第肆章 世界の境界
「や、やっと着いた……」
「こんな苦労をしてまで危険を冒すなんて冒険者の気が知れない」
「冒険…読んで字の如しとは云ったものだけど、ホントそれ」
とある山中にて異端審問会のメンバーである神殿騎士達がへばっている。
情けないなァ。ダンジョンの入口付近に辿り着くだけでこんな
今度から高所による低酸素トレーニングも導入しようかな。
『是非そうするべきだね。ガイラント帝国の兵士も弱兵とは云われているけど、数十キロにも及ぶ装備を背負ったまま雪中行軍が出来るだけの体力はあるよ』
呆れた様子でゲヒルンさんが同調してくれる。
云っておくけどクーア先生とゲヒルンさんも食糧を始めとする重装備を持ってくれている。だけど、お二人とも闇属性の高位魔法で亜空間に持ち物を収納する『セラー』を修得しているので涼しい顔をしているもんだよ。
もっと云えば騎士達の分の食糧やテントなどのサバイバル用品、甲冑などの重い荷物も預かって貰っているんだ。騎士達の何を情けないと思ったのかって、彼らが今、装備している物が動きやすい軽鎧に各々が得意としている武器、後は簡易治療キットくらいだからなんだよ。
あ、高位魔法と云うのはね。ちょっと長くなるんだけど良いかな。
魔法遣いを志す者は、まず師匠となる魔法遣いの元につくと早速自我の薄い最下位精霊と契約を交わす事になるんだ。
師匠の家に住み込み、雑用をこなしつつ知識を与えられ、
そして初歩的な試験に合格すると下位精霊との契約を許され、その段階になって漸く『プロミネンススフィア』に代表される初歩の魔法を遣えるようになるんだ。
では最下位精霊との契約には意味が無いのかと問われればそうではない。
精霊と契約すれば魔法を遣わなくても常時最低限の魔力を捧げなければならぬ事実を知り、また魔力の消耗を体に覚えさせる前段階という重要な役割があるんだよ。
で、初歩の魔法をマスターしたと師匠が判断すれば中位精霊との契約が許されて、よりグレードが上の魔法を遣えるようになる。それで初めて魔法遣いと名乗る事を許されるようになるんだね。
その後、努力が実を結び、独立を許されると、自分が得意とする属性の上位精霊への紹介状を与えられて師の元から旅立つんだ。
その後、上位精霊との契約を許されれば晴れて一人前の魔法遣いの仲間入りを果たせるのだけど、上位精霊ともなれば気位が高くて半端な実力者が相手では契約そのものを拒む事もある。
だから上位精霊との契約がしたければ試練を受けて、実力のみならず知恵と勇気も備えていると示す必要があり、それをクリアした者が一人前扱いされるのも当然の事なんだよね。
けど確かに一人前とは云ったけど、当然ながらそこが終着点ではないんだ。
更に高位精霊、最高位精霊と続き、最終的にプネブマ教が神と崇める大精霊となっていくんだよ。
多くの魔法遣いが上位精霊と契約できた時点で満足してしまうものだけど、更に精進を重ねて高位精霊と契約を結ぶ事に成功すると魔法遣いの世界では雲の上の存在とされ、最高位精霊との契約を成功させた者は『賢者』と呼ばれるようになって精霊同様に崇拝されるようになるんだ。
さっきは上位精霊と契約出来た時点で満足してしまう魔法遣いが大半だと云ったけど、彼らの名誉の為に云わせて貰うと、仮に高位精霊と契約が出来たとしても並の魔力しか持ち合わせていない者ではそれだけで日常生活もままならない程の魔力を持っていかれてしまうんだ。況してや魔法の行使など以ての外だよ。
何事にも分相応というものがあるという事だね。
余談だけど大精霊は木、火、土、金、水、光、闇の一柱ずつしか存在せず、彼らとの契約を許された者は『大賢者』と呼ばれ、通称『七大賢者会議』が万物に宿る精霊を崇拝するプネブマ教の意思決定を司っているんだ。
つまりクーア先生もゲヒルンさんも高位精霊と契約しているまさに雲の上の存在と云っても良いんだ。
しかもクーア先生に至っては最高位精霊とも契約した『賢者』の一員だし、一番得意としている風属性は精霊ではなく、星神教において『風』と『運気』を司る『龍』の神々筆頭のエメラルス様と契約していると真しやかに囁かれている。
「さて、今日はこの河原をキャンプ地としようか。ここなら『世界の境界』の入口から程近いし、安全だからね。ただし単独行動は禁物だよ。体を洗うのも用足しも全員でだ。一人になって魔物に襲われたとしても自業自得だからね」
「その点は心配無用です。若い女子もいますが、野営訓練により男女入り交じっての入浴も経験済みであります。男子も性欲を発散する方法を心得ております」
「いや、一人になるのが危険だと云ってるだけだし、セックスくらい好きにしなよ」
事も無げに云うクーア先生に若い騎士達は唖然としている。
そこは人間と魔女との貞操観念の違いでしかないので聞き流せば良いんだよ。
