9 こちらお納めは一匹でいかがでしょうか

 

「あああああ」


 がくがく震えた。よくしなる枝を見つけるのは以前から得意だった。先に結んだ紐は浅瀬で干からびていたナマズモンスターのヒゲである。申し訳ございませんが失礼しますと一声かけつつぷちりと切って、さきっちょに巻きつけた。枝と一緒にぐるぐるにして岩場の上に足をのせつつおもりをつけた先を放り投げる、を繰り返して現在。震えている。


「おおおおおお」


 一本では折れてしまった、ということで、すでに三本の枝を握りしめている。どこぞの武将が教えてくれた。三つなら折れない、多分。「釣れたーーーー!!!」 


【釣りスキルがLv.2になりました】


 教えてくれたアナウンスとともに、飛び上がった魚の水しぶきが散っている。

 兵士のお兄さんとの会遇より数日、私は案外まともに生きていた。



 ***



「恐れ入りますが、こちらお納めは一匹でいかがでしょうか。え? だめ? 二匹? いや私が食べる分がなくなっちゃうよ! 一匹と半分! お願いします! よろしくおねがいします! いいの? ありがとうございます!!」


 必死に頭を下げつつ土下座をする目前では、鶏型のモンスターが、カハアと口を思いっきり開けながら勢いよく炎を吐き出した。ごうごう揺れる炎と共に、釣り上げた魚がみるみるうちに美味しそうな焼き具合に変身する。すっかり乱れた自分の前髪を直しつつ渡した魚を飲み込みながら去っていくモンスターのしっぽに、再度、「ありがとー!」と声をかけた。もちろん、使っているのはテイマースキルである。


 テイマー、とはいうものの、スキル説明を見てみれば、動物やモンスターと仲良くできる、かも? というくらいなので、別にモンスターを意のままに操れるわけではない。そこまでなると固有スキルのレベルである。なので私にできることと言えば、労力の交換だった。魚は頑張って私が釣ります。なのでどうぞ、火を通してくださいとお願いしてみたところ、案外オッケーサインをいただくことができたのだ。きのみやきのこでは育ちざかりのお腹は膨れない。


「……けぷっ」


 魚をさしていた串を見つめて、満足しつつ片手でお腹をなで上げた。「釣りスキルもとうとうレベルがあがったなあ」 それからウィンドウを表示してみる。ついつい、と慣れた手付きで半透明の画面を出した。



【名前】 エルドラド(8歳)

【スキル】 幻術Lv.2、飛行Lv.1、掃除Lv.3、テイマーLv.2、察知Lv.2 釣りLv.2 UP!

【称号】 クラウディ国、最恐魔女『予定』のちびっこ、まぬけな嘘つき、野生児


「……」


 スキルの表示が増えてきたからなのか、最近レベルアップの表示までしてくれるようになった。でももうちょっと別のところを使いやすくしてくれていいんだよ。あといつの間にか勝手に増えている称号を消したいけど消せないとかどんなバグなの。ちくしょう、と呟きつつもとことん、と指先で釣りスキルの説明を確認した。


【魚と水が友達に感じる】


「うん……」


 いや、実際つけてみるとそうしないときよりも獲物のかかり具合は段違いなのでつけるに越したことはないんだろうけど。毎度気の抜けるスキル説明だった。


 あれからテイマースキルは何度も使用している。けれども中々3以上にあがらないところを見ると、2と3の間には大きな隔たりがあるのかもしれない。Lv.1を取得するのはあっという間だ。取っ掛かりを見つけて2に上がるのも、そう難しくはない。でも問題はその次だ。しっかりと自分のものにするには難しい、ということだろう。


「まあいいや」


 いい串を何度も見つけるのは手間なので、葉っぱと蔦で作った簡易バックに入れながらも立ち上がった。察知のレベルも一つあげたわけだし、と私は称号部分をぽちぽちいじった。新しく得たこの称号、確認をしてみると面白いことがわかった。


【ステータス 野生児 に変更しました】


 抑揚のない何度目かのアナウンスを確認する。そして、確実にステータス、と言っていた。「おいしょ、よいしょ」 とんとん、と跳ねて飛んで、確かめてみた。間違いなく身体能力が上がっている。そんなにびっくりするほどの変化はないけれど、普段よりも調子よく体を動かせることに間違いはない。スキル表示しか見ることができないけれど、実際ゲームと同じようにHPやMPなどのステータス表記もあるのだと思う。称号は、それを変化させることができるのだ。

