59 踏み出し、歩く
ソキウスの提案は、私にとってはありがたいものだ。でも正直にいうと、いいのだろうかと踏みとどまってしまった。せっかく魔道の塔まで来たというのに、万一彼が私達に手を貸したことが知られてしまったら、ソキウスは間違いなくこの都から追い出されることになるだろう。
両手を握ったまま、口元を引き結んで視線を逸らすと、私の考えを読み取ったのか、「いいんだ」と、少年は笑うように呟いた。
「いいんだよ、ここに来たのは、いつかエルともう一度出会うことができたなら、何か力になれたらと思ってたんだ。俺には何もないから。そのためには、まずできることを知らなければいけないと思って」
――魔族のことを知りたい。
ロータスはヴェルベクトの街で、私にそう告げた。彼も幼い頃に幼馴染が魔族となって消えてしまった。おそらく死んでしまったのだろうと言っていた。自分自身の中でかぶるものがあったのだろう。いつの間にか、ロータスはわしわしとソキウスの頭をなでていた。「ななな、なな、なななな!!?」「ロータス、ソキウスはちっちゃいけど、十四だから……よしよしは複雑な年頃だよ」「ん? すまねぇ」
子供を見ると世話焼きをしたくなる特性を持っている青年である。ロータスのステータスに称号があれば、【オカンな最強騎士】とか書かれているかもしれない。
ロータスの全力よしよし攻撃から逃げたソキウスは、頭を両手で隠しながら涙目でフーフー威嚇していたけれど、「と、とにかく!」と口元を尖らせた。
「ここで、力になれないっていうなら、なんのためにこの塔に来たのかわからない。一生後悔する。だから、俺がその先見の鏡がある場所に、連れて行く!」
***
すっかり真っ暗になってしまった廊下の中、ランプを片手に持って、ゆっくりと進んでいく。
覚悟を決めた少年の言葉に私は「ありがとう」と言葉を告げて、受け取った。それ以上の言葉は出なかった。受け取らねばいけないものというものは、きっと存在する。
それならと円陣をくんで、私達はすぐさま作戦会議を行い、イッチ達は雰囲気を出すため、バックミュージック役として、スゴゴゴゴスゴゴゴゴと震えながら臨場感あふれる空気を作ってくれていた。いやせんでもいいよ。っていうかガ行も話せるの今初めて知ったんですけど。
『魔道の塔は、基本的に昼は授業を行っているから、その時間に行動するのは絶対にやめたほうがいい。かと言って、深夜になると研究者気質のやつらの活動が活発になる。だから、日は落ちているけれど、真夜中でもない。今の時間帯が一番行動に適していると思うよ』
深夜になると、なぜだかテンションが上がって作業がはかどってしまう現象には心当たりがありすぎるので、私は深くうなずいた。ロータスはよくわからんという顔をしていた。相容れない壁がここに存在した。
『ローブは、着たほうがいいね。エルは……その、もとの姿じゃなくて、大きくなったほうが』
『ボンキュッボンになれってことだね』
『違う!!』
基本的に動じないロータスの反応と比べて、ソキウスの反応は新鮮である。耳まで真っ赤になっている。
『塔に入ることができるのは十三歳以降からだ。僕はここに来て一年経つ。エルは……ちょっと、幼すぎる。やっぱり少し目立つよ』
私は今十一歳だから、少しばかり背が低いだけと言い張ることもできるけれど、どうせなら目立たないにこしたことはない。許可証はソキウスの分の一つしかないのだ。魔族であるなしに関係なく、塔の関係者でないとバレてしまったら即座に終了である。なら、希望があるほうがいい。
と、いうわけで幻影スキルをかけなおし、イッチには先陣を切ってもらっている。最後にはニィで、サンには万一彼らから連絡があった際の中継役だ。あとはソキウス、私、ロータスの順である。腕の中でサンを抱きしめながら、許可証を持っているソキウスを前に、堂々と進んでいく。
