第一章『猫と鼠と協力関係』その6

 覗いてみると、そこにはぽっちゃり系の白猫がおすわりしていた。

 この猫ってたしか……。

「もしかして前に、さくらみやさんと一緒にいた猫……?」

「えぇ、あなたが助けようとした猫ちゃんですね。名前はマシュマロです」

「そ、そっかぁ……。元気にしてたんだね」

 会話の最中、テーブルの上まで上ってきた白猫──もといマシュマロ。

 僕はモフモフな部分を撫でてみる。

 すると、マシュマロは「シャー」と威嚇してきた。

「敵だと思われているみたいですね」

「えぇー……」

 さくらみやさんとマシュマロが車にぶつかりそうになった時、僕なりに助けようと頑張ったんだけどな。

 結局、走っている途中に転んで、何一つ役に立てなかったけど……。

「マシュマロって、ひめさんの家で飼っているの?」

「そうですよ。あいさまの愛猫です。と言っても、あいさまは習い事などで忙しいので、お世話は私が担当しています」

 さくらみやさんは膝の上に乗ってきたマシュマロの体を撫でる。

 マシュマロはとても気持ちよさそうな顔をしていた。

 僕の時と態度が全然違う……。

「マシュマロはとても気まぐれな性格なので、すぐにどこかに行ってしまうのです。こうしてこのお店に勝手に出入りすることだって日常茶飯事なのですよ」

「た、大変だね……。じゃあ、あの日もさくらみやさんはいなくなっちゃったマシュマロを探していたんだ」

 さくらみやさんと協力関係になりたいと申し込んだ日。

 彼女はマシュマロをずっと探していた(←その間、僕はずっと尾行していた)。

 そうしてようやく見つけた時、ものすごいスピードで向かってきた車とぶつかりそうになったんだ。

 そこを僕が助けようとして、逆に盛大に転んで怪我しちゃったんだよね。

 うぅ、恥ずかしいこと思い出しちゃったよぉ……。

「そういえばあの時の傷はもう大丈夫ですか? 先ほどあなたが転んだ時には確認しそびれてしまいましたが……」

「えっ、だ、大丈夫だと思う……よ?」

「見せてください」

 彼女に手を伸ばされて、僕は思わずすっと後退する。

「……どうして逃げるのですか?」

「い、いや……その、こ、これには事情があって……鼠は本能的に猫を恐がっちゃうというか……」

くん。このまま私を拒むのでしたら、あなたのことを動けなくするために押し倒しますが……よろしいですか?」

「ひぃっ!?」

 胸キュンワードが炸裂して、すぐに僕は以前転んだ時の傷を見せた。

 彼女に治療してもらったし、もう治ってると思うけど……。

「本当に大丈夫そうですね」

「う、うん……」

 確認を終えると、さくらみやさんは小さく息を吐く。

 ……心配してくれたのかな?

「そ、その……ありがとう」

「いえ、お礼なんていりません。代わりにお金を一億ほどもらえたらと」

「えぇ!? それは無理だよぉ!?」

「冗談ですよ。みゃーちゃんジョークです」

「? み、みゃーちゃんジョーク……?」

「はい。私の冗談は驚くほどわかりづらいそうなので、あいさまが特別に命名してくださいました」

「そ、そうなんだ……」

 ……としか反応できなかった。

 冗談に命名する人なんて聞いたことないよぉ……。

 ──なんて思っていたら、さくらみやさんがこんなことを話し始めた。

「実を言いますとマシュマロは、あいさまが王生いくるみくんのことが好きになる、きっかけを作った猫なのですよ」

「えっ、それ本当……?」

 訊ねると、さくらみやさんは「はい」と頷く。

「一年生の頃のある日、当時まだ野良猫だったマシュマロが道端の木の上から下りられなくなっていたところをあいさまが見つけて助けようとした時、うっかり木から落ちてしまって、そこを王生いくるみくんが助けたのです」

 これがきっかけで、ひめさんはたくくんのことが好きになったのだと、さくらみやさんは説明してくれた。

 加えて、ひめさんは野良猫だったマシュマロを飼うことに決めたらしい。

 彼女の話を全て聞いた時、僕はびっくりしすぎて言葉が出てこなかった。

「どうしましたか? 先ほどから全く話してくれませんが……」

「ご、ごめん。ちょっと考え事をしていて」

「エッチな妄想ですか?」

「そんな妄想してないよ!?」

「……おかしいですね。男性が黙っている時はエッチなことを考えているか、エッチなことをやり終えて尽き果てたあとだと学んだのですが」

「それ、絶対に間違ってるよぉ……」

 誰がそんな変なことをさくらみやさんに教えたんだろう。また彼女のお母さんかな?

 そんなことを思いつつ、僕は仕切り直して話し始める。

「実はね、一つ良い作戦を思い付いたんだ」

「と言いますと?」

たくくんとひめさんが普通に話せるようにするための作戦だよ」

「っ! 本当ですか?」

 さくらみやさんは澄んだ瞳を大きく見開いた。

 表情があまり変わらない彼女にとって、今日一番のリアクションかもしれない。

「う、うん。……でも、この作戦を実行するには、そ、その……さくらみやさんに一つお願いを聞いてもらわなくちゃいけないんだけど……」

「お願いですか?」

 さくらみやさんの言葉に、僕は頷き返す。

「あ、あのね、マシュマロにもこの作戦に協力してもらいたいんだ?」

「……マシュマロ、ですか?」

「うん。……ダメかな?」

 さくらみやさんはマシュマロを大事そうに抱えた。

「……危険なことはしませんよね?」

「もちろんだよ。危ないことは絶対にしない。だから、そ、その……お願いできるかな?」

 さくらみやさんはしばらく話さなくなる。

 顔つきに変化がないからわからないけど、たぶん悩んでいるんだと思う。

 マシュマロはご主人さまの愛猫だから、怪我でもさせたら大変なことになっちゃうし。

「わかりました。マシュマロの作戦の参加を許可します」

「っ! あ、ありがとう!」

 お礼を言うと、次に僕はマシュマロの方を見る。

 頑張ろうね、マシュマロ。

 と心の中で伝えると、

「シャー」

 マシュマロは全力で威嚇してきた。

 うぅ、めちゃくちゃ嫌われてるよぉ……。


 それから僕がさくらみやさんに作戦の詳細を伝えたあと、会議は解散となった。

 作戦決行日は明日だ。

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