「まずはニ班に別れろ。一班はテントを設営、ニ班は夕食の準備だ。明日はいよいよ『世界の境界』に挑む。鋭気を養う為にも生肉と生野菜は全て使い切れ。ダンジョンに突入すれば保存食しか食べられなくなる。精々豪勢に作るのだな」
私の指示に騎士達から元気の良い声が返ってくる。
あれだけへばっていたのに休めるとなると元気になるのだから不思議なものだね。
『調理組、良い物をやろう。帝国でも貴重な黒胡椒だ』
ゲヒルンさんが提供してくれた胡椒に益々元気に歓声を上げる騎士達に呆れたものか、気持ち次第でこうも肉体に影響を与えるものなのかと感心したものか。
さて、我々が今どこにいるのかと云うと、さっきも云ったように冒険者ギルドが把握しているダンジョンの中でも超々高難易度に指定されている『世界の境界』の入口付近にある河原なんだ。
先程はへばっている騎士達を情けないと云ったけど、まずここまで来るまでが過酷で、旅慣れた冒険者ですら途中で挫折したり、時には命を落としたりもしている難所でもある。
最寄りの街から冒険者の足でも三日はかかる道程を行くと悪魔崇拝者が聖域としている山に到着する。この山がまた険しいんだ。立っているだけでもツラい急勾配に加えて密集した木々や剥き出しの岩が天然の迷路を作り出している。
渓谷もあって登ったり降りたりの繰り返しが挑戦者達の体力を消耗させる上に襲って来るのは魔界に棲息している強大な魔物ときているんだ。
今回は魔界の眷属であるクーア先生が比較的楽な悪魔崇拝者用の登山道を案内してくれたから騎士達の中から犠牲者は出ていないけど、それでも旅慣れぬ彼らには過酷であっただろうね。
ちなみに麓には悪魔崇拝者達が生活を営む街があるのだけど、星神教の戒律によって立ち入る事が禁じられている。悪魔崇拝者と云っても信仰対象が魔王というだけで住人は割りと善良な人が多く、ある理由によって裕福な暮らしをしているからか、宿屋も綺麗で食事も美味しい上に宿泊料も安いので利用したいんだけどね。
プネブマ教や地母神を崇める慈母豊穣会の信者が羨ましいよ。
そして、やっとの思いで八合目まで来ると龍の口を思わせる巨大な穴が我々を出迎える。これが地上と魔界を結ぶ扉が唯一存在するダンジョン『世界の境界』の入口なんだよ。
だけど、いきなり突入するのは愚の骨頂と云うものだ。
登山で疲れきった体でダンジョンに入るなんて命を捨てに行くようなものさ。
ましてや入口には屈強な
だから挑戦者達は焦らずに近くの河原でキャンプをして鋭気を養うのが定石となっているんだね。急勾配の山の中でここだけが平らでテントを張りやすく、対策さえきちんとしておけば魔物も襲ってこない安全地帯なんだ。
みんなも機会があって『世界の境界』に挑戦する事があったら無理をしないで河原でキャンプをするんだよ? ルクスお姉さんと約束してね?
「じゃあ、夜も更けたしそろそろ寝ようか。明日に響くから、するんなら
「「「「「しません!!」」」」」
クーア先生の忠告に騎士達は顔を真っ赤にして突っ込んでいた。
どうするの、これ…若い子ばかりだし、悶々として寝られないんじゃないかな。
クーア先生の方を見るとゲヒルさんを伴って既にテントに入っていくところだった。何故かお二人ともそわそわしている気がしたのは見間違いかな?
翌朝、案の定、目の下に隈を作った騎士達が黙々と撤収作業をしていた。
対照的にクーア先生とゲヒルンさんの肌は艶々としており、愉しげに談笑しながら朝食の準備をしていたんだけどね。
「久々に逢った男と男、テントの中で二人きり…何も起きないはずもなく…」
『兄貴、魔女の気質が戻ってきてると聞いていたけど、それ下ネタどころじゃないから。ほら、腐ってそうな女の子が目をキラキラさせちゃってるじゃないか。誤解しないでね。各々がしている研究の成果を報告し合っていただけだから』
そこの腐女子騎士、あからさまにガッカリするんじゃないよ。
戒律、戒律と五月蠅い星神教だけど、性に関して云えば強姦以外はタブーが無いんだよね、意外と。だから同性愛も許されているし、近親婚も珍しくない。
ちなみにクーア先生もゲヒルンさんも実はバイセクシャルだったりする。
魔女の子供は親の情事を覗いたり、兄弟姉妹で遊びながら性を学ぶのが嗜みだって聞かされている。お二人も実際に体を重ねた事もあるとか。それでいてファーストキスは大事に取っておいて好きな人が出来たらその人に捧げると云うのだから不思議な教義ではあると思うよ。
さて、撤収作業も終わった我々はいよいよ『世界の境界』に挑む事になる。
全員が騎士甲冑に身を包み、得意武器の他に剣も腰に差している。
まずは第一関門である二体のミノタウロスとの戦いだ。
一人ならとても敵う相手ではないけど、巧く連携が取れれば容易く負ける相手では無いはずだ…と思う…多分…メイビー…
