第一章『猫と鼠と協力関係』その4

 ……え?

「いまなんて……?」

「ですから、あいさまも王生いくるみくんのことが好きなのです。お二人は両想いなのです」

 た、たくくんとひめさんが両想い……?

 そ、それってつまり、た、たくくんの恋はもう叶ってるってこと……?

「これ、使いますか?」

 さくらみやさんからハンカチを差し出される。

 どうして? と思ったけど、ふと自分の頬に触れてみると、濡れていた。

 涙が溢れて止まらなかった。

「ご、ごめんなさい……グスッ……ちょ、ちょっと、グスッ……驚きすぎちゃって……」

「嬉しかったのですね。私もあなたから王生いくるみくんがあいさまのことが好きと聞いた時、同じ気持ちでしたのでわかります」

「……ってことは、さくらみやさんも泣いて──」

「泣いてはいませんが」

「……あっ、は、はい」

 貸してもらったハンカチで涙を拭うと、僕は「洗って返すよ」って言ったんだけど、さくらみやさんが「別にいいです」と僕の手から取ってしまった。

「そ、そうだ! 二人が両想いってわかったんだから、すぐにでもたくくんに連絡しないと!」

 ズボンからスマホを取り出すと、たくくんに電話……はいま部活中で迷惑になるから、メッセージを送ろうとする。

くん、ダメです」

 ──が、急にスマホを操作している方の手をさくらみやさんにぎゅっと握られた。

「はぎゃっ!?」

 今までに出したことないような声(本日二回目)が出ちゃって、明後日の方向にスマホを放り投げちゃった。あぁ、僕のスマホが……。

「さ、さくらみやさん……? きゅ、急にどうしたの……?」

くんがあいさまの気持ちを王生いくるみくんに伝えようとしたからです」

「そ、それは……ふ、二人が両想いだから……」

「そうだとしても誰かの好意を他人が勝手に伝えてはいけません。違いますか?」

「うっ……そ、そうだよね。ご、ごめんなさい……」

 いま僕がやろうとしていたことは、ひめさんにもたくくんにもすごく失礼なことだ。

 冷静になればすぐにわかることなのに、たくくんの恋が叶っていたことがわかって少し舞い上がっちゃってたみたい……。

「そもそも私はたとえあいさまと王生いくるみくんが両想いだとしても、お二人の恋はあくまでもお二人自身で叶えてもらうべきと考えています」

「えっ……じゃ、じゃあ、その……僕たちはたくくんたちに何もしてあげられないってこと?」

 僕はたくくんのなんの役にも立てないの……?

 そ、そんなの嫌だよ……。

 ──しかし、さくらみやさんは首を横に振った。

「私たちはあいさまと王生いくるみくんが自分たちで恋を叶えられるように、陰でサポートをするのです。そして、そのための作戦会議です」

 さくらみやさんはどこからかじゃじゃーん!と小さな黒板を出してきた。

 縦30センチ、横40センチくらいの四角の中には、

あいさまと王生いくるみくんが普通に話せるようにする』

 と書かれていた。

「さ、さくらみやさん? そ、それは……?」

「私たちの最初の目標です」

「も、目標って……で、でも、僕たちはたくくんたちの恋に関わらない方が良いんじゃ……」

「当然、お二人の気持ちを直接伝えるような行為はいけません。……ですが、お二人の距離が縮まるように、こっそり手助けする分には問題ないと思います」

「……! そ、そっか! いまさくらみやさんが言ったことが、陰でサポートするってことなんだね!」

 僕の言葉に、さくらみやさんは「そういうことです」とクールな声音で返した。

「ですので、本日の作戦会議ではお互いに意見を出し合って、こちらの目標が達成できそうな作戦を考えましょう」

 さくらみやさんは黒板を指さしながら言う。

 それを合図に僕たちの初めての作戦会議が始まった。

 まずは十分ほど使って、お互いにどうやったら『ひめさんとたくくんが普通に話せる』ようになるのかを考えることにした。

「そういえばさくらみやさんは初めに作戦会議だからメイド服に着替えたって言ってたけど、あれってどういう……?」

「こちらの服の方が集中できるからです。作戦会議はあいさまのために全力で頑張らないといけませんので」

「そ、そっか……。普段はメイド服でお仕事しているんだもんね」

 もし僕がご主人さまだったら〝つむぐさま〟とか言われるのかなぁ。

 料理とか掃除とかもしてくれて……ま、まさかその他のお世話とかも……!?

くん、もしかしてエッチな妄想をしてしまいましたか?」

「えぇ!? そ、そんなこと……ないよ?」

 と否定しているのに、さくらみやさんはじーっと見つめてくる。

 まるで全部見透かしているみたいに。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ちょっとはしゃいじゃいましたぁ!」

 白状して、全身全霊で何度も謝った。

 これは嫌われ──いや、それどころか殺されちゃうかもしれない……。

「いえ、別に気にしていません。男性はみな常に発情しているケダモノだと母から教わっていますから」

「そ、それは極端だと思うよ!?」

 たしかに男の子はエッチな妄想とかはしちゃう時もあるけど、みんなケダモノは言いすぎだよぉ……。

 さくらみやさんのお母さんの教育って、大丈夫なのかなぁ。

「念のため、あいさまと王生いくるみくんの関係について伝えておきますが、現在のお二人は会えばほぼ必ず言い争いをしてしまいます」

「う、うん。そ、そうだね……」

 小さいものを含めれば、だいたい一日に十回以上は口喧嘩している。

 これじゃあ恋人になるのなんて、夢のまた夢だよ……。

「で、でも、どうして二人ってあんなに仲が悪くなっちゃったのかな? 元々は友達みたいに仲良く話していたと思うんだけど……」

「……くん、知らないのですね」

「……え? な、何が……?」

 訊き返すと、さくらみやさんはいつものようなフラットな声音で語ってくれた。

 なんでもたくくんとひめさんが、今みたいな関係になってしまったのはたくくんに原因があるらしい。


 一年生の頃のある日、たくくんが同級生の女の子から告白された時があった。

 ちなみに、彼にとってこれがこれまでの高校生活で唯一の告白だ。

 もちろんたくくんは断ったけど、その断った理由が問題だったみたい。

 その翌日、告白した女の子が学年の生徒たちに広めたんだ。

 王生いくるみくんには好きな人がいるらしいって。

 しかも、特徴は金髪のショートヘアーで、巨乳。

 なんでもたくくんは「好きな人がいる」と言って告白を断ったんだけど、女の子から好きな人の特徴を訊かれると、ひめさんへの気持ちがバレるのが嫌で、彼女とは全然違う特徴を答えてしまったらしい。

 以降、それを聞いたひめさんはたくくんにあまり近づかなくなって、これがきっかけで二人の関係はぎくしゃくしてしまい、紆余曲折を経て、今のような口喧嘩が絶えない間柄になってしまったみたい……。

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