第一部 第九話 国家反逆罪

「……」


 今日一日の出来事を思い出した宗次郎は目を閉じて、大きく息を吸った。


 色々あり過ぎて頭がどうにかなりそうなので、深呼吸をして心を落ち着かせる。


 なのに、


「ふふ」 


 楽しそうに燈は笑った。


 その笑顔にどこか既視感を覚えながら、あまりの美しさに宗次郎は顔を赤くする。自分が犯罪者の烙印を押されかけていることなんて頭から飛んでいってしまうくらい、その笑顔は魅力的だったのだ。


 ━━━しっかりしろ、俺。


 魅了されかけていた頭をブンブン振って冷静さを取り戻す。


「なんで国家反逆罪なんだ」


「なんで……ですって」


 質問を聞いた瞬間、燈が怒気を帯びる。


 ゆっくりとこちらに近づくあかりには言い知れぬ迫力があり、思わず宗次郎もおし黙る。その気迫は王が持つものであり、当然のように人を従わせるものだった。


「言うまでもないわ。あなたの態度そのものが理由よ」


 なんだそりゃ、と宗次郎は首をかしげる。


「私は王女よ。言葉に気をつけるなんて初歩の初歩。むしろ全身で私への敬意を表しなさい。それすらせずに……」


 燈はゆっくり腰を下ろし、目線が宗次郎と同じ高さになる。そしてさらに顔を近づけた。天の川のような銀色の髪、小さい顔、温かみのある目、長いまつ毛。動機が早くなる。魅了の魔法にかけられたみたいだ。


「私の邪魔をするような人間は、反逆罪がふさわしい。そう思わない?」


 妖艶な笑みを浮かべて迫り来る燈の色香にクラクラし、思わず肯定してしまいそうになる。


 宗次郎は顔が火が出るほど真っ赤になった。


「うふふ、気にしなくていいわ。この距離で平然としていられる男なんて、この世に一人もいないのだから」


 全てを見透かすような燈の声。誰か助けてくれと思わずにはいられない。


 そこへ、


「失礼します」


 神経質そうな声が扉の向こうからして、ノックが聞こえる。


「入りなさい」


 自分の部屋なのになあという宗次郎の心の声も虚しく、燈の返事を受けて角ばった眼鏡をかけた男性が入ってきた。


 神経質な声に合わせた、神経質な顔をした男性だった。ピシッと音が聞こえてきそうなほど整った服装に、無愛想な面構えをしている。几帳面が人の姿をして歩いているようだった。


「初めまして。私、南練馬(みなみれんま)と言います。皇燈殿下の付き人をしております。以後、お見知り置きを」


「は、初めまして。穂積宗次郎です」


 布団に座ったまま、宗次郎はお辞儀をした。


「寝ている間に治療をしておきました。痛む箇所はありませんか?」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 ふと横目で見ると、燈がとても忌々しげに練馬を見つめていた。仲が悪いんだろうかと思慮したが、首をつっこむとろくなことにならなさそうなのでやめた。


「宗次郎君、起きたんですか。よかった」


「門さん」


 男性の後ろから見知った顔がでて、宗次郎は安堵する。見たところ門にけがは見当たらなかった。


「おや、その首輪は?」


「ええっと、これは……」


 門に首輪を指摘されて言い淀む。国家反逆の罪に問われていますと伝えるだけでも大ごとなのに、宗次郎自身はなにが反逆に当たるのか全くわかっていなかった。


 その様子を見た練二郎は呆れたようにため息をつき、燈を非難の目で睨みつけた。


「燈様。なんども、何度も仰っておりますが、国民を不当に痛めつけるのはおやめください。国王陛下からも注意があったでしょう」


「不当ではないわ。私達の邪魔をした報いとして、当然の罰よ」


 燈と練馬が睨み合う。とても第二王女とその付き人とは思えない会話の内容だ。


 宗次郎は救いを求めるように門を見る。門も困惑した様子で首を横に振った。


「穂積宗次郎くん」


 練馬が宗次郎に向き直り、深刻な顔をする。宗次郎は何か大事な話をされると感づいた。


「我々は今、非常に切迫した状況にあります。よってこちらの屋敷を一時的に貸していただけないでしょうか」


「……ええっと」


 予想外のお願いに宗次郎は返答に詰まる。


 何が起きているのかさっぱりわからない。ただ、練馬は宗次郎より困り果てているようだった。


「でも、自分は国家反逆の罪に問われているんじゃ」


 取り調べをするから質問に答えろといわれるものだとばかり思っていた宗次郎は、当然の疑問を口にした。それは練馬は呆れ気味に返す。


「それは戯(たわむ)れです。燈様は王族であらせられますが、国民を罪に問う権限はお持ちでありません」


「……」


「何よその目は」


 恨めしげに睨む宗次郎に燈は不満げだ。


「あなたのせいで━━━」


 ぐううう、と。


 燈が宗次郎に詰め寄った途端、なんとも情けない音が宗次郎の腹から上がった。


 ほんの数秒間、錯覚したかのように時が止まる。


 そういえば昼ご飯を食べたっきりだったな、なんて現実逃避をする宗次郎をゴミを見るような目で見下ろす燈。視線に温度があるのなら、燈のそれは疑いようもなく絶対零度だった。


「失礼します……あら?」


 間がいいのか悪いのか、森山がノックをして部屋に入ってくる。四人の気まずい雰囲気に首を傾げていた。


「あの、お食事の準備ができたんですけど……いかがなさいます?」


 森山はたじろぎながらも、全員の顔を見渡してそう言った。


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