一から剣術を極めた俺は最強の道を往く【改訂版】

朝凪 霙

第1章ー少年の革新

第1話.日常が『絶望』に変わる瞬間

 


「〝雲外蒼天うんがいそうてん〟」



 ――雲外に蒼天あり。


 努力して苦しみを乗り越えた先には、素晴らしい剣戟が作り上げられる。



 それは、コウがこの世界で初めて解き放った、だった――。



 * * *



 少年の名前はコウ。どこにでもあるような村で暮らす、青年未満の十三歳の少年だ。


 コウの住む世界は、剣術というものが世の中に浸透している世界で、「剣士」というものが存在している。


 そして、時神ときかみ村という田舎に住むコウにも、剣というものと関わり合いがあった。



 コウの村には、剣術を学ぶことがが出来る道場が一つある。

 どうやら昔、一人の剣士がこの村に住んで剣術を広めていったのが関係するらしい。


 コウも、この道場に週三日通っていて、家の手伝いをこなしながらも、空いた時間を使って何度も何年も通い続けていた。


 道場に行っては剣を振るい、そこにいる指導者から技を学び、身につけていく。

 もはや剣という存在は、コウにとって無くてはならないものとなっている。


 ――しかし、そんなコウにつけられていた称号は、『落ちこぼれ』というものだった。



 そう、コウには剣の才能が無かったようだ。どんなに道場へ通っても、どんなに剣を振り続けても、コウが報われることは一度も無い。


 例えるならば、コウは『亀』で周囲の人間は『鳥』。

 どんなにコウが頑張ろうと、コウの「千歩」はみんなの「一飛び」にも敵わなかった。


 コウが周囲との差を埋める為には、圧倒的にが足りない。



 諦めればいい、確かにそう考えた時は何度もあった。だけどコウは、まだ諦めないでいる。

 落ちこぼれと言われても、現実を見ることができないと言われてもいい。


 コウにはただ、手放す勇気が無いだけなのだから――。



 *



「お、今日も来たぜ。のコウが!」


「本当だ。今日も来てるよ!いい加減現実を見ろって!」



「――っ」


 今日コウは、道場に来ていた。

 コウが一礼をしてから道場に入っていくと、コウが横を通るときを狙って、すぐ近くから話し声が聞こえる。


 いつもそうやってコソコソと話している人物――ユウキとハルトは、ニヤニヤしながらコウの陰口を言っていた。


 陰口とは言えど、本来ならば聞こえてこない声量なのだが、ユウキとハルトの目の前を通り過ぎるコウには聞こえている。


 ……昔は、仲が良かったのに……。


 かつて親しかった友人関係も、コウが「落ちこぼれ」というレッテルを貼られることにより、簡単に剥がれ落ちてしまっていた。


 ……だけど、俺は――。



「やぁ、来たんだね、コウくん」


「はい。今日も宜しくお願いします」


 苦笑いを浮かべ、絶妙な雰囲気を纏わせながら、道場の指導者であるレイト先生は語りかけてきた。


 茶色がかった髪に、翠色すいしょくの瞳、少し長めの髪は後ろでまとめられている。今は胴着と袴の姿で、その姿は様になっていた。


 レイト先生の少したどたどしい様子は、どこか遠回しに「また来たのかよ」と悪態をついているのと同義に思える。

 だからコウは、いつも通りに返事を返すのだった。


 *


 周りより成長が遅くて弱いコウだが、此処ここへ来るのには理由がある。


 その理由の一つ目は、見取り稽古。


 コウの相手をしてくれる人はほぼ皆無だが、此処に来ればいくらでも他人の稽古を見ることが出来る。


 三人称の視点で見るからこそ、分かることや感じるものがあるため、これだけでも充分に有意義な時間だ。



  二つ目は、基礎の確認。


 時と場合によって、道場にいる先生の数は限られるが、先生が空いている時を狙って、コウはあることをお願いしていた。


 剣を抜き、上段から斬りかかったり、角度をつけて剣を振ったり、剣先での突きをしたりする。

 このような一連の動作などを先生に見てもらい、癖がついてないかを確かめてもらうのだ。


 時間がかかる分、癖は完全に無くしたい。いくら鍛錬しようとも、根本的な基礎が出来ていなければまるで意味がないのだ。

 初めて剣を握ったときにこの事を聞いたコウは、今でも心がけている。



 三つ目は、木剣を用いた稽古。


 万が一にも殺すことが無いように、木剣を使って稽古――実戦練習を行う。

 さっきも言った通り、コウは落ちこぼれで、相手をしてくれる人などごく僅かだ。


 例えば、後輩とかとか――コウと実力が近い相手、もしくはコウに勝って優越感を味わいたい相手となら、稽古が出来る。



 今日、コウはユウキと稽古をする約束をしていた。数日前にユウキから小馬鹿にされ、コウは何とか見返してやりたいと思い、稽古を頼んだのだ。


 しかし、たった数日でコウの実力が変わることもなく、きっと今日コウは負けるのだろう。


 コウ自身も負け癖はあまりつけたくはないのだが、こればかりは仕方がない。たとえ負けると分かっていても、抗いたいと思ってしまったんだ。



 *



「コウ!そろそろやろうぜ、稽古を」


「――うん」


「まっ、どうせ俺には勝てないと思うけどな」


 今日も、稽古を始める前からこんな様子だ。どうしてもコウはユウキに抗えなくて、会話の主導権を握られる。一度だって、かないはしないのだ。


 だが、コウは一つ疑念に思う。

 言動だけ聞くと、ユウキが上から目線で話しかけているようにしか思えない。

 しかし、言葉の裏にはいつも、思いやる気持ちが混ざっているのではないかと、コウは思っている。


 諦めろと散々吐いてくるユウキたちだが、もしかしたらコウを気にかけているから、そんなことを言うのかもしれない。


