最恐の悪役(の、お子様時代)に転生しました。~まったりライフを目指したいのになぜだか原作のお相手キャラが絡んできます~ 

雨傘ヒョウゴ

お子様転生、始まりました

村から森、そして街へ

1 最恐の悪役(の、お子様時代)

 

 この世は五つの葉っぱでできている。

 それを私が思い出したのは、力の限り石を投げつけられたときだ。ごつん、と当たった衝撃に目の前が真っ赤になって、くらくらした。けれども本当に真っ赤になっていたのは私の瞳で、村の人たちは私と目を合わせる度に悲鳴をあげて腰を抜かした。


「いや、あの……」


 ちょいまち、とわたわたする自分の手のひらは随分小さい。「エル、お前……」 地面にへたり込んでいるのは幼馴染の少年である。エルとは私の名前だ。本当はもう少し長いのだけれど、だいたいみんな省略する。さきほどまで仲良く手を繋いでいたはずなのに、今ではびっくりするくらいの距離ができていた。


 曇りばかりで、晴れ間なんてほとんどない。どんよりした空ばかりの村だった。それがほんのひととき、光が差し込むその日がある。毎年みんなはその日に向けて祭りの準備に勤しんでいた。そして今日がその日だから、少ない村の住人は広間に集まっていて、楽しげに声を上げていたのに、一人が私の顔を見て、小さな悲鳴とともに抱えていたみかんをぼとりと落とした。みかんはうちの村の特産品だ。


 悲鳴はさらに伝染した。私と手を繋いでいた幼馴染は、震えながらへたりこんでしまった。

 誰しもが、こちらを遠巻きに見つめていた。


「魔族だ……」


 ぽつりと、誰かが呟いた。


「エルは、魔族に変わってしまった……!!」



 投げつけられた石と共に思い出したのは、この国の名前と仕組みについてだ。クラウディ国と呼ばれるこの国は、一枚の葉の一つ。


 あるとき、人は魔族へと変わってしまう。


 それは魔族と人が入れ替わるとも、もともとが魔族として生まれたとも言われ、誰もわからない。と、いうのは嘘で、本当は魔族も人も同じものから生まれた。だから、先祖返りのように、時折魔族は人の中から生まれる。


 でもそんなことは誰も知らないものだから、稀有な力を持つ魔族を人々は忌み嫌う。まさにハードモードである。私は短く幼い二本の足で立ちながら、顔を引きつらせた。


「ラブラブ、プリズム、マジックパワー……」


 違う。オープニングを諳んじている場合ではない。へへ、と口から妙な声が漏れたところで、さらに周囲はざわついた。恐らくおかしくなったと思われた。そう思ってくれた方がむしろよかった。この世界を、私は知っている。


『五つ葉の国の物語』と呼ばれるハードな世界観が売りの、シミュレーションRPGだ。主人公は女の子だから、恋愛乙女ゲームというジャンルにもなる。


 私が頭を抱えている間にも、魔族は消えろとただただ石を投げつけられる。「ひわ、ひひ、ひえっ!」 こちとら困惑を通り越して混乱しているというのに、村人たちは容赦がない。出ていけ、殺せ。身震いするような言葉ばかりだ。追いかけられて、逃げ惑って、飛び出したら崖だった。


「うわ、あ、あ、あ、あーーーー!!!」


 ここは魔族落としの崖だ。

 人から魔族に変わったものを突き落として始末する。魔族はどんな能力を持っているかわからないから、見つけたらすぐに殺さなければいけない。そして直接手を下すのは、あまりにも危険な行為だ。だから落とす。「エルッ!!」 幼馴染の少年の声が、暴れた風の中で聞こえた。ばたばたと体中に風が叩きつけられて、息すらできない。


 ただただ私は体を空に向けたまま、短い両手足を暴れさせた。時間にすればほんの一瞬のはずなのに、いつまで経ってもどんより雲が遠ざからない。まるで長い時間だった。その間に、私は少しずつ、過去のことを思い出した。


 ニホン、という国があった。


 その不思議な国の記憶が、私の中にある。空を飛ぶ鉄。馬よりも速く走る乗り物。小さな箱に入った人は、たくさんのニュースを人々に届けて、遠い場所の物語でも知ることができる。そしてその箱には、たくさんの物語が詰まっていた。アニメや映画、ドラマはもちろん、ゲームと呼ばれる遊戯があった。過去の私はときおりそれで遊んで、楽しんでいた。


