事件は、駅前で起きる 2

「だ、大丈夫?」


「あ、は……」


 離れた所に立つ、女の子たち。こわごわとした様子で、一人が訊く。見返した透は、返事をしようとした。奇妙な感覚が黙らせる。


 視界は変わらないままだった。右に体が傾く、感覚がある。踏み留まる、感覚もあった。顔を右に向けた、透はあっけにとられる。


 体を大きくのけ反らして、両手を大きく振り回す人がいた。全裸の。努力もむなしく、転がった。


 ケガの程度を確かめようとして、自分が裸と知った。衝撃を受けた顔。視線を感じて、見上げてくる。


 目が合う。パカッ、と、口が開いた。脳裏をよぎる。誰もが知る、単語。死ぬのか、自分たちは。


 顔立ちが双子みたいに、そっくり。透は違いを見つける。豊かな量の黒髪の中に、突起が二つ。マンガで獣とのミックスの人間を描くとき、獣耳を描く位置にある。三角錐。紺色で堅そうな……つの。


「キャア」


 悲鳴を聞いて、我に返る。揃って、真っ赤になった。透は白いシャツを脱いで、もう一人の自分に投げた。


「着ろ!」


 ほどなく、届く。見物する形になった人たちの中。一人が近くの店に走り、上下の下着を買ってきてくれた。受け取って、手早く着る。


「おおきに。……ありがとう」


 もう一人の自分は、近くに落ちている鞄を拾う。財布を取り出して、支払う。領収書を受け取った。


 素材のズボンをくれた人がいた。古着だからと、差し出した金を受け取るのを拒否する。


「さむっ!」


 視界に入る青空。いつの間にか、雲が退いていた。吹き付ける風。透は身震いする。日が辺りを照らすのに。ぐっと、気温が下がった。


「きみも着るといい」


 投げられた、白いフード付きパーカー。透は受け取る。飛んできた方を向く。二つか三つ、歳が上の青年が立っていた。着ているのは、背広。探るようなまなざしを向けてきた。


「ありがとうございます。いくらですか? 支払います」


「引き受けてくれた、お礼の品だ」


 感謝した透は、支払う意思があると示す。意味深長なことを、青年は言う。訊き返そうとする言葉を遮る。向けられた背中。ざわめく、肌。警報を鳴らす、本能。


 冷たい風とは違う。異質な雰囲気。再び、何事か起こる。思った透は、パーカーを着る。


 もう一人の自分を、透は見る。同じ感覚と判った。周りで上がる、怯えた声。立ち去る人たち。撮影を試みる人たち。近づいてくる、気配。


「大きな力の働きに来てみれば。思わぬ者を見つけた。シュウオウキ、ここにいたか」


 壁の向こうから聞こえる、くぐもった声。冷たい手で、背中を撫でられたような。


 開閉するドアから聞こえる店内の声は、日常的な明るさを感じられる。


 壁自体から聞こえてきたとの発想に達した時。頭の片隅で立つ、鎖が動かされる音。


 透は総毛立つ。不安が芽生える。事件に巻き込まれる、嫌な予感がした。逃れられない、運命の。

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