40 上手に息を止めてみせます

 

【素潜りスキルを取得しました】



 相変わらず何に使えばいいのかまったくわからないスキルばかりが増えていく。でも使い勝手も謎のスキル達に助けられたこともあるので、あるにこしたことはないと思いつつ、そもそもいま現在素潜りなんてしてませんし、うずくまってぶくぶくしているだけですしとばっしゃんばっしゃん打ち付けられる波がなんだか辛い。


【ちょっと、息を止めるのが上手になる、かもしれない】


 スキル説明を確認してみた。安定のふわっと説明である。それなら極限にぶくぶくしてやることにした。恥ずかしさ以外にも、ちょっとしたロータスの言葉が嬉しくなってたくさん記憶の中に刻んでしまう。こっちが子供であることを知っているから、こういう話題になると距離を置くロータスは、実のところ、とても真面目だ。それが私が好きなロータスという人なのだから仕方がないと思いつつ、ときにはぶつかりたくなってしまうものである。


 ぶくぶく。

 浅瀬で顔をつけてどうにもならない感情をじたばたさせた。でもいつまでもこんなことしている場合じゃない。えいや! と立ち上がった。MPは削れきっていないから、まだ大人の姿でいることができる。ぱしゃぱしゃ足音を立てて、ロータスの背中を追いかけた。


「ろ、ロータス」


 ちょん、と彼の服の裾を掴んで、振り向こうとする彼に声をかけた。


「み、見なくてもいい。見なくてもいいから」


 大人になっても、ずっと彼の方が背が高い。以前は姿を変えた私の方が年上に見えたけど、今じゃ同じくらいだろう。私が大人になる前に、彼の方がすっかり青年になってしまった。おバカなことをするのは簡単だけど、言葉にしようとすると、ひどく恥ずかしくて、まるで喉の奥に何かが詰まってしまったみたいだ。あのね、と出てきた言葉はとても小さかった。


「本当に、ロータスに、ちょっと見てほしかった、だけというか……」


 砂浜に立つ素足に、静かに波が引いて、またやってくる。ざざん、と遠くで聞こえる音がひどく遠い。唇を噛んだ。見下ろしてみると情けない姿だ。多分彼は、随分びっくりしたことだろう。相変わらず振り向かない。振り向かないで、と私がお願いをしたからか、どうかはわからないけど。「見ねえよ」 とても小さな声だったけど、私はいつもロータスの声がよく聞こえる。口調は決して優しくないのに、ちょっと低くて、やっぱり優しい。多分、ロータスの声だけ、はっと耳を向けてしまうんだろう。


「見ねえけどな」


 後ろ姿でも、ほんの少し彼の耳が赤いことには気づいてしまった。あっ、とした。

 瞬きして、うわあ、となって逡巡して、でもこれくらいなら許されるかなと、えい、とロータスの手のひらを握った。大きくって、とても硬い。ロータスは私を見もしないで、真っ直ぐ前を向いたままだったけれど、少しばかり困るように、ぴくりと指先を動かして、一拍、二拍したのちに、かすかに、手のひらを握り返してくれた。もちろん一瞬だ。


「あ、あ、あ……」

「とりあえず、さっさと着替えてくれや。じゃなきゃお前のこと見れねえよ」

「わ、わた、わたし」

「……エル?」

「い、今、素潜りスキル使ってた……」

「いやなんでだよ」


 呼吸がうまくできなかったので……。



 ***



 使い所がないと思われたスキルがまさかの日常使用ができました。というかおんぶに抱っこに米俵としまくりなのに、いざとなるとこんなになってしまうのはなんでなのかね、わからんね、これから素潜りスキルいっぱい使うね、と頭のスキルさん達に予告しながら(恐るべきことに一瞬にしてLV.2になっていた)子供の姿に戻って、べとべとの体は水筒に入れていたスライム水で洗いつつお着替えは完了した。ロータスも同じくである。


 頭の上ではかっかと太陽が上っていて、レイシャンやクラウディ国とは随分な違いだ。この暑さに慣れるにはまだまだ時間がかかりそうだと思いつつ、荷物をまとめた。街の位置は大丈夫。手探りであったレイシャンに比べて、事前情報がある点は安心である。


「イッチー、ニィ、サンー?」


 初っ端から海の塩に大興奮の彼らであったが、そろそろ落ち着いてきただろうか。青い空、白い雲。さんさんの太陽。元気になってしまうのは仕方のないことである。そろそろ存分に遊び終わった頃合いだろう、ところろん、ころろんと転がったらしき砂浜のあとをロータスとともに追いかけた。そして見つけた。彼らは3つの団子となって、萎れて岩場に崩れていた。


「…………ちょ、ちょおおお、おおおおーーー!!?」


 一瞬状況が脳に追いつかず、随分間ができてしまった。一体なにがーーー!!? とぺちゃんこになっている彼らを抱きしめ、悲鳴をあげた。これならさっきの上下にぶるぶるの方が何倍もマシである。




 ――あのね……なんだかね……ちょっと……興奮、しすぎ、ちゃった、カナ……?


 太陽の下ではしゃぎすぎたスライムたちはかすかにぷるるんと震えながら伝えてくれた。興奮はほどほどに、と言いたいところで、大変だ大変だと慌てて日陰に移動し、ストック済みのスライム水をロータスと一緒にぱしゃぱしゃかけた。使い切っていなくてよかった。お肌つやつやスライムに戻ったときにほっとした。


 でもちょっとさすがにこれは反省しようねとぶにぶに三匹をつついて怒ると、なんだかおかしいんだよねえ、とイッチたちは首|(そんなものはスライムにない)を傾げた。もにょもにょみんなで相談ついでにお話しをしているらしい。なになに。


 ――なんだか、とっても神様が遠いよねえ。うんうん、わかるわかる。超遠いよう。


 イッチ達の言葉に、私とロータスは顔を見合わせた。


 この世界には、神様がいる。どこにでもいるはずの神様だけど、やっぱり薄い濃いはあるのだろう。神の恩恵は水に宿る。体の中に水を溜め込んでいるイッチ達スライムを生み出したのは神様だ。クラウディ国はところどころ水辺があり、レイシャンではどこでも雨が降っていた。でも、この国ソレイユは、水とは遠い距離にあるのかもしれない。国は世界樹から独立した葉として実り、形となったものだから、周囲の海は葉っぱの外であり、世界樹の一つだ。国とは隔絶される。


 それが、一体、どういった意味なのかはわからなかったけれど、少しだけ心にとどめて、運良く馬車を見つけた。私とロータスはへろへろになったイッチ達を抱えて、藁だらけの荷台に埋まるように、海を背に街へと進んで行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る