第一部 第十八話 人探し、自分探し7

 燈は宗次郎と一緒に土手を登りながら、門の話を思い出していた。宗次郎を探す前、別荘で彼について聞いたのだ。



「私が宗次郎くんと最初にあったのは、旅の途中でした」


 話をするため居間に移動した燈は、門の仕草に注目した。


 流れるようにしなやかな動作だ。長い髪と相まってとても中性的に見える。どことなく胡散臭く感じてしまうのは、純粋すぎる宗次郎を見たあとだからだろう。


「殿下は私の経歴についてはご存知でしょうか」


「ええ。練馬れんまに調べさせたわ。かつて八咫烏として活躍しながら、上司と諍いを起こして辞めたのでしょう?」


「ははは、若気の至りというやつです。ご容赦を」


 あまり気にしていないのか、門は笑ってみせた。


「私は八咫烏を辞めたあと、各地を旅しました。自分の道場を持つことが夢だったんです。剣術を学んだり、土地を持つ貴族に剣術指南役として取り入ろうとしたりしていました。その道中で彼と出会ったのです」


 門の視線が遠くなる。意識が過去へと赴いている。


「南部にある富嶽ふがくのあたりで、行先で土砂崩れが起こりまして。来た道を戻っている最中に、彼が道端で倒れていたんですよ」


富嶽山ふがくさんで?」


 燈は腕を組む。


 富嶽山ふがくさんは建国の頃から立ち入りが禁止されているエリアだ。


 なんでも天修羅との戦争において兵器開発が行う実験施設があるらしく、危険極まりないというのが理由だった。


 そんな場所で宗次郎は一体何をしていたのだろう。


「彼の有様は、まあ有り体に言えばひどいものでした。記憶も心もなく、話すことができない人形のようで。中身のない人間というものを私は初めて見ました」


 燈は自分の発言を猛省した。空っぽ、の表現がどれだけ宗次郎の心を抉ったか理解したのだ。


 計略渦巻く王城で身につけた観察眼が裏目にでるとは。


「なんとか市で彼の身元を確認してもらい、貴族の長男であると判明しました。私は彼を連れて穂積家の本家へ向かったのです。事情を知った穂積家の当主、宗次郎くんの妹に当たる舞友まゆ様からの申し出もありまして」


「感動的な再会とはならなかったでしょうね」


「それはもう。宗次郎とお会いした舞友様は見るに堪えませんでした」


 行方不明になっていた実の兄が、八年の歳月を経て、変わり果てた姿で現れた。ショックを受けたであろうと想像に難くない。


「それで、貴方は宗次郎の教育係を申し出たわけね」


「はい。舞友様は抜け殻のような宗次郎くんをどうするか考えあぐねていました。そこで彼の面倒を見る代わりに、別荘にあった道場を借り受けることにしたのです。私のような若輩者が師範を務めていられるのはそれが理由です」


 妹は当主としては当然の結論だろう。本来なら長男である彼が当主になるべきであるのに、茫然自失としている人間には務まらない。


「彼はこの別荘で過ごしながら、記憶の修復と知識の習得に努めました。今はなんとか日常生活を送れるようになりました」


 燈は考え込む。


 宗次郎は記憶を失い、自分を自分たらしめる考え方や生き方すら無くしてしまったのだ。彼は他ならぬ自分自身を求めている。だから他者への欲望が薄いのだ。


「殿下。もし宗次郎くんとお会いするのでしたら、よければ彼の話を聞いてあげてはいただけないでしょうか」


「いいの? 忌憚のない意見で彼を壊してしまうかもしれないわよ」


 燈はつい意地悪く笑ってみせる。


 いつもの癖で再び宗次郎の本質をついてしまうかもしれない。そうなれば彼は再起不能になるだろう。自分の冷たさを燈は抑えるつもりがなかった。


 しかし門は臆することなくこう言い放った。


「大丈夫です。彼にも確かな芯がありますから」


 目の前に座る男は朗らかに笑って見せた。


 その態度が気に入らず、宗次郎がいそうな場所の心当たりを聞き出して会話を切り上げ、別荘を出たのだ。


 宗次郎の話と門の話。総合すれば別に怪しいところはない。宗次郎も今は落ち着き、前を向いている。結果的にうまくいったのだ。


 なのに、燈の心は沈んでいた。


 ━━━しっかりしなさい。


 自分で自分に気合を入れる。


 二人は来た道を戻り大通りに出た。途中で何度か視線を向けられたが、頭巾をかぶっているおかげで第二王女だとバレずに済んでいる。


 ふと燈は足を止める。見られていると意識して、自分が男と歩いている姿を第三者が客観的に見てどう思うか察してしまった。


 小さくため息をついて、さらに足を早めて燈は歩き出すのだった。








 宗次郎は早歩きする燈の背中を追った。


 歩くのが早い。一度止まったので、待ってくれたのかと思いきやさらに早くなっている。追いつくのも一苦労だ。


 何人かの通行人がチラチラこちらを見るのも気が休まらない。前を歩いているのが第二王女であると知られたら大ごとなのだ。


 宗次郎は改めて自分の行動を反省した。


「おっと」


 さらにもう一度燈の足が止まり、合わせて宗次郎も立ち止まる。懐から携帯端末を取り出した。


 電話だ。


「誰から?」


「福富ね。あなたはここで待ってなさい」


 燈はそういうと大通りの脇にある小道に入っていった。


 どうやら隊長の八咫烏が電話の主らしい。彼も天斬剣の捜索に当たっているので、その報告をするのだろう。宗次郎はすぐそばにあった雑貨店で、入り口に置かれた品物をダラダラと眺めた。


「ふう」


 一呼吸置いて気持ちが落ち着いてくる。ぐちゃぐちゃだった頭が明瞭になっていた。


 燈のおかげで自分の目的がはっきりした。昨日はじめて会ったのに、燈から返しきれないほどの恩をもらっている。何とかして役に立ちたいと気合を入れていた森山の気持ちが少しだけわかった。


 ━━━悩み、か。


 あなたの悩みはこれで解決、と書かれた広告を見て疑問が浮かぶ。


 門、森山、舞友、死んだ親父と母親、師匠。


 それから、燈。


 見知った面々が浮かぶ。先程までの自分のように悩み、落ち込んだりする経験は誰にでもあるものなのだろうか。もしそうならどのように苦悩し、何を考えているのだろう。


 ━━━燈にはないだろうな。


 初代国王を超える王になる、と宣言していた燈は自分とは真逆だと思った。確固たる己がなければあんな大それた発言はできない。


 ━━━シオンにもあるのだろうか。


 何気なく、燈と戦っていた少女の金髪を思い出す。


 シオンは王国最大の反抗勢力・天主極楽教に所属しているらしい。いったいどのような経緯で国に抗う道を選んだのだろう。


 ━━━なんて、聞けるわけないか。


 手に取った商品を戻す。


 そこで宗次郎は意外な、本当に意外な人物と鉢合わせた。


「あ」


「……は?」


 宗次郎は雷に打たれたような衝撃を味わい、心底間抜けな声を上げた。


 金髪をポニーテールにした少女だった。典雅なデザインの和服をだらしなく着崩している。両手には雑貨店で買った小物を抱え、その翠の瞳は宗次郎と同じくらい驚愕している。


 あろうことか。


 店から出てきたその女性は、天斬剣を強奪したシオンその人だった。


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