「現実を見ろ」というのも一つのメッセージかもしれないし、「勝てないと思う」と必ずしも言い切らないところなど……、


 まぁ、考えすぎか。


 とにかく、昔は仲が良かったコウは知っている。ユウキもハルトも、良い奴なんだということを――コウは知っている。



「よし、じゃあ剣を構えたら始めな」


「うん。もういいよ――」


 ユウキに促されて、木剣を構えたコウは、正面にいる相手を見つめた。


 コウは左足を前に出し、剣を頭上に掲げる。コウが選んだ構えは左上段だった。


 *


 コウとユウキの稽古は、いつも一瞬で終わる。互いに必殺の一撃を繰り出し、正面から衝突した際に、決着がつくのだ。


 コウに対するユウキの構えは、剣先をコウの手首に傾けた中段の構え。

 互いに構え終わった今、コウたちを静寂が包み込み、独特な緊張感が生まれていた。



「――それでは、始め‼︎」


 ハルトの掛け声により、一瞬の勝負が始まる。

 床を蹴り、互いに距離を詰めたコウたちは、間合いに入った瞬間に技を繰り出した。


 上から振り下ろされるコウの木剣と、下から振り上げられるユウキの木剣。

 木剣同士がぶつかり合い、甲高い音を鳴り響かせると同時に、勝負の決着がついた。


 ユウキによって、コウの木剣は擦り上げられ、隙を見せることとなったコウには、ユウキの木剣が差し向けられている。


、俺の勝ちだな」


 ユウキは、吐き捨てるように言葉を残した。「興ざめだ」とでも言いたそうな顔で、その場を離れていく。


 ――結果、今日もコウは勝てなかった。



 *



「フッ! ハッ! ヤッ!」


 昼ごはんを食べたコウは、皿洗いをしてから、剣を振ることに集中していた。

 一振り一振り、腰や腕などの身体からだ全体を使いながら振っていく。頭の中では、実戦のイメージされていた。



「ふぅ――っ」


 一度、剣を動かす手を止め、コウは近くにあったタオルで汗を拭う。そして、ほっと一息をつきながら身体を休める。

 すると、


「おつかい頼まれてくれないー?」


「――分かった!」


 コウの母から声がかかり、コウはおつかいを頼まれることとなった。

 野菜を色々買ってきて欲しいようなので、少し歩いた先にある市場まで行くことにする。



 剣などの武器を持つことは禁止されていないため、腰に剣を装備させた状態で、市場まで買い物しに行くことに決めた。

 おそらく、コウが帰ってくるときには日がかなり沈んでいるだろう。


「行ってきます!」


 コウは家族に向けて声高らかに言ってから、市場にへと向かった。



 * * *



「少し遅くなったか……」


 コウが帰り道を歩き始めてから少し経つ頃には、夕日が地平線にかかっていた。買い物袋を提げるコウは、急ぎ足で歩く。


 ……暗くなる前には家に着いていたいな。


 ――ドクン――


「――っ‼︎」


 心の中で呟いている最中に、コウは何かを感じ取る。

 あまりにも突然の感覚に、思わず買い物袋を落としてしまい、コウはその買い物袋をもう一度掴み直そうとする。


 だが――、


 ――ドクン――


「――は……っ‼︎」


 今度こそ何かがおかしかった。

 まるで何かが、コウに訴えかけているかのような、不思議で辛い感覚。

 訴えかけてくる何かは、「家が危ない」ということを確かに訴えかけていた。


「今すぐ行け」と催促してくるかのように、その何かは胸の鼓動をはやらせる。

 コウは、袋を掴みかけた手を固く握り締め、買い物袋を置き去りにしながら走り出した。


 このどうしようもない焦りの気持ちを胸に抱えたまま、コウは急いで村に向かう。


 ――だが、運命には絶望が付き物だ。


 他でもないこのコウが、このことをよく知っている筈だった。



 *



 ――『地獄』


 まさに、この状況を表すのにはふさわしい言葉だった。それは、ただただ絶望と恐怖を感じさせる光景。


 コウが時神村に着いたときに見た光景は最悪だった。村中の家がボロボロに壊されていて、村のあちこちで損傷が見られる。


 そして――、


 辺りには、人のものだと思われる血痕が沢山あった。



「……嘘、だろ……」


 コウは、うめくように呟きながら、呆然として歩き始める。

 コウでも気づかないくらいに、コウの手や指は震えていた。


 *


 ――コウの村は、たった一体の魔物によって蹂躙されていた。

 コウは、その魔物の姿を見ながら驚愕する。遠くから見ているだけだが、震えが止まる気配はなかった。



 体長はコウを遥かに上回っていて、露出している身体はとても引き締まっている。筋肉が多く、腕や足などの全てが大きい。

 まるで黒い牛のような見た目をした魔物の鼻息は荒く、獰猛どうもうな視線を光らせていた。


 肩には大きな太刀が担がれていて、下劣で外道で不愉快な笑みを浮かべながら、村中を許可なく歩き回る。二足歩行をしていた。


 そして、その巨大な体には、赤い返り血がたくさん付着している。



「――ぁ」


 瞬間、コウの胸の内で恐怖を通り越した感情が湧き上がった。


 怒りでもあり、絶望でもあり、悲しみでもあり、悔しさでもある。

 胸で湧き上がり続ける激情は、その流れを止めない。それらは一つの感情にまとまらず、複雑に絡み合った。


「みん、な……」


 ……ユウキもハルトも、父さんと母さんも、村のみんなも、どうなってしまったんだ⁉︎

 ……もしかして、もしかして――、


「嫌、だぁ……」



 コウの平凡な日常が、『絶望』に変わった瞬間ときだった――。

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