41 カーセイの都

 


 ロータスは御者の隣に、私はイッチ達と一緒にわらの中に潜り込んだ。くたびれたイッチ達を抱えて、どうしたものかと困りあぐねていたとき、馬車がやってきたのだ。スライム達は鞄の中に押し込んでいたものの、かぽかぽ馬に揺られながらやって来た麦わら帽子の男の人は、「あーーー?」と言いながら首をかしげた。


 私達はよっぽど妙な場所で途方に暮れていたようで、周囲には海以外何もなく、子供と青年の怪しい組み合わせだ。てっきり馬車は通り過ぎるものかと思っていたのに、かぽ、かぽ、かぽ。馬が近づく。かぽ、かぽ。こっちを見ている。かぽ。止まった。マジか。こんなに不審なのに。


「あんたら、大丈夫か?」

「ぼ、ぼちぼちで……」

「ぼちぼち困ってるかー」


 そんなら乗るか、と言われたもので、私はその人の頭をじっと見つめて、まあいいか、と頷いた。万一、モンスターがやってきたときのためとロータスは御者のおじさんの隣に座って、私は荷台に入った。


 藁の中に埋もれてすっかり、むくむく元気になってきてしまったイッチ達を抑えつつ、真っ青な空を見上げた。馬車の車輪近くには、細長い筒がついていて、そこからぽとぽとと水が一定間隔にこぼれて、道にあとを残していく。“モンスター避け”だ。とはいっても、完璧ではないから、ロータスのような用心棒がいればありがたい、と男の人は言っていた。パッと見で強そうとは羨ましい。私も早く頼りになるボンキュッボンボディになりたいものであると考えていたところまでが今現在。


 街の近くまでやってきたところで、「それじゃあここでいいんだな?」と言いながら、「お陰様で道中楽しかったぜ、こっちは馬しかいねえから」と御者がけらけら笑ってたところで、おつきの馬はふんすと鼻をならしてぶるぶるしていた。鞄の中に隠れたイッチ達もぶるぶるしていた。対抗せんでよろしい。


 さて、こうしたところで私達は、街も遠く、くたびれスライムを抱えたピンチの状況から、街は近く、ちょっと元気のないスライムを抱えている状況へ盛り返すことができた。街のすぐ近くではなく、見える程度におろしてもらったのは、作戦会議のためである。初めてのクラウディ国で魔族となった私が街に侵入しようとしたとき、姿を消して走って通り抜けようとして、引っかかってすっころんでヨザキさんに首根っこを掴まれたのは忘れがたい思い出である。


「あれより速く走れるようになったけどきついよね……」

「何いってんだ?」


 思わず考えつつつぶやくとすかさずツッコミをいれられたけど気にしないことにした。


「どうしようかな。壁をのぼるにも、“あれ”は厳しいよね」

「そうだな」


 ソレイユの中心都市であるカーセイの都の天井部分にはぴょっこりした“屋根”がよく見えるが、さすがのロータスでも乗り越えるには厳しいだろう。こちらとして、街に入らなければいけない理由はある。無理なら無理と諦めることもやぶさかではないが、できる限り努力はしたい所存である。


「まあ、なんとかなるだろ」


 うーん、うーん、と私が唸ってると、意外なことにロータスが頷くようにつぶやいた。私じゃあるまいし、そんな行き当たりばったりな、と不思議に眉をひそめて彼のあとに続いたのだけれど、街に入ると、手放しで歓迎された。もちろん、赤い瞳は隠して、イッチ達の姿も消していたけど。らっしゃい旅人、らっしゃいらっしゃい。ニュアンス的にはそれである。




「ようこそ!」


 その青年を見ると、ヨザキさんを思い出した。彼のような円筒の帽子はかぶっていなくて、手には槍も持っていない。代わりに手にしているのは羽根ペンだ。レンガ造りの壁に開いた小さな窓から、ぴょっこり顔をのぞかせて、朗らかに笑っていた。多分門番さんなのだろう。全然門を守っていないけど。


「学園都市カーセイへ! 他国からでも、よその葉っぱからでも、うちは誰でも歓迎しますよ。ご入学予定の学生さんですか?」


 にこにこしていると思ったら、ひたすらに細目なだけらしい門番さんは、羽根ペンを嬉しそうに握りながら話しかけてきた――私ではなく、ロータスを相手にして。


 ロータスは無言で門番さんを見下ろした。私はその後ろで、なんとも言えない気持ちのまま、鞄の紐を握りしめた。なんのお話ですかな? ともにょもにょ出てこようとするサンの頭をむいむい押し込む。ロータスが学生。ちょっとコメントが難しい勘違いである。


「剣をお持ちなら、剣術学科? それともやっぱり魔城壁専攻で? いいですね、いいですね! 新たな住民は歓迎します、壁に弾かれてもいませんし!」


 こちらを押しつぶす勢いで、門番さんは弁舌をふるった。口をはさむ暇がないのだろうか。「いや、学生じゃねえな」と静かにロータスは呟いたのだが、門番さんの耳まで届くことなく、「だから学生じゃねえよ」と再度ロータスは繰り返していた。なんだかシュールな光景だった。

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