第一部 第十四話 人探し、自分探し3

 燈にとって、宗次郎は人ではなかった。


 もちろん比喩表現である。宗次郎は生物学上は人間だ。ただ、燈が接してきたあらゆる人間の中で宗次郎は特別に奇々怪々だった。


 皇燈はこの大陸を統べる王国の第二王女。父は国王。母は父にとって四番目の妻。暮らしの中心は首都・皇京。人との付き合いは当然、王城の中で行われた。


 何も言わず自分に付き従うように見えて、影では不平不満をのたまう使用人。私服を肥やし、権力を手に入れることしか頭にない貴族。功績と配下を増やし、王位継承権を是が非でも獲得しようとする兄弟たち。


 燈の感覚では彼等こそが人であり、王城で渦巻く様々な欲望、陰謀、策略、裏切りが人の営みだった。故に胸の裡は秘め、誰にも明かさない。明らかにしようものなら、弱者として淘汰される。


 自分を語らない癖は王城を出ても変わりはしない。王城ほどではないにせよ、市井の人々もまた彼等と同じような動機で生活をしているからだ。


 最後の最後まで信じられるものは、己のみだ。ゆえに燈は自分を磨いた。第二王女として施された教育の全てを完璧にこなした。波動術、剣術、帝王学、果ては芸術に至るまで。あらゆる学問、武芸を習得してみせた。


 氷のようだと貴族たちに囁かれたし、燈自身もそう思っている。


 しかし、いや、だからこそなのだろう。燈は穂積宗次郎という男が理解不能の体現者に思えてならなかった。


 練馬が調べによると、東部に領地を持つ穂積家の嫡男として生まれる。当主となるべく教育を受け、波動の修行を行うも、波動を暴走させ行方不明になる。


 一年ほど前、奇跡的に発見されたものの、記憶と波動を失い、現在は別荘で治療に励んでいるそうだ。


 耳を疑うような経歴だった。改竄されているのかとも疑った。


 ところが、あまりに無知で、頓珍漢な行動を見るに、どこか納得している自分がいた。


 敬語を使わず生意気な口を聞いているのも、全身で敬意を表さないのも、彼女にとって不愉快ではなかった。


 要は子供なのだ。


 真っ直ぐな太刀筋には一点の翳りもない。基本に忠実な動きだ。それでいて面白いくらい、燈の思い通りに動いてくれる。隙をあえて見せれば必ず攻撃してくるのだ。もはや可愛いとすら思える。


  最後の一撃はこちらの予想を覆す動きであり、十二神将の自分をして「負けるかもしれない」と思わせはしたが。


 自分より年上でありながら中身が決定的にかけている男は、燈にとって人ではなく、人の形をした動物だった。


「空っぽ、かしら」


 燈が普段さらけ出さない本心を口にしたのも、つい出来心だった。どんな反応をするか見たかったからこそ、自分が感じたことをありのままに述べたのだ。


 それが失敗だったと、宗次郎の顔を見て気づいた。


「あ……あ……」


 死体のように青白く、目の焦点も定まっていない。体はわなわなと震え、今にも崩れ落ちそうだ。


 その様は燈をして恐怖を感じさせるものだった。人の中に人でないものが混じりこみ、操っているように見えた。


「っ!」


「ちょ、ちょっと!」


 宗次郎が頭を抱えたかと思うと、そのまま燈の横を走り抜けていった。燈は止めることができず、見送るように素通りさせてしまう。慌てて手を伸ばし、声をかけても遅かった。


 遠くから鍵が開き、扉が勢いよく閉まる音が聞こえてきた。宗次郎はあの勢いのまま外に出ていってしまったのだ。


「ああ、もう!」


 速やかに追いかけたいところだが、なんの備えもないまま外には出られない。天斬剣の回収を極秘裏に行う以上、燈はこの屋敷にいること自体秘密にしなければならないからだ。


 足音を響かせながら道場を出て、廊下を早歩きする。二階にある自分の部屋に着替えを取りに行こうと早歩きで屋敷を駆け抜ける。


「殿下」


「あら? あなたは」


 階段を上る途中で屋敷の戸が開き、中から男性が入ってくる。


 門と言ったか。穂積宗次郎の教師であり、刀預神社の宮司をしている結衣の兄にあたる男だ。恭しく一礼する姿が実に様になっている。


「どうかしたのかしら?」


「いえ、特には。聞き取りがひと段落したので、お昼も兼ねて屋敷に戻ろうかと」


 具体的な報告がない以上、聞き取りの結果は芳しくないのだろう。初日からいきなり見つかるとは燈も思っていない。


「そう。ならこの屋敷にいなさい。私は外出をします」


「殿下、それはどういう……」


 門は抗議の声を上げる。無理もない。隠密に行動するよう指示を出した第二王女本人が外に出ると言い出したのだ。


「差し出がましいと承知の上で、理由を聞かせていただけますか」


「……穂積宗次郎が屋敷を出て行ったの。私は彼を追いかけます」


 あらぬ誤解を招きそうな発言だと、燈自身わかっている。練馬がこの場にいたら卒倒するだろう。


 だがこれは燈自身の手で解決しなけらばならない問題だ。宗次郎に何があったかはわからない。確かなことは、自分の発言がきっかけであるということだけ。ならば王族として、その償いをするのは当然の責務だった。他人に任せるなんて言語道断だ。


「……少々お時間をいただけますか」


「なにかしら?」


「彼、宗次郎君について話しておかなければならないことがあります」


 門にはその飄々とした雰囲気に似合わぬ真剣さがある。


 確かにこのまま追いかけたところで状況が変わるとは限らない。ならば今、宗次郎について最も詳しい人物に話を聞いて損はないだろう。


「いいでしょう。私と同席する栄誉を与えます。居間へと案内しなさい」


「御意」


 歩き出す門の後ろを追いながら、燈は少しだけ嘆息した。








 

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