そこに光はあるのだろうか

綺音

始まりの朝

 起床用にかけたアラームが鳴り響く。

現在、朝6時45分。出勤時刻は決まっていて、8時30分までにタイムカードを押さなくてはならない。

自宅を出るのはいつも7時40分。バスが来るのはだいたい7時53分。7時50分が定刻なのだが、市営バスは毎日2、3分ほど遅れてやってくる。ここの地域はファミリー世帯が多く住んでいるので、通勤と通学の時間が被るのだ。

 僕は毎朝バスで通勤している。バス停は自宅から徒歩7分ほどの場所にあるので、一見して早起きをする理由はないように見えるが、僕は起床してすぐ携帯を見なければ落ち着かない性格であり、携帯を見ているとあっという間に時間が過ぎるので、貴重な睡眠時間を削ってでも頑張って早起きをし、今日もせっせと携帯を触る。

 チャットアプリの通知は3件。2人から連絡が来ているがそれは、チャットアプリでお友達追加をすれば5%割引だとか、10%オフクーポンが貰えるだとかを店員に言われ、慌ててレジの会計前でお友達追加をした衣料品店とドラッグストアから。

衣料品店からは、今日から店内商品一部割引というお知らせと、ご来店心よりお待ちしていますのオリジナルスタンプ。

ドラッグストアからは、本日限定!ポイント2倍!というお知らせの計3件。

 友達からの連絡は、ない。


 写真や動画を投稿し、見ている人からいいねやコメントを貰えるアプリに投稿をしているのは、ほとんどいつも決まったメンバーだ。

地元が同じ良太はかなりのグルメで、彼は近隣の市町村も含め、和洋中の美味しい店をよく知っている。昨日は住宅街にある隠れ家レストランで、ショートヘアーで華奢な体型の美人な彼女と食事をしたことを報告している。

5枚にも渡る写真の数々は、どれも携帯のカメラで撮影したとは思えないほどのクオリティで、生ハムのサラダや明太子のパスタなど、まるでお店のホームページに採用できそうなほど鮮やかで映える、写真であった。

 良太が投稿した美味しそうなイタリアンの写真を見ながら、僕は昨夜スーパーで2割引だったいちごジャムパンを頬張る。

朝食など、腹を満たすことさえできればなんだっていいのだ。

 高校3年間同じクラスだっただけで関係は浅く、ただSNS上のみで繋がっている晴香は、昨夜友達とカラオケに行ったと10枚も写真を使い報告している。

そして10枚の写真すべてが、友達は半目になっているものやブレているもの、アングル的に太って見えるものばかりであった。

反対に晴香自身はどの写真も同一のポーズばかりで、どれも目を丸くさせ顎を引き、体を少し斜めにしたり、首を少し傾げたりと、とても可愛く写っているものばかりであった。

 【昨日、里菜ちゃんとカラオケではしゃぎ過ぎた〜!里菜ちゃんは可愛くて痩せてて目の保養♡そんでもって話も気も合う♩最高の友達!里菜ちゃんまた遊ぼうね♡】

…しょうもない。何が〈友達〉だ。

里菜ちゃんを褒めているようで、実際はこうして世界中の誰もが閲覧できる形で蹴落としているではないか。

それの何が、どこが、〈友達〉なのか。

……まあ、しょうもないと言いながら、こんな自分だけが可愛いことを知らしめたいだけの投稿にもスルーせず、律儀に〈いいね!〉をしている自分も充分、しょうもない、か。。

 24時間で消える投稿には、小学生の頃、野球のクラブチームが僕と同じであった達也と潤平が、居酒屋でジョッキをカチンと鳴らせ合っている乾杯の様子を撮った動画と、僕が今応援している女優が、明日夜19時からのバラエティ番組を見てね〜♡と可愛く宣伝している15秒ほどの動画のみだった。

僕のフォロワー人数は13人しかいない。

フォローしている人は21人いるが、それは友人や知人よりも、新作を楽しみにしているゲーム会社のアカウントや、行きつけの飲食店数軒のアカウント、その時放送中のドラマ制作陣が撮影の裏側を投稿しているアカウントや、ドラマだけでなくバラエティにも引っ張りだこで特に20代の若者から支持を集めるお気に入りの女優をフォローしているから。


 7年前大学一年生のとき、周りが皆やっているからと自分も始めた、写真や動画を投稿し反応を貰うアプリ。

連絡先をアプリと同期させたことで、様々な友人が友達かも?という表示として現れ、過去の再会に懐かしくなった僕は沢山の友人をフォローした。

最初はアプリ上のメッセージ機能を使い、中学校以降どうしているかも知らなかった旧友と過去のつまらない話にも花を咲かせ、僕の技術のカケラもない下手くそな写真の投稿や、友人とたこ焼きパーティーをしただけの様子の投稿にも、たくさんのいいねやコメントが付いた。

しかし投稿を重ねていくうちに、前回はいいねがあったのに今回はなかったことや、自分が呼ばれていない同窓会が行われたことを知ってしまったことや、友人の豪華なディナーやブランド品の数々、綺麗な景色などの華々しい写真と自分の実生活の華のなさを比べ、自分はなんて地味な生活をしているのだろうと落ち込んでしまうことが増えた。

自分には豪華なディナーを食べに行く相手も、ブランド品を贈る相手もくれる相手も、旅行へ行き美しい景色を一緒に見る相手もいないことをなんだか恨めしく感じ、一切の投稿をやめてしまった。

 非日常の見せ合い。自慢合戦。いいね稼ぎ。

取り繕った人間の姿など、見ているだけで嫌気が差す。

だが…SNSをやめることは決してなかった。

周りにいる多くの人間が参加し、それが話題となっていることに自分だけ参加せずにいる勇気などなかった。

周りと足並みを揃えなければ孤立するのではないかという不安が大きかった。

もう二度と、一人になんてなりたくなかった。

もう二度と……。

 ー起床後、ルーティン化し点けていた朝の情報番組がお天気コーナーに移った。

お天気コーナーが始まることは、僕が自宅を出発する時間になったことを意味する。

「また今日も1日頑張るかぁ…」情けなく部屋にこだました声がやけに虚しく感じた。

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