なぜだか、ひどく安定感があった。ときおりすれ違う人達も、ソキウスの知り合いばかりで、さっきまで気を抜けば涙をこぼしそうになっていたくせに、彼は強気な声で「やあ」と返事をして、こっちも会釈する。一人、二人と繰り返していくうちに、少しずつ前を向いて、どんと胸をはっていく。重たいフードをかぶっているから視界は狭いままだけど、なぜだろうか。
(何か、すごい)
そう、すごいと思った。
最初のことを思い出してしまったのだ。逃げて、自分が乙女ゲームの中の悪役だと気づいて、どうしようもならなくて、一人っきりで森の中で崩れ落ちた。それから、イッチ達と出会って、別れて、ロータスに出会った。びくびく、ぶるぶるとはらぺこ亭の人たちにお世話になって、女将さんやストラさんと一緒に働かせてもらった。ロータスは怖い人だった。でも、実はいい人で、ヨザキさんという私の首根っこを掴んだ門番さんと友達だった。
イッチ達と再会し、ロータスと一緒に旅をして、色んな出会いと別れがあって、今度は最初に別れたはずのソキウスといる。
みんな一列になって、ずん、ずんと進んでいる、今この瞬間が、なんだかすごいな、と思ったのだ。
勝手に口の端がゆるんで、なんだかむずむずした。きっと、このときの私の気持ちなんて、誰にもわからない。心臓の辺りがどきどきして、ぎゅっとなる。
「もう少しでたどり着く。もう、ほとんど地面に近いはずだ」
先見の鏡がある場所は、塔の一番下にある一階部分の、小さなドアから入ることができる。ドアには鍵がかかっているけれど、セキュリティ的には実は大したことはない。なぜなら、この場所に先見の鏡があるだなんて、誰も知らないから。
たどり着いたドアに手のひらを置いて、そっと壁のぼりスキルを使用した。このスキルは、壁を登るだけではなく、建物の構造も知ることができる。間違いなく、ドアの向こうには広い空間がある。扉には、小さなくぼみがあった。「ソキウス、それ、ちょっと貸してくれるかな」 彼の胸元にある、許可証のバッジを指差す。ソキウスは、瞳を大きくさせて、パチリとひとつ瞬いたけれど、すぐに外して私の手のひらの上に載せてくれた。
許可証のバッジは葉っぱの形をしていて、まるで夏の日に生い茂る葉のように青々としている。ゲームではこれが許可証とは知らなかったけれど、アイテムには画像もついていたから、すぐにピンときた。指の先で形を確認し、くぼみの中にはめ込む。これだけでは開かない。呪文が必要なのだ。
ゆっくりと、息を吸い込んで、ドアノブに手をかける。
「……世界樹の枝。魔道の塔へ」
それはショートカット機能を使ったときと、まったく同じ合言葉だ。
***
ドアの向こうは、静かな月明かりがこぼれていた。塔の中心部をくり抜いた空間は、それこそどこまでもまっすぐに上に続いていて、雲ひとつない夜空を切り抜いている。
大きく、しっかりとした木が一本だけそこにあった。広がった枝にはバッジとよく似た、みずみずしい葉の枝がそっと腕を伸ばしている。
風すらもなく、閉ざされた場所はまるでガラス玉の中にいるような錯覚を持った。空気すらもその場にとどまっているようで、月明かりは柔らかい。
ゆっくりと、足を踏み出した。靴底を通して草の感触を教えてくれる。水も少ない場所であるはずなのに、草木は鬱蒼と茂っていて、この国のどこよりも現実離れをしている光景だった。
「やあ、こんばんは」
ふと、どこからか男の声が聞こえた。首を傾げたあとに、ハッとした。誰かがいる。
男は、すぐそばにいた。なのに、おかしなことにまったく気づくことができなかった。細く、繊細な錫杖が、しゃりしゃりと音色を奏でている。
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