 男だったのか、女だったのかもわからないけれど、わくわくしながら、いつもテレビの前に座っていた。きっとゲームがとても好きな子供だったんだろう。とりあえず彼女と仮定すると、彼女は大きくなってもやっぱりゲームが好きで、たくさんのゲームをプレイした。いわゆるゲーマーと呼ばれる人種だったのかもしれないけれど、そんなに上手だった記憶はないから、やっぱり下手の横好きだったのかもしれない。


 彼女がたくさんプレイしたゲームの中にあったものの一つが、『五つ葉の国の物語』だ。


 大きな世界樹を中心に、葉っぱのように国が分かれて争いの絶えないその国々を、聖女として召喚された少女が争いを終結させる。主人公が五つ葉のどの国の中に召喚されるかはランダムで、それぞれ登場するキャラクターも異なっていた。物語の中には戦争を激化させるものもあるが、基本的にはハッピーエンドを目指している。

 そして、登場する国の一つがクラウディ。曇りばかりで晴れ間のない淀んだ国であり、私が生まれ育った小さな村はクラウディ国のほんの一部だ。


 魔族と人は絶え間ない争いを繰り返している。幼い頃から、隣の家のおばさんから魔族とは恐ろしく、言葉が通じたとしてもそれはただの表面上で、本当は考えさえも理解できない人とは別の生き物なのだと教わってきた。


 こわいね、と幼馴染と薄い毛布の中にくるまって手を繋いで眠ったこともあるのに、まさか自分がそうなってしまうなんて思いもしなかった。祭りの最中に魔族となってしまったときの阿鼻叫喚を再度思い出し、思わず笑ってしまった。げらげらおかしくなっている間にも、崖の上の人々は小さな豆粒になってしまった。



 思い出した不思議な記憶が、私の前世であったのか。そんなことを確かめる必要もなく、私は刻々と死に近づいていた。魔族とは死ぬもの。殺されても仕方がない。わかっているから、仕方がないと思う気持ちと、昨日まで笑い合っていたのに、突き落とされた恨みが腹の底で渦巻いた。


 逃げ惑っていて、勝手に落ちたのは私だけれど、彼らは確実にここに向かっていた。私を突き落とすために、大人たちは総出で私を追いかけた。頭の後ろがちかりとする。わけもわからない感情が大きくて、飲み込まれてしまいそうだ。大人であった過去の記憶がなければ、幼いままの私はこの感情を飲み込むこともできず、歯を食いしばりながらこぼれた丸い涙を宙に残すばかりだったに違いない。


 高すぎる崖の先は、もう何も見えない。


 仕方ないな。これはもう仕方ない。伸ばそうとした腕はくたりとして、別に恨みを込めて前に向けたわけではなくて、勝手にばたばたと空に向かって真っ直ぐに伸びてしまっただけだ。ひゅうひゅうと風が体を通り過ぎる。いつの間にか、ぐるりと回って頭から落っこちていた。仕方ないな。仕方ないよ。苦しくないといいな。ああ、もう、ほんとに




 しにたくない




 ぽとりとこぼれた言葉は、自分の中から呟かれたものだった。そりゃそうだ。死にたくない。死にたくない。怖い。たまらない。嫌だ。絶対に。死にたくなんてない。うわあ、と勝手に口から悲鳴が溢れていた。無意味と分かっているのに必死に自分の頭を庇った。少しでも長く生き延びようと思った。たすけて、誰かたすけて。かみさま。どうかかみさま。この世界には神様がいるのだから、どうか、お願い。誰か。



【飛行スキルを取得しました】



 瞳をつむっているはずなのに現れたポップアップに、「ヒウィッ!?」とおかしな悲鳴を上げてしまった。でもそんなことをしている暇もすら一切なくて、私は無意味にジタバタ暴れる動作をはさみつつ、目前のウィンドウを連打する。解説、ない。ただの情報だ。使用項目なし、パッシブスキル、否定。


「うわあ、うわあ、うわあ、うわあ、うわー!!!!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにさせて、背中に生えた羽をはばたかせた。曇天ばかりの空が、ほんの一瞬、きらめいた。

