第5話 鈴花と妃菜が面倒なことになっている件について④

「先輩! とりあえず、この阿婆擦れとの関係を説明してください!」

 妃菜ひな鈴花すずかを指さしながら俺に聞いてきた。


「わ、私は亮祐君の、か、か、か・・・・・・」

 みるみるうちに鈴花の顔が赤くなっていく。どうした鈴花? 「か・・・・・・」何だ? よくわからんが、恥ずかしいならやめておけ。


「どうしたんですか?」

 妃菜が腕組みをして、鈴花をまじまじと見ながら聞いた。お前もその態度をやめろ。


「か・・・・・・友達」

 真っ赤になった顔が下を向いた。どこか体が小さくなったように見える。恥ずかしいのだろう。だから、やめておけと言っただろ。


「へぇ、なら私の方が上ですね」

 どちらかと言うと妃菜の方が下だ。理由は簡単、絡むのがきついから。これは友達として致命傷だろう。


「で、でも! 私の方がお付き合いが長いよね!」

 鈴花が頭をバッと起こして、勢いよく言った。


 おい、鈴花・・・・・・俺とお前は「付き合い」は長いが、「お付き合い」は長くない、と言うかしていない。「お」がつくだけでずいぶん違うな・・・・・・って、今はどうでもいいか。


「ふん。私は三年前から付き合ってますよ」

 鈴花の発言を鼻で笑って、虚言を言い放った。


 お前は確信犯だな。完全に「付き合って」って言ったな。鈴花は言い間違えだとしても、確実に意図して言ったよな。しかも三年前に一回会っただけだ。

 って言うか、鈴花もそれほど長い付き合いではなくないか? 去年会ったばかりだよな?


「亮祐君・・・・・・付き合ってたの?」

「んなわけ。妃菜の頭のねじが吹っ飛んでんだよ」

「先輩! 私は正常です!」

「じゃあ、異常が正常なんだな」

「なるほど! 先輩はすごいですね!」

「納得するな・・・・・・」


 突っ込みを入れるたびに何かあるな。もうこれになれつつある自分が怖い。まだ二日目にしてこれはすごくないか? 俺の適応能力の高さを誰か褒めてくれ! これなら無人島でも生き残れるかもしれない・・・・・・何か俺も壊れてきてないか? こんなキャラだったっけ?


「まぁ、それは今後の部活を通しておいおい知っていけばいい」

 俺たちの会話を和泉先生が区切った・・・・・・って、おいおい?


「ちょっと待ってください! この子を書道部に入れるつもりですか?」

 鈴花、ナイスだ。絶対にこいつは入れるな。


 って思っても入るんだろうな・・・・・・と思っていると、妃菜から驚きの発言が出てきた。

「私は部活には入りませんよ」

 ごく普通の顔をして入部を拒んだ。


「そうなのか? 嘉神と一緒にいられるぞ?」

 和泉先生が不思議そうに聞いた。聞くな! 気が変わったらどうするんだ!


 だが、どうやら妃菜の気は変わらないようだ。

「私は家に帰って、先輩のために掃除、洗濯、料理とかをしたり、買い物したり、先輩の服を着たり、先輩の下着を履いたり、匂いを嗅いだりしないといけないので部活に入っている時間はないんですよ」

 胸に手を当てながら優しく理由を告げた。


「嘉神、いい奥さんを持ったな」

「ははははは・・・・・・(棒読み)」

 もう苦笑いするしかない。これにまともに反応してしまったらだめな気がする。


 まず一つ目、本気で住む気なんだな。これは俺が嫌がったら、なんとかなると思うか? 俺は「またまたー、嬉しいくせに」などと言われるような気がする・・・・・・覚悟を決めるしかないのか? 俺いつ死んでしまうのだろう・・・・・・


 次に二つ目、最初の方の理由はありがたかった。家事をやってくれるのは本当にありがたい。ただ、後半あたりくらいの理由が危なくなかったか? 犯罪予告を聞いた気がするんだが? え? 俺の服を着て、下着を履いて、匂いを嗅ぐ? ぶん殴っていいか?


「亮祐君! 私にも何かできることはない?」

「いや・・・・・・気持ちだけで十分だ・・・・・・」

 もしできるなら妃菜の暴走を止めてほしいところだが、さっきのやりとりを見ると無理だろう。


 鈴花のほおが少し膨れるのが見えたが、ここはしょうがない。少し心が痛むが、これは俺がなんとかしないといけない問題だ。

 それにしても、どうして妃菜がここにいるんだ?


「ん? それなら、小豆沢はどうしてここに来たんだ?」

 和泉先生、いいタイミングだ。俺もそれが気になっていた。辰弥が言ったのか? それにしては妃菜が早すぎる気がする。


「あぁ、一番乗りだったのは、ショートホームルームが早かったからです」

 なるほど、俺の担任よりも早いやつがいるのか。


「で、ここに来たのは先輩が本当に書道部なのかどうか確かめようと思ったからです」

「確かめるとは?」

「今朝、先輩の部屋に入ったときに、タンスを開けたら墨汁のシミみたいなものがついた服があったので、もしかしたらと思ったんですよ」

「なるほどな」


 なるほど。それだけで書道部ってわかったのか。それに、シミの種類もわかるんだな。すごいな、俺なら多分何のシミだったっけ? ってなるぞ。って、あれ? 俺の部屋に入った・・・・・・


「えっと、妃菜・・・・・・部屋に入ったって?」

「先輩が寝ているときに」

「タンスを開けた以外に他に何かしたか?」

「今朝もいったとおり、添い寝もキスもしてませんよ。ただ、先輩の左手の薬指を舐めただけです」


 すがすがしい笑顔で常人離れした発言をいつもしてくる。


「何のために?」

「もちろん、マーキングです! あっ、でも安心してください。ちゃんと拭いたので」

「そうか・・・・・・」


 よかった、しっかり拭いてくれたんだな。少しは常識があるようだな。少しは! 誰が人の指舐めてマーキングするんだよ! しかもマーキングされる覚えがないんだが!


 俺は目を瞑って、下を向き、「はぁ」と深くため息をついた。ここ最近だけで何回ため息をついているのだろうか? 誰かが「ため息をつくと幸せが逃げる」と言っていたが、俺の場合幸せが逃げているからため息が出ているのだろう。


 俺は瞑っていた目を開けた。すると目の前にいつの間にか妃菜がいた。口を開けた状態で・・・・・・


「何してるんだ?」

「先輩のため息を食べてます!」

 嬉しそうな顔を俺に向けてくる。そうか、ため息って食えるんだな。へぇ・・・・・・


 俺は妃菜の常人離れした発言を無視して、顔を上げた。それにつられて、妃菜もぴょこっと体をまっすぐに戻した。妃菜は唇をペロッとなめる仕草をして、俺に親指を立てて、「グー」をした。美味しかった、という意味なのか?


 俺は呆然と妃菜を見ていた。誰も突っ込まないことから、もしかしたら和泉先生も鈴花も呆然としているのかもしれない。違うかもしれないが。


 とりあえず、誰か妃菜の暴走を止めてくれ。このままだと、ため息だけでなく、俺自身も食べられそうだ。(もちろん、口で食べられるという意味ではなく)

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