第三幕:皆眠ることなかれ(第一編)
その後、夜遅くまでお父様と酒場で彼を待っていたけど、夜十二時を知らせる村の教会の鐘が鳴っても姿を見せなかった。
ちなみに王国内では、朝6時、昼12時、夕方6時、夜12時の一日四回のおおよその時刻を、各地の教会が鐘の音で知らせてくれる。
ふと気になり、他にも村には宿があるかとルチアちゃんに尋ねると、教会の近くにもう一軒あるとの事。
そして今、酒場に乗っている客は、あたしとお父様と酔いつぶれた村の老人の三人だけだった。
先ほど女主人から、
これにはお父様も満足をしたのか、二人揃ってお代わりをあれよあれよと言う間に、追加を合計四杯も頼んでしまった。彼女の巧みな商売っぷりに、まんまとのせられた感がある。
流石にそれだけ飲むと、あたしだけでなくお父様も舟をこぐかの如くうつらうつらとし始めたので、部屋に戻ってちょっとだけ横になる事にした。
そして辛うじての責任感から、ブラシで石床の汚れを掃除している子猫ちゃんを呼んで、『もし夜中にグアルティエールというイケメンが、ジルダを訪ねてきたら直ぐに起こしてほしい』と伝え、銀貨を五枚ほど手渡した。
それを彼女は首を振って断っていたけど、そこはちゃんと手のひらで握らせ、「ほかの人に見つからないように、懐にでも隠しておきなさい」と小声でささやいておいた。
すると彼女は恐縮したように何度か深く頭を下げると、コッソリと懐に隠したようだ。
うん、うん。可愛い娘っ子だわぁ。
これはもう王都に着いたら絶対に、彼女のような猫娘をメイドとして雇うしかないわ! と心の中で、あたしは固く誓ったのである。
それからあたしとお父様は、フラフラとした足取りで互いを支えあうようにしながら部屋へと戻り、少しだけ横になって休むことにした。うん、ほんの少しだけよね……。
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目覚める、なんか動けないな。
背中や手足が痛い。うーん、これは縛られている?
うす暗い部屋の中に目が慣れると、あたしは手足を前で縛られ、汚い布で口に突っ込まれた上で、仰向け状態で木の床の上に転がされていた。
首を左右にふると、右にお父様、左に婆やが、それぞれあたしと同じ格好で転がされている。
お酒のせいか頭がガンガンして、冷静沈着な判断ができそうにない。
ただ、今が危機的な状況というのだけは理解できている。
隣のお父様に小声で声をかけるが全く反応が無い。ひょっとしておねむなの?
よくよく目を凝らして、注意深くお父様の様子を観察すると、ビクビクと体が痙攣している。
あ──、これは前回のループで、婆やに施された麻痺毒に近いものに違いない。
反対側に頭を振ると、婆やも同じ症状のようだ。
しまった……、見事に罠にはまってしまった。あの女主人にしてやられたの?
お酒のせいで頭が痛むけれども、必死にグルグルと考えを巡らす。
今のあたしに何ができるのだろうか?
もし彼がこの宿を訪ねてきてくれたら、あの子猫ちゃんが伝えてくれるかもしれないけど、それはちょっとご都合主義的な望みかな。
それにもし麻痺毒であるならば、きっとお父様も朝までは動けないであろうから頼りにはできない。
つまり朝までに、あたしがこの状況を好転させないといけないのだ。
考えるのよ。考えなさい、ジルダ。何かできる事を……。
(そうよ、あなたならできるわ)
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そうだ!スカートの内側に縫い付けた隠しポケットに。
うん、あったわ!
