第一部 第四話 無能な青年と無情の姫 その4
階段を登り終わった宗次郎たちは
石畳は綺麗に整頓され歩きやすく、その脇にある砂利も整列しているように綺麗だ。
「おぉ……」
圧倒された宗次郎はため息を漏らした。
国宝を祀る神社なだけあって、煌びやかな作りをしている。御神体を祀る本殿は赤を基調とし、所々に金色の装飾が施されている。しなやかで美しい造形だ。さすがは国宝を祀る神社なだけある。
神と向き合うにふさわしい精神状態を自動的に整えてくれる、厳かな雰囲気がそこにはあった。
━━━でも……。
妙な違和感を覚える。本殿や幣殿のあちこちに、中途半端にされた飾り付けがある。明らかに完成の途中だ。
「この時期にお祭りなんてありましたか?」
「ええ。一週間後に大きな儀式をやるんですよ」
宗次郎は飾り付けを見ながら門の後をついていく。
本殿が見えてきたところで、門は宗次郎にここで待つようにと言って事務所へ向かった。
することがない宗次郎は何気なく周囲を観察する。
やはり妙だ。本殿の周辺にも儀式とやらに合わせた飾り付けがあるのに、人影がない。
いるとすれば、近くのベンチに座りながら本を読んでいる老婆くらいだ。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
目があったので挨拶をする。老婆の隣では犬が気持ち良さそうに寝ている。
「お散歩ですか?」
「ええ、そうよ。私はもう何十年も、ここで犬を連れているの」
たわいもない世間話で盛り上がる。老婆の名前は三森というらしい。彼女は毎日犬を連れてこの神社に来ているのだそうだ。
「あなたはこの神社、初めて?」
「そうなんです。ところで━━━」
宗次郎はつい辺りを見回した。
「この神社、普段からこんなに人気がないんですか?」
平日だから閑散としているにしても、神主や巫女たちの姿も見えない。お昼どきは過ぎているから、全員が休憩しているとも考えづらい。
「そうね。いつもは……あら? あちらはあなたの連れかしら。呼んでいるわよ」
一週間後に行われる儀式について話題を持ちかけようとすると、門が向こうで手を振っていた。
宗次郎は三森に別れを告げて門の元へ向かった。
「宗次郎くん、お待たせしました。こちら、宮司の結衣です」
「初めまして」
結衣と呼ばれた女性は物腰柔らかな女性で、笑みがどことなく門と似ていた。
「もしかして、妹さんですか」
「そうですよ。結衣、こちら穂積宗次郎くん。剣道場を貸してくれている貴族の方です」
「初めまして。穂積宗次郎です」
「
宗次郎は挨拶し、軽くお辞儀をした。結衣を見て、自分の代わりに穂積家の当主をやっている妹をつい思い出した。
「こんな立派な神社の神主をやっているなんて、すごいですね」
「いえいえ。あくまで私は代理ですから。それで兄さんは何をしに来たの。見ての通り、忙しいのだけど」
「わかっています。来週行われる天斬剣献上の儀の前にですね……」
門が話し始めると、結衣の顔が暗くなった。手が出せない問題を目の前にどうすることもできない学生のような、困った顔をしている。
首の後ろで寒気を感じ、何かあったと直感した。こういう感覚があるときは大抵ろくでもないことが起こる。宗次郎は思わず身構えた。
「あの、兄さん、穂積さん。申し訳ないんですけど……帰っていただけませんか」
「なぜです? 準備の邪魔はしません。見るものを見たら即刻帰りますから」
「いえ、そういう問題ではなく……」
歯切れの悪い返答をしながら、結衣は視線を踊らせている。
妹の反応が珍しいのか、門も不思議そうな顔をしている。挨拶をした途端、いきなり帰って欲しいとお願いされたのだから無理もない。
「三上宮司、こちらにおられましたか」
「!?」
後ろを振り向いて、宗次郎と門はたじろいだ。烏羽色をした羽織。先ほどテレビで妖と戦っていた八咫烏と同じ羽織を着た男が二人もいた。
八咫烏は王国においては治安を維持する機能を持つ。警察としての側面と軍隊としての側面を兼ね備えていた。彼らが神聖な神社にいるというのは、確実に何かあったか、これから何かが起こるということだ。
「宮司、こちらの方々は?」
「兄とそのお知り合いです。これからお帰りいただくところです」
「ほう」
結衣と話していた八咫烏がこちらに近づいてくる。戦士の威圧感に、宗次郎は少しだけ後ずさった。
「残念ですが、
「あまりお時間をいただくことはありません。どうか━━━」
「できません。こちらも任務ですので」
門の返答に対して機械的な返事が返ってきた。取りつく島はない、と言わんばかりの重圧に門は引き下がった。
なぜ八咫烏が神社を封鎖する必要があるのか疑問も残るが、ここで口論を続けても埒が明かない。
ここは宗次郎を引き連れて帰るしかない。国宝を拝むのはまたの機会にしよう。そう考えていた門の数歩後ろから、抗議するような声が上がった。
「すみません。そこをなんとかお願いできないでしょうか」
「宗次郎君?」
宗次郎が門と八咫烏の間に入り込む。
宗次郎自身、自分の行いに驚いていた。別にこの神社に思い入れはない。この国の歴史だって、国民としてあるまじき思考だとは思うが、あまり興味はない。
なのに、八咫烏に帰れと言われた時、視界がぐらりと揺れるほど焦った。どうしても初代王の剣が使用したとされる刀を見たい━━━その思いが胸の中で暴れまわっていた。
「しつこいぞ少年。早く帰りたまえ」
「……なら、二本足を呼んでください」
「ッ、貴様!」
「宗次郎君!」
宗次郎の発言に対して烏が腰の波動刀に手をかける。
八咫烏はいくつかの階級に分かれていて、羽織の背中と両胸に描かれている烏の足の本数で判別がつく。見習いや学生など、実力が乏しい波動師は零本脚。部隊の構成員を務め、一番数が多い一本脚。隊長など重要職を務めるのが二本脚。十二神将など優れた経歴を持つ波動師は伝説上の八咫烏と同じ三本脚。全体でこの四つである。
つまり一本脚の烏にとって宗次郎の発言は、『お前じゃ話にならないから上の人間を呼んでこい』と同義だった。隊員が激昂するのも、門が宗次郎の肩を掴んで叱責するのも無理はなかった。
一触即発。八咫烏と門、どちらかが抜刀した瞬間、血が流れる。なんの武器も持たず、波動術を使えない宗次郎は間違いなく死ぬ。
そこへ━━━
「何をしているのかしら」
切迫した状況をものともしない、凛とした声が響いた。
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