第一部 プロローグ むかしむかしのお話

 宗次郎そうじろうがほんの小さな子供だった頃、母親はよく読み聞かせをしてくれた。


 動物の話、乗り物の話、冒険の話など内容はさまざまで、寝る前の楽しみの一つだった。


 なかでも聞いていて一番面白かった話は、宗次郎が暮らす国・皇王国の建国史を模した英雄譚だった。


 千年以上も前。はるか宇宙の向こうから強大な力を持つ魔神がやってきた。名をあまつ修羅しゅら。その強大な力は人々や動物たちをあやかしという化け物に変え、大陸の半分を支配した。


 人々は悲しんだ。この世界が終わるかのように思われた。


 そんな絶望的な状況を覆したのは、二人の少年。


 一人は剣士。凄まじい強さを持ち、その神速の動きは何者も捉えることはできず、その強力な斬撃はあらゆる敵を両断したとまで謳われた。妖の軍勢をものともせず、立ち向かう勇気を持っていた。


 もう一人は剣士の主である王子だった。母国を妖に滅ぼされた悲しみを乗り越え、大陸に平和を取り戻すために軍を組織した。


 剣士には、『英雄になる』という夢があった。


 王子にも、『誰もが幸せに暮らせる国を作る』という夢があった。


 身分、考え方、性格など何もかもが正反対な二人は、互いの夢をかけて、力を合わせて戦った。


 その道のりは困難を極め、多くの仲間が死に、敗北を味わうこともあった。


 やがて天修羅を倒すために戦い続けた二人の間には、硬い信頼関係が生まれていた。


 長い戦いの末、王子と剣士は天修羅を倒すことに成功した。妖もその殆どを駆逐し、ついに大陸を取り戻すことができたのだ。


 こうして、王子は史上初めて大陸全土を支配する王国を作った。剣士はその強さと忠義から、王の剣と呼ばれるようになったとさ。


 おしまい。


 よくあるおとぎ話だ。子供にとってわかりやすく作られた単純な話だ。


 が、当時の宗次郎にはそれで十分だった。


 絵本を読んでくれる度に、宗次郎は母親にこう言った。


「いつか自分もなりたい。化け物を簡単にやっつけられるような、強い英雄に」


 まっすぐな瞳で母親を見つめてそう言うと、頭を優しく撫でられた。


「宗次郎、強いだけではダメなのです」


 その意味がわからず首を傾げる宗次郎に、母は続ける。


「主を信じる。それができなくては、英雄にはなれないのですよ」


「……よくわかんない」


「ふふ」


 母に頭を撫でられる。優しく、大きな手のひらで。


「宗次郎にも、いつかわかる日が来ます」


 優しく暖かな声は、ますます自分の決意を固くさせてくれた。


 これが、子供の頃に抱いた夢。


 宗次郎がこれから歩む人生の原点となった思い出だ。


 そう、子供だった宗次郎も今や立派に成長し、強くなり、英雄と呼ばれるように━━━なってはいなかった。


 むしろ、現実は全くの逆で。


「な、なんで……」


 宗次郎は疑問の表情を浮かべる。


 首を締め付けられる感覚があるので手をやると、指には硬い皮の感触。さらには南京錠がつけられており、鍵がなければ外れない仕組みになっている。


「?」


 さっきまで眠っていた布団の柔らかさ。見知った壁と天井。


 ここは間違いなく自分の部屋だ。


 いつも通りの光景が目に写っているからこそ、いつの間にかつけられた首輪に強烈な違和感を覚える。


「あら、やっとお目覚めなの」


 いいご身分ねと声がしたのは背後から。


 慌てて振り向いた先にいたのは、美少女だった。


 腰までのびた鮮やかな銀髪が特徴的だ。椅子の上に座っているせいか、蒼い瞳から放たれる視線も冷たく、威圧感がある。


「んふ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべる美少女が指先でクルクルと回しているのは、鍵だ。


「あの」


「ダメよ」


 自分についている首輪の鍵だ。そう直感し、外すようにお願いする前に却下される。


「だって、これからあなたを国家反逆罪で逮捕するんですもの」


 大輪の花を思わせるようなその笑顔に見惚れつつも。


 国家反逆罪。


 子供の頃の夢とはあまりにもかけ離れた単語に宗次郎の思考は停止寸前になる。


 どうしてこうなった、と。


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