 あと野生児は木を頑張って登っていたら手に入れることができた。


「おいっちにい、おいっちにい……」


 準備運動は万端だ。すでに首都の場所も把握している。行き慣れた森の中をざくざくと進んでいく。とっくに服はぼろぼろで、食べ物はあったとしても屋根のない場所に連日の寝泊まりだ。体の限界も近くなってきている。だから、今しかチャンスはなかった。ステータスも向上して、ぎりぎり体力も残っている。私にとってはハプニングだったけれど、お兄さんとの対面で瞳の色を変えることができることも確認できた。そこさえ変えてしまえば、私を魔族だなんて誰も思うわけがない。


 はやく街の中につきたかった。人の中に混じりたかったのだ。体の節々が限界を叫んでいて、一人でなんて生きているわけがない、と日和った私の魂が主張している。……お金なんて持ってないけど。


 本当なら原作のエルドラドよりも、私はずっと有利なはずだ。体は子供だとしても、頭の中は大人の記憶が蘇ったのだから。それでうっかり復讐心も死んでしまったことは想定外だけれど、なくなってしまったものはなくなってしまったので仕方がない。


 そうこう考えているうちに、すっかり門の前にたどり着いていた。しっかりとした城壁の前には、一人の兵士が立っている。何度か確認に来てみたけれど、残念ながら彼らは交代を繰り返していて忍び込める隙はなさそうだった。商人や冒険者なのだろうか。時折中に入ったり、出ていく人もいるけれど、きちんと通行証を確認していることは間違いない。諦めきれずに遠目で見つめていたときに気がついた。何も、正攻法で通ろうとしなくてもいいんじゃないかと。


 いや、むしろ堂々と、真ん中から入ったらどうだろう、と。



 黒髪の兵士のお兄さんから逃げたとき、私は全身をカモフラージュするようにして彼の前から駆け抜けた。一瞬、ほんの一瞬でいい。警備の交代の時間、彼らは変わらず門の前にいるけれど、視界をそらす。そのときに思いっきり走り抜けて、こちらを見た瞬間だけ、姿を見せないように幻術スキルを使用したらいい。


 姿が見えないのならわざわざ瞳の色を変える必要もないし、ややこしいことはせずに、とりあえず姿を消すことに集中できる。そんなうまくいくだろうか、と自分の能力(というか頭)に不審を抱いていたけれど、そこは野生児の称号である。今の私はまるで檻から放たれたサルの如く、素早く風になることができる。


 交代の時間も、きちんとチェック済みだ。わずかに聞こえる鐘の音が三つなったとき。ふい、と兵士の人が交代の人に声を掛けられて、顔をそむけた。いまだ! と心の中だけで叫んで、思いっきり走った。石畳の上をだかだか足音が響いている。しまった、足音まで考えていなかった。でも今更逃げ帰ることもできず、とにかく走った。足音はどうか気にしないでください。


 気づいたところで、姿さえ見えなければこちらのものである。見張りの人がこちらを向いた瞬間、私は姿を消した。つもりだった。「はうあ!?」 滑ってころんだ。石畳のさきっちょに躓き、橋の欄干までごろごろと転がり、強かに体を打ちつけた。そしてバウンドした。


「……ん? え、おい? 大丈夫か? な、何してるんだ……?」


 困惑はとてもわかる。私だって突然現れた子供が眼前で滑って転んでそのまま微動だにしなければ混乱する。がっつりと見られた。死んだ。うつ伏せのまま、私は静かに意識を遠のかせていった。逃げてもいいだろうか。


 再トライ、再アタック。「すみません。ほんと、すみません」 顔を伏せたまま私は静かに謝った。どうか見ないでいただけませんか。もう一回やり直しますので。そのまま匍匐前進を反転させる。つもりが、できなかった。首根っこを掴まれていた。


「どこにいくんだ。子供一人で怪しすぎるだろう。とりあえずちょっと詰め所に来なさい」

「あばばばばば」

「こら! 暴れるな!」


 ポンコツすぎて流れそうになる涙である。

 うまいこと言い訳すらも思いつかず、とりあえずじたばたした。すぐさま見られる前に瞳の色は赤から青色に変えたけれど、こちとらニュービーすぎる魔族である。街の端っこでひそひそ生きていけたらと祈っていたのに、最初からバッドエンドに飛び込んでいる。


 あまりにも甘く見すぎていた。とにかく逃げねば、と両手両足を動かしたものの、短すぎた。ぼろぼろの服の首根っこを掴まれたまま、どうしようとただ口をぱくぱくさせていたとき、私がやってきた方向と同じく、お兄さんがこちらを見ていた。ぱちぱち瞬いている瞳は黒紫だ。彼が言っていた調査はとりあえずと終わらせたのか、最後に見たときより少しばかり服装は汚れていたけれど、やっぱり腰には立派な二本の剣がさされていた。

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