 真っ黒い魔族の象徴であるその羽は、つい先程までは何もなかったはずなのに、今はあることが当たり前になってしまっている。ワンピースを翻して飛び出た、生まれたばかりのひな鳥のような頼りない羽は一瞬に力尽きて、浮いたのはたったの一瞬。すぐさま私は木の枝につっこんで、バキバキと枝を割りながら地面に激突した。でも、生きてる。


 細かな裂傷はあるけれど、それだけだ。ぐーとぱーと繰り返して、手足の無事を確認した。「は、はあ、はーーーー……」 ため息をつこうとしたのにあまりの恐怖に息すらまともに吸えなかった。やっとできたと思うと、呼吸がひどく苦しくて、とても喉が渇いていた。


 這々の体で水場にたどり着き、水面に浮かぶ自分の顔を見つめた。汚れてぼろぼろになっているけれど、まだ十歳にも満たない幼い女の子だ。ぽってりとした唇が可愛らしくて、改めて見てもとても可愛らしいと思う。大した手入れもしていないのにさらさらとした金髪と透き通るような肌はまるで天使のようだ、と思ったら魔族だった。


 そしてじっと唇を尖らせた。私、エルの瞳の色は、この湖と同じように真っ青だったはずだ。それが今や、血のような真っ赤な瞳に変わっている。


 あるとき、人は魔族へと変わってしまう。

 人と魔族の大きな差は、異能の力であるけれど、人の中にもスキルを覚醒させるものも僅かだが存在する。だから魔族と人との大きな差は、真っ赤な瞳と、背中にある悪魔のような羽だった。ゆっくりと、私は羽を動かした。ぎしぎしして、うまく動かすことができない。普通の魔族であったのなら、すぐに空を飛ぶことなんて不可能だ。だから目覚める前に、崖から突き落とす。幸か不幸か、私はちょっとした才能があったようだ。いや、幸運に決まっている。


 私は村人がいる前で、いきなり瞳の色を赤に変えた。そのときはまだ羽は生えてはいなかったけれど、彼らの常識からすると私は魔族に成り果ててしまった。言葉は通じるけれど、本当は通じていないはずの、何者でもないなにかに。


 勝手にぼろぼろと溢れていた涙は、悔しくて片手で拭った。エルは今年で八歳になる。私がもし、過去の記憶を思い出すこともなく、見かけ通りの幼子であったのなら、手のひらを返したように私を追い詰めた村人たちを、憎く、恨みに恨んでいたのだろう。けれども、中途半端に大人の記憶が混じってしまったものだから、ただ諦めたような気持ちで、すぐさま遠くへ逃げて消えてしまいたいという感情だけが残っていた。培った価値観を変えることは至難だ。そんなものと相対するより、逃げてしまう方がいいに決まっている。


 たくさんの感情をゆっくりと飲み込むように瞳をとじて、長くため息をつきながら再度水面を見つめたとき、ふとゆらついた波紋の向こう側に、なぜだか既視感を覚えた。魔族となり、村から追放された少女。国の名前はクラウディ。金髪の赤目の少女の可愛らしい姿は、どこか見覚えがあるような、ないような。


「んん……?」


 近づいて確認してみた。私の名前はエル。本当はもうちょっと長いけれど、みんなエルと呼んでいた。本当はエルドラドという名前は少し言いづらいから、省略するのだ。「ん、ん、んんん~~?」 生えたばかりの羽を揺らして考えた。頭につん、と人差し指をつけてみる。あっはっは! と大口を開けて笑う、妙齢の女性の姿を思い描いた。



 最恐魔女、クラウディ国のエルドラド。

 彼女は過去、人間に追放された恨みから人の味方である聖女である主人公を苦しめ、プレイヤーもバトルで幾度も唇を噛みしめた幻影の魔女である。ナイスバディに露出の多い衣装を身にまとって数々の男を虜にしていた。


 ただただ、滝汗が止まらなかった。

 現在の時を思い出した。この国は王が死ぬとそのときの年の名を変える。だから田舎の村の端っこに住んでいようと、幼子である私だって暦を理解している。いち、にい、さん、と数えて、覚えていたゲームの歴史を逆算してみた。間違いなく、ここはゲーム本編の過去だ。


 聖女である主人公が召喚されるのは、これから数年先のこととなる。つまりこれは。


「私、ゲームでの悪役に転生した……?」



 ――――信じられないことに、私は最恐の魔女の、お子様時代に転生してしまったようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る