55 あ、アア~~!
「さあ、出発進行じゃあ!」
拳を握って、眼前に突き出した。
あれだけ服を着たいと思っていたのに、いざ外面だけ覆ってみると、痴女度がさらに上がったような気がするのはなぜだろう。
気を取り直して、私達は周囲を探った。塔はその名の通り、円柱状にまっすぐにそびえていて、一番先は街全体を覆う水の膜まで届いている。塔が、膜を支えている一つになっているのだ。
そして無計画に増築を繰り返されたからか、全体にはいびつに枝のように飛び出ている箇所もあるけれど、文字通り、それはただの“枝”だ。いつくかの部屋があるくらいで、私が行きたい先ではない。一体どうしてこんな不自然な建物が倒れることもなく立っているのか。不思議に思っていたけれど、中に入って実感した。塔の全体に、やはり何かの魔道具が使われている。
窓から入った風は不自然すぎるほどに中で巡回し、天井、壁、床となめるように滑り、くるくると階下に向かって消えていく。先程私の痴女度を上げた、いたずらすぎる風である。くんぬと両手でローブを押さえつつ、見回した。
廊下には窓以外に装飾の一つもない。風の通り道を遮ることを避けてなのだろうか。塔は絶妙なバランスで保っている。
「……ちなみにサンってどうやって戻ってきたの?」
海から打ち上がったカツオのごとく、ヴェダーの小脇でビチビチしていたらしいサンである。呼びましたかね? とみょいん体を伸ばして振り向いた。彼は一度塔の内部までやってきて、宿屋まで逃亡したつわものなのだ。ところでイッチ達って彼でいいのだろうか。もはや私の中でイッチとはイッチという生き物なんだけど。今更彼女だったらどうしよう。
サンは私からの問いかけに、ええっと、と体を細長くしながら考えた。気づいたら横に揺れている。サンは高確率でリズムを刻む、ダンス系スライムである。
――扉に体当たりしてぇ、なんか開いたから、ヒュウウ~~? って思って、窓が開いてたからびゅんびゅん跳ねて帰ったよう
驚くほど参考にならなかった。先程私が水を垂らせば扉が開くぜとコナ○くんになって発見した事実、たまたま体当たりして水がこぼれて開いたのねと若干切なくなったものの、扉から飛び降りて跳ねて飛んで地面までたどり着いたと言っている。窓から下を覗くと、推定マンション十階以上の高さはあった。死ねってかよ。
いや、ロータスの飛行スキルは中々のものだし、私も気合を入れたら直撃数センチ前には止まることはできるのでなんとかできそうだけど、真似をしたところで意味はない。私の目的は塔からの脱出ではない。
魔道の塔は、幹のようになっているメインの中ぐり部分は、実はすっぽりと抜けている。廊下の内側には部屋があり、その部屋のさらに向こうは、ひっそりと細長い空間があるのだ。だからゲームでは部屋に入ってみると想像よりも狭いし、マップを見ていると奇妙な空間があることにすぐに気づく。塔の周囲をぐるぐると回っている廊下を下りると、小さな扉があるのだ。そこは魔道具で封印されているけれど、聖女である結子が願えば、鍵なんてあってないようなものだ。
と、考えつつもぐるぐると少しずつ塔を下りていく。様子を見ながら少しずつ進んではいるものの、いつ、誰に出会ってもおかしくない。このまま調子よく階下までいきつくわけがなかったのだ。私の聞き耳スキル、イッチ達の捜索スキル(イッチ達は以前私が持っていた捜索スキルより、より高性能なスキルを持っている)、そしてロータスの野生の勘がぴくりと反応した。最後スキルじゃなくて何かだったけど、ロータスだから仕方ない。
人が来る。逃げることは――できる。枝葉のような回廊が、ちょうど横には伸びていた。でも行ったところで逃げ場はない。いや、窓はあった。万一のときはすぐに飛び降りればいい話だ。でも、そうすることはミッションインコンプリート、つまりは任務失敗である。翼を出して飛び降りたところを、誰かに見られていたらそれで終わりだ。誰にも見られていないという保証もない。この街からすぐに逃げ出さなくてはいけなくなる。
どうしよう、と互いに目配せをしたとき。
――まっかせてぇ!
