第16話 京都に着いた件について

「いや~、疲れたねー」

「エミリー、この後どうする?」

「未定~」


 駅の邪魔じゃまにならないはしの方によって、辰弥たつやがエミリーに聞いた。ちなみに俺は右腕にくっついてくる妃菜ひなと、その妃菜を俺から引き離そうとしているアユを横目に、少し浮き足立っている鈴花すずかと話していた。


亮祐りょうすけ君、京都って来たことある?」

「昔、父さんの仕事関係で来たくらいかな」

「えー、亮祐君のお父さんって京都の方でも仕事してたの?」

「まぁ、『和食を学ぶなら京都だ!』みたいなことを言ってたまに来てたからな。それについてただけだ」


 来ていたと言っても本当に何日か京都にいて遊んでいたくらいだ。そのときに仲良くなった人も数人いるが、そいつらは俺が父さんの息子ということは知らなかったと思う。俺が教えるわけないしな。


 あっ、でも一人、父さんの知り合いの人? みたいな人の娘さんと仲良くなった気がするな。どんな子だったか忘れてしまった。年上か、年下か、はたまた同い年かも忘れてしまった。そんなことを気にしてももう会うことはないだろうしな。


「離れなさい!」

「先輩と私の中を引き裂こうなんて! なんの権利があってそんなことをしているんですか!」

「お前はなんの権利があって俺にひっついてるんだ?」

「先輩の妻です!」

「そんな記憶はない。って、いいから離れろ」


 さっきから周りの目が痛い。それもそうか。俺を抜いてここに集まっている五人は普通に言って美男美女ぞろいだからな。その中にいるいかにも普通そうなやつに一際ひときわ目立つやつがくっついてるんだもんな。そりゃぁ、注目するわ。


「亮祐、こんなところまで来ていちゃつくなよ」

「たっちゃん、こんなところだから、でしょ」

「俺は露出狂かなにかか?」

「えっ、先輩そういうのが好みだったんですか? それならそうと言ってくださいよ」


 と言って妃菜は自分の服を抜き出した。周りから「おぉ」という頭のおかしい声が聞こえたが、こいつらの期待通りにさせたら妃菜が世間的に危ないことになる。


 服を持っている妃菜の腕をつかむ。

「やめろ。こんなところで暴走するな」

「あっ、そうですよね。私の裸は先輩だけのものですもんね」


 おい、だからこんなところで爆弾を落とすな。爆弾を落とすならせめて人の少ない場所にしてくれ。じゃないと今みたいに、今までとは違う視線の痛みを感じてしまう。


 うらやましいのか? なら立場を交代していいぞ。俺はいつでもいいぞ。この前だってうっかり風呂場の鍵をかけ忘れて押しかけられたんだからな。もしもアユがいなかったら俺は食われていた。(俺が食うのではない。そこは勘違いするな)


辰弥たつや、とりあえず荷物をどうにかしないか? コインロッカーかホテルに預けるか」

「ホテル! 先輩、ホテル行きましょ!」

「お前の考えているホテルと、俺の考えているホテルは全く違う」

「えー、じゃあ、先輩のホテルに行ってから、私のホテルに行きますか?」


 もしも俺の思っているホテルに行ったときには、荷物と同時にお前も預ける。これは決定事項だ。しかも旅行中にホテル(あっちの)に行くやついるのか? いや、別に行きたいわけではない。断じて違う。


「そうだな、とりあえず荷物を預けるか」

「賛成ー!」

「私もいいと思う」

「行きながら、これからどうするか考えますか?」

「おっ、アユミンもかしこくなったねー」

「人の義妹いもうとを馬鹿にするな。昔からアユは賢い」

「べ、別にお兄ちゃんに褒められてもうれしくないし!」

「アユミーン、よかったね」

「エミリーさん!」


 俺はどうやらアユの肩を持っても怒られるらしい。そんなアユもエミリーと仲よさそうに言い合っている。そしてその副産物として、アユがいなくなったことで静止する者がいないので妃菜が余計にくっついてくる。


 もう徐々に慣れてきた歳のわりに豊かで、年相応に? 軟らかい胸が俺の右腕に押し付けられる。(前よりちょっと大きくなったか?)最初のうちこそ慌てていたが、慣れてしまえば造作ぞうさもないことである。とか言ったら、陽キャっぽいな。


 そんなことを言ったり、したりしながら俺たちはホテルに向けて歩き出した。


 夏休みということもあって駅の中の人は多かった。駅の外に出て人混みはやわらいだように感じたが、単純に場所が広がって密度が大きくなっただけで、結局人は多くなっていると思う。


「どこか行きたいところとかあるか?」


 こういうときに人の発言を促そうとするのは辰弥のいいところだと思う。だからモテるんだろうな。それが羨ましいか、と聞かれたら羨ましくないと答えるが、尊敬するか、と聞かれれば尊敬する。


「ホテル!」

「それは、帰ってから亮祐と行ってくれ」


 妃菜の爆弾発言を、俺たちの方を向きながら華麗かれいかわした。って、おい! 誰が誰とどこに行けって言ったんだ? お前はそれでも俺の幼なじみか? 俺になんの恨みがあるんだ? その発言は俺に死ねといっているのと同じだぞ。


「やっぱり清水寺かな~」

「「「えっ」」」

「ん? みんなどうしたの?」

「いや、エミリーからすごい単語が聞こえたから・・・・・・」

「えー、やっぱり清水寺でしょ!」


 エミリーをのぞく全員が立ち止まってしまった。この反応は誰も清水寺に行きたくなかったからではなく、あのエミリーから(失礼にもほどがあるが)清水寺という場所が出てきたことが驚きだったからだ。


 だが、エミリーも歴史的な建物を見たい、という感じではなく、有名だからといった雰囲気だったので固まっていた者も内心「やっぱりか」と思いながら硬直を解いた。


 しかし、極限まで凍らされた人々を、今度は熱く燃やすような発言が飛び出てきた。

「だって、清水寺って縁結びで有名なんでしょ。行ってみたいじゃん」


 おい、エミリー。お前絶対わざとだろ。んなこと妃菜の前で言ったら(もしかしたら妃菜のことなので知っていたかもしれないが)どうなるかは火を見るよりも明らかだろ!


「先輩! 行きますよ!」

 ほら出た。そうなるだろ。


「お兄ちゃん! 絶対二人で行っちゃだめだからね!」

「りょ、亮祐君! だめだから!」


 おー、助け船を出してくれるのはありがたい。ありがたいが、こんな街中で大声を出すのはやめてくれないか? また変な目で見られるだろ。


 俺は辰弥とエミリーに目で助けを求めたが、なんとも優しいことに二人とも無視をした。

 はぁ、キツいぞこれは。

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