手のひらに握りこめるほどの、小さな折り畳み式の果物ナイフが。
他にもお気に入りの天蓋付きベッドから外しておいた魔石もあったけど、流石に小粒の魔石とは言え、むやみに暴発させてしまってはあたしの指が永遠に失われかねないので、それはこの場で使うことはしなかった。
あたしはナイフの刃を引き出すと、柄の部分を両ひざの間に挟み込んで固定してから、ゆっくりと慎重に縛られた手首の麻縄をその刃にこすりつけてみた。
その内、ブチブチと麻の繊維が千切れる音がして、あたしの手首を束縛する枷は床の上に落ちた。
ふぅ~、もの凄く疲れたわ。
実際にかかった時間は短かったのかもしれないけど、この試みが上手くいかず縄が切れないかもという不安からくるのか、これによる精神的な疲労感が計り知れなかったのだ。
続けて、口の中にねじ込まれている汚い布きれを取り出す。
あぁ、やっとスッキリした。
思わず深呼吸をしながら、お口直しにあたし秘蔵の砂糖菓子を食べたいなとふと思った。
今はもう手元にないけどね。
それから足首の縄を切ろうとすると、表の廊下側から足音が聞こえてきたので、足と縄の間に抜身のナイフを差し込み、床の上に散らばった縄切れと唾液でべとつく布を手に握りこむと、あたしは両手を後ろ手に隠すように仰向け状態になった。そして目も閉じる。
近づいてくる足音は二人分、木の床が軋む重いものとコツコツと軽いものだった。男と女っぽい?
部屋の前で立ち止まった二人、そしてガチャガチャと錠前を外す音がした後に、扉がギィーっと音を立てて開く。
「酒で眠らせたか?」と野太い男の声。
「娘と男はね。婆さんと男には、念のために麻痺毒の子守唄を聴かせてあげたのさ。これでいいのかい? 兄さん」とこれは若女将の声だ。
「うむ、朝には依頼主が引き取りに来るらしい。生かしたまま引き渡せば、いい金になるぞ」
「それは嬉しいねぇ。念のために、朝までルチアに見張らせておくから、下で前祝いでもしようじゃないのさ?」
「あの猫娘は大丈夫か? 便利な小間使いにしているようだが」
「大丈夫さ、兄さん。逆らったらその度に殴りつけて、言うことをきかせているからね。ほんと、川で拾った甲斐があるさね。アハハ」
「うーむ、薪を割る姿から油断ならぬと思っていたのだがな……。そういう事なら構わんか」
「確かにあの細い腕の割には、力は強そうだけどさ。気弱な子猫なんて、ちょいと脅せば大人しいものだね」
「そうだな。では下で飲むとするか」
そして二人は部屋を出ていく。
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おぉ? 油断しているのか、錠前はかけずに行っちゃった?
これはラッキーチャンスかも!?
あたしは直ぐに上半身を起こすと、足首を縛る縄をササッと切り落とした。
そして扉をそっと開けてみると……。
そこにはあたしを見て、目を丸く見開いたままの可愛らしい子猫ちゃんがいたのだ。
アラ、コンニチハ?
それに思わず、あたしはまた扉をそっと締める……のを止めて、もう一度扉の隙間から外を覗くと……。
また可愛い子猫ちゃんと目が合ってしまった。
oh、これはもう運命の出会いかしら?
ここは仕方ないので、廊下の様子を一度伺ってから、彼女の手を引きグイッと強引に部屋の中に連れ込んだ。
なおこれは決して、やましい行為ではないと明言しておく!
いきなり部屋に連れ込まれて驚いたのか、彼女の体は震え、びくついている。
それを宥めるためにあたしは抱き寄せて、優しく背中を何度もさすった。いつも婆やがしてくれたように……。
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しばらくすると落ち着いたのか、彼女の震えは止まっていた。あたしより少しだけ背が低いからか、あたしの左肩に頭を委ねてくれている。あぁ、これは幸せかも~。もしこんな状況でなければ、こうしていつまでも愛でたいものだと考えていると。
彼女はいきなり顔を上げて、あたしの目を見つめながらこう言った。
「ココ、アブナイにゃ。イマスグ、ニゲテにゃ」と。
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