第一幕第一場:ドルチェ『優しく』(後編)

 

 その後、あたしはいつもの礼拝に行く事はせず、旧市街で魔法栽培されている季節外れバラを探し求めたみた。しかし残念ながら貴重なバラは既に買い占められており、他に収穫の無いまま屋敷に戻った。


 強いて収穫を挙げるとすれば、追手の二人はおそらくナンパ師こと、この街の支配者であるマントヴァ公爵閣下か。もしくは四角い顔の老人こと、イグナチオ枢機卿の手の者だと判明した事かしら。


 あの様子からは後日、あたしを攫うためにやってくるかもしれないわね。だからその前に……。


 またそれと同時に、こうも思った。

 あの時の仮面の騎士様は、ガルガーノだったのでは?と。

 そう考え至ったのは、帰り道に公園で子供たちが仮面遊びをしているのを見たからだ。仮面に付随するかつらの毛。なるほど、これならばあの夜に気づかなかったのはあるかもしれない。


 でも一点だけ腑に落ちなかった。

 ナンパ師と仮面の騎士とガルガーノの声は、とてもよく似ているテノール声だったのだ。あたしは声の好みには五月蠅いマニアックので分かる。何故……?


 何にせよ、あたしは屋敷を出立するために荷物の準備しなければならない。特に足の悪いお父様と膝の悪い婆やのために、最低でもロバを二頭は用意しておきたかった。だから屋敷に戻った直後、窓掃除をしていたミランダを捕まえて、例によって色々と買い物を頼んだのだ。


 それから一人で自室にこもり、旅の荷造りに専念した。できるだけ今晩中には、必要最低限を準備したいので。


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 そして気が付くと、窓の外の景色が赤黄色に染まり始めていた。

 (今回も綺麗な夕陽ね。ウフッ)


 あぁ、今日は珍しくティータイムも忘れて熱中していたらしい。お陰で後は傷の手当の準備をしておくだけになった。


 前回は何故か、再開した時のガルガーノは脇腹に酷い傷を負っていた。もしもアレが無ければ、彼はあの隻眼の大男に遅れを取ることはなかったのかもしれない。そうでなければ相討ちなどという、あの悲惨な姿を二度と見なくても済むだろうとあたしは考えた。


 たらればではあるけれども、その為にも彼の傷を手当てできるように準備をしておきたかった。



 それからお茶が飲みたくなったので階下にある厨房まで足を運ぶと、そこには丁度戻ってきた婆やとミランダが買い物の成果物を取り出し始めたところだった。


 これ幸いと、その成果物を整理チェックするのを手伝いながら、ミランダが淹れるフレーバーティーのご相伴に預かる事にした。


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「ふぅ~。うん、やはりミランダの入れるお茶は美味しいわね!」

「お褒めの言葉、嬉しいですわ。ジルダ様」


 これはいつもやっている二人の間のやり取りである。しかしながら、あたしの真横に座るこの黒髪爆乳美人は相変わらずだ。その豊かな胸を覆い隠すような、首からひざ下まである色気の無いロングエプロン。だが、それが良い。



「ところで話は変わるけど、魔法で傷の手当てを行うことはできないの? 打ち身、捻挫に切り傷や矢傷などを治療魔法であっと言う間に治すとかさ?」

「うーん……、それはちょっと難しいですわ。ジルダ様。そもそも光属性の治癒魔法は、使える人自体が少ないですし、矢傷などの戦傷を癒すとなれば、使い手の命を削る可能性もありますからね」


 彼女の話では、日常生活で使う簡単な魔法の負荷であれば別段問題は無いけれども、高位の魔法ともなると歌い手の命を削る行為でもあるらしく、決して軽々しく扱えるものではないとの事。


 ちなみに彼女が扱うスタンガンもどきのショック魔法も一瞬だから負担は軽く、それを長時間行使する場合は流石に吐血する羽目になるらしい。あぁ、なんて怖い話だろ。


 そう言う訳で、彼女のアドバイスに従ってここは傷の手当てに使えるモノを準備しようと思う。その候補としては清潔な布、長めの包帯、消毒用に蒸留酒、解毒草、そして血止めの軟膏だ。


 血止めの軟膏については、彼女が普段から持ち歩いているも物を少し分けてもらった。もう少し多めに欲しいと頼んだら、明日改めて手の平サイズのモノを用意してくれるとの事。

 ちなみにこの軟膏はオリーブオイルが含まれており、独特のにおいがする。バラの香りに近いフローラル系だから……、シャクヤクが入っているっぽい? つまり炎症止めや痛み止め効果も期待できるのかな。


 更についでで、重さを操る魔法についても確認をしておいた。

 魔法については結構詳しい彼女曰く、『重さを操る魔法は闇属性であり。その扱いは非常に難しい上に適性のある人も少なく。かつ用途も戦闘や軍事に限られるために、習得するのは戦場に出る騎士様か軍人くらいですわ』との事だ。


 つまりかの仮面の騎士様ことガルガーノは、そういう専門家と言う訳だ。



 それにしても──、そんな人が手傷を負うって一体何があったのだろう?


 その点の確認も重要だと、あたしは後で記憶の備忘録的なメモ書きに追記しておいた。

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