ミノタウロス戦では私は出ない。クーア先生やゲヒルンさんも同じくね。
騎士達の成長振りを見たいというのもあるけど、番人を斃せないようじゃ中で生き残ることはとてもじゃないけど不可能だろう。
だから私達は心を鬼にしてミノタウロスを試金石としてぶつける事にしたんだ。
やがて二体のミノタウロスが守護するダンジョンの入口が見えてくる。
背後で騎士達が緊張しているのが伝わってくる。恐怖もしているだろう。
だけど私は敢えて声を掛けない。作戦も彼らだけで考えさせて私達は一切の口出しをしていないよ。本当に危なくなったら助けるつもりだけどね。
さあ、難攻不落の超々高難易度ダンジョン攻略の開始だ。
ミノタウロス達も私達に気付いている様子だね。
彼らは恐ろしい速さで我々の前に駆け寄ってくる。
そしてこう云ったんだ。
『何用だ?! ここを魔界最強の将軍、ミーケ様が守護するダンジョン『世界の境界』と知っての事か?!』
「そうだ! 我らはミーケ将軍と話があって参上した! 妨げると云うのなら相手になるぞ!!」
騎士達の中でもリーダーを務めている青年が口上を述べる。
するとミノタウロス達は何故か困惑げに顔を見合わせているじゃないか。
何事かと訝しんでいると、ミノタウロスは何の思惑があってか、武器を地面に置いて騎士に声をかける。
『お前達の目的は魔界へと通ずる扉ではないのか?』
「違う! 我らの目的はミーケ将軍との対話だ!!」
『このダンジョンに眠る財宝は?』
「我らは騎士だ! 財宝に興味はない! 何度も云うが目的はミーケ将軍だ!!」
ミノタウロスは再び顔を見合わせると、暫し待てと云って一頭がダンジョンの入口に戻る。その脇の岩肌を撫でると切れ目が入ってスライドし何かの機械らしきものが現れ、そこに向かって話し掛けた。
暫くしてこちらに戻ってくると、益々困惑げに語り始める。
『実はミーケ将軍は不在なのだ』
「いないの? あ、僕は魔界軍第一魔導兵団長のクーア、階級は大佐だよ。『魔女の王』と云えば通りは良いかな?」
『おお、そのご尊顔はまさしくクーア様! ミーケ将軍からは“訪ねてくる事があらば我が弟と思って扱うように”と承っております』
そう、クーア先生は魔界に行けば一軍を預かる将として扱われているんだよね。
ちなみにクーア先生の軍は誰もいない空白の軍団で、大佐というのも魔王がいつでも魔界に帰ってこられるように用意したポジションであるらしいんだ。
魔界を裏切って勇者であるユウお姉さんと冒険をして最後は魔王を魔界へと押し返したクーア先生だけど、魔界では裏切り者扱いどころか、むしろ魔女狩りの元凶である当代の聖帝陛下を斃した英雄の一人として扱われているんだって。
これは魔王が魔女狩りに遭っている魔女達を救えなかった負い目もあるみたい。
「そうなんだ。ところで将軍が不在ってどういう事?」
『実は将軍の姪御様のご亭主のご両親が事故に遭われたとかで、それがかなり特殊な家業という話でして…ミーケ様はその御手伝いに向かわれたのです』
それを聞いたクーア先生は右手で目を押さえながら天を仰ぐ。
「何をしてるのさ。『世界の境界』の管理と魔界への『扉』の守護を任された将軍が親戚のお手伝いを優先してどうするんだよ」
『それでミーケ将軍に連絡を取ったところ“帰って貰え”とのお言葉でしたが、如何なさいますか? クーア大佐がお見えになった事をご報告しましょうか?』
「如何も何も本人がいないんじゃ…いや、待てよ」
クーア先生が騎士達に顔を向ける。
うわぁ…
騎士達もクーア先生の無邪気なようで空恐ろしい笑顔に凍りついていた。
「僕達を管理室に案内してよ。で、この
『それは良いね。善く鍛えられてはいるみたいだけど実戦は経験無いみたいだし、これは善い修行になると思うよ。“実践は理論に勝る”だ。頑張ってね』
「そうだな。訓練生の中でも選りすぐりの者達を集めたが、何故異端審問会のメンバーに選ばれたのか分かっておらぬ。中にはエリート気取りの勘違いした者までいる始末だ。この機会に自分達が如何に未熟であるか思い知るのも善いだろう。行け」
「「「「「嘘~~~~~~~~~~~~~~っ?!」」」」」
お二人に同調して若い騎士達に『世界の境界』攻略を命じると返って来たのは歓喜の雄叫びだった。中には武者震いをしている子もいるね。
お貴族出身だか何だか知らないけど、選民気取りで弱者や魔女、混血児を差別する困ったちゃんを矯正するには善い機会を得たものだと思う。
本来の目的であるミーケ将軍が戻る予定の三日間、是非とも自身を鍛え直して欲しいものだよ、切実にね。
諸君の健闘を祈る。
「「「「「そんな~~~~~~~~~~~~っ!!」」」」」
異端審問会・問題児・総勢十名による矯正ツアーの始まり、始まりってね。
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