら見殺しにした。


 その恨みが燈の体の奥底まで響かせる。


「あたしはお前たちを、絶対に許さないから!」


 端正な顔を涙と憎しみで染め上げながら、シオンは憎しみを放出するように突き出された指先を燈に向けた。

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