イッチ達が発起した。どうしたどうした、と驚くと、三匹はぴょこんと団子になった。勢い余ったからかゆらゆらしている。大丈夫かね、と困惑すると、イッチはにゅいにゅい両手を伸ばして、ロータスに何かを告げている。彼が着ているローブを求めているのだ。私のローブがなくなってしまうと色んなところが丸見えだし、瞳も赤い。でもロータスは最悪、見られても言い訳はつく。
彼はちょいと片眉を上げて、わかったと手渡した。イッチはそのままローブを羽織る。ずるずるであった。でしょうね……。
子供の私が着てもずるずるになるサイズなのだ。三匹集まったところで、それより小さなイッチ達に着ることができるわけがない。でしょうねーー。と再度ははは、となったとき、イッチ達はフンフンフン……と気合を膨らませた。――フンッ!!!!!
その瞬間、イッチ達は伸びた。とても縦に伸びた。ダイエット、成功したの……? と言いたくなるほどにスレンダーなボディとなって、横を削ぎ落とすことで身長を伸ばしていた。「嘘やろ」 動揺しすぎて口調が変わった。
これでどうだね、と言いたげにイッチは……いや、これイッチでいいの? 棒じゃない? うちのスライムどこに消えたの??? と自身の中の気持ちを若干認められず、ファサリとフードをかぶって顔部分を隠すイッチ達を呆然として見つめた。その困惑は、「お、おお、おお……」と普段は冷静なロータスが若干どもっていたところで伝わっただろうか。
――とりあえず、ちょっと様子を見てくるよう
――これなら絶対大丈夫だからねぇ~~
――ヘイヘイヘイヘイ
「う、うん、うん……?」
絶対とか言われると何かのフラグのように思えてならない。そしてヘイヘイ言っているのはサンである。彼らが重なるとき、リーダー役のイッチがてっぺんに、おっとり系だけど縁の下の力持ちであるニィは、間を繋ぐ役に、元気リズム系スライムのサンは一番下になりがちである。いつもはもう少し厚みがあるスライムボディなので問題ないのだけれど、今の彼らはただの棒である。「あっ、お、あっ、アーッ……!」 やはり想像のごとく、足元がぐらぐら揺れていた。サン、リズムを取るのはもうちょっと後にして……!?
廊下は丸くなっているので、ロータスと二人、そっと顔を出して彼らの姿を見つめた。よちよち、ぐらぐらとイッチ(仮)が進んでいく。仮を付けなければ私の中の心が追いつかない。
先にいるのは学生さん達だ。二人いる、彼らは荷物を持っているようで、日が沈んだというのに大変だ。一見、不審であるイッチだけれど、深くローブをかぶっているし、着ているのは塔の制服だから、意外と問題なく進んでいく。あら、大丈夫だった、と思ったところで、二人はイッチを見て、何か窺うような顔をした。
「ん? お前、許可証がないぞ。バッジ、忘れたのか?」
言いながら自身の胸元をとんとんと叩いている。(きょ、許可証!?) やはりローブを着ていればごまかせるというものではなかった。うちのスライム達の本気のスピードは驚くほどに早い。相手は不審、というほどでもないらしく、ちょっと訝しげにしているくらいだ。イッチは上手に会釈をして反転した。お、お逃げ! 心の中でエールを飛ばして、私自身にも許可証がないことには違いないから、どこかの部屋に入るべきか逡巡した。そのとき、いたずらな風が吹いた。アッハン。
アア~~ン
というハートつきの効果音が聞こえたような気がした。その場にいた全員の黒のローブが巻き上がり、ああ~~~とモンローばりにローブを押える学生男子の門前には、男らしく体のすべてをさらけ出すイッチ達の姿があった。棒である。しかし、その棒が見えているのは私とロータスだけだ。今のイッチ達には幻術スキルをつけている。つまり、その姿は見えない。となると、それはそれで大問題である。考えてみるとローブを着させる必要などどこにもなく単体で行ってもらった方がよかったのではと気づいてしまった。棒スライムに動揺しすぎて止めることを失念していた。嫌な予感はこれであった。
「ろ、ローブだけが、う、ういてる~~~!!!?」
少年達は叫んだ。
ア~~~~~!! という悲鳴はすべて私とロータスの心の声である。
持っていた荷物を落として叫んだ少年の声を効果音に、激しすぎるスライムはシュパパパのパと逃げたはいいものの、黒いローブの動きに、少年達は再度の悲鳴を上げた。どうすべきか。逃げなきゃ。窓を見た。ロータスは頷く。すでに、彼は窓枠に足をかけていた。その手を握ろうとして、ばさばさと私のローブも揺れて、胸元のネックレスが、ちりりと、少しだけ。
――誰かに、腕を掴まれた。
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