「これでようやく、この世界でスローライフができるぞ!」 神「よくやりましたね。勇者よ。それでは約束通りもとの世界に帰しましょう。強制送還ビーム!」
稲荷竜
side/B
「これでようやくこの世界でスローライフができるぞ!」
長かった。
冒険をした。金をためた。仲間ができた。彼女もできた。
最終決戦前にみんなで生きて帰れない決意をした。
でも、みんな生き残って、決戦を終えることができた!
王都に帰ったらまずはプロポーズをしよう。
そうしてこの世界で、余生を平穏に過ごすんだ!
「よくやりましたね勇者よ」
「……この声は俺を転生させた神様!?」
「はい。今、あなたの脳に直接語りかけています。魔王を倒したあなたを、最初に約束した通り、もとの世界に帰しましょう」
「いや、神様、それはもういいんです。俺はこの世界で生きていきます」
「しかしそういう契約ですので」
「そこをなしでお願いします。友達も恋人もみんなこの世界にいるんです。この世界が俺の故郷なんです」
「そうですか。あなたの気持ちはわかりました。ですが……」
「帰りませんよ」
「……」
「……」
「強制送還ビーム!」
「あっ、神、てめぇ!」
こうして俺はもとの世界に送り返された。
◆
現実に戻された俺は異世界に帰る方法を必死に探した。
スキルもステータスもそのまま、アイテムは異空間のストレージから取り出し放題。所持金もタックスヘイブンの口座にあった。
まずはアイテムストレージに手紙などを送ってみた。
これが異世界につながっているなら、俺とアイテムストレージを共有していた恋人から返事が来るはずだ。
自分が中に入るのは最後の手段としてとっておきたい。
結果は……なんの返事も得られなかった。
だが俺はあきらめない。
空間を斬る剣技を試した。
時空をまたぐ魔法を試した。
修行に費やす時間はいくらでもあった。
現実世界に戻った時、俺は大学に通っていたのだけれど、そこもすぐやめた。
金はいくらでもある。働く必要はない。
しかしすぐに大学に戻る必要が生じた。
剣や魔法ではなく、物理、科学からのアプローチで異世界に戻る方法を探すためだ。
俺は異世界で修得していた翻訳スキルを活かして海外の大学に進み、そこで『異世界にワープする方法』を探した。
俺の研究はみんなから笑われたが、それでもあきらめなかった。
いつかあの世界に帰る……それだけを胸に抱いて必死に研究を続けた。
五年経ち、十年が経った。
俺はエルフの秘法で自分の老いを止め、人里離れたところで研究を続けた。
いつまでも若いままでい続ける俺は住処を転々とせざるを得なかった。
引っ越しがすっかり得意になって、あらゆる最新技術が発表され続けて、そのどれもに目を通したけれど、そのどれもが期待外れだった。
剣技と魔法はとっくに極めたけれど、世界間移動の技法だけがどうにも修得できない。
二百年も経ったころ、研究のテーマを『異なる二つの世界を移動する』から
『神になる』に変えることにした。
神は異世界転生をやってのける権能があるのだ。
あれは能力が先に生じるのではなく、神という職責についてくる付属的なものなのではないかと仮説を立てたのだ。
そうしてさらに研究を続け、修行を続け、ギリシャ神話のヘラクレスあたりを 参考にしてようやく人から神にいたる方法を見つけ出したころには、三百年の月日が経っていた。
時間の流れはある程度いじれるとはいえ、それも十年かそこら。
こちらの世界で過ごした三百年は、あちらの世界でも短くない時間として流れていることだろう。
俺は虚無感にとらわれながらも、せっかくの研究成果だからと、この世界から懐かしきあの世界に戻るための穴を空間に空けた。
その瞬間、吹き抜ける風、緑の景色。青臭いにおい。
まぎれもなく、懐かしきあの世界の風だった。
もう知っている人もいないであろう、心の故郷。
穴をくぐって懐かしき世界に降り立つ。
今立っている草原が、かつて最終決戦の余波で不毛の荒野と化した場所であると気付くまでに、そう時間はかからなかった。
おそろしいまでの瘴気と暗黒の炎のせいで草木一本生えなくなったあの場所が
ここまで再生しているのだ。
それを嬉しく思い、そして、絶望した。
もう誰も、この世界に、俺の仲間はいない。
確実にそれだけの時間が流れている。
だから俺は最後に仲間たちが……恋人が生きたであろう世界の未来を見ようと思った。
アイテムストレージから、この世界で最初にまとった衣装を取り出す。
懐かしい服を着て、草原を歩いていく。
再生したとはいえ、
きっと、この場所がこんなにも緑豊かな場所に戻ったのは、最近のことなのだろう。
ふと、木々の生えた場所の奥に、小屋があるのを察知する。
そちらに向けて歩いていけば、中には人の気配があった。
ちょうど、扉を開けて、中の人が出てきたところで。
その人は……
「……嘘だろ」
彼女は、俺がこうしてここをおとずれるとわかっていたみたいに、俺を出迎えた。
冒険を終えた時のままの姿で。
たぶん彼女もエルフの秘法で若いまま、待っていてくれたのだ。
お互いに歩み寄って、かたく抱き合った。
長い長い冒険はこうして終わる。
三百年前に目指した俺たちのスローライフが、今から、始まるのだ。
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