花火の音は、もう止んだ。

夜薙 実寿

朱華の悩み


「え⁉ まだキスもしてないの⁉」


 驚くリサのリアクションの大きさに、朱華しゅかは慌てて周囲に視線を巡らせた。


「ちょっ、声でけぇって、リサ!」


 ハンバーガーショップのボックス席には、朱華、マユ、リサ、サエのいつもの友人メンツが、夏休みの近況報告がてらに集まっていた。話題の発端は、リサからの「ぶっちゃけ、時任ときとう先輩とどこまで進んでるの?」という冷やかしからだった。

 朱華の返答に仰天するリサとは正反対に、サエが平静に突っ込んだ。


「てか、告白の返事がキスだったとか言ってなかった?」

「あれは……頬なんだよ」


 言われて、その時の記憶が朱華の脳裏に再生される。真っ白な病室。ベッドから半身を起こした彼に、腕を掴まれて、引き留められた。


 ――『俺の幸せは、もう朱華ちゃん無しでは考えられないんだけど』


 真剣な瞳。朝焼けと同じ、綺麗なヘーゼルに。映り込む自分の顔が、徐々に近付いて。


 ――『責任、取ってくれる?』


 わぁあああああっ‼


 突如襲った思い出し照れの波に、朱華は内心叫びながら、悶絶する羽目になった。

 その様を、友人達は心得顔で見守りつつ。同時に、頬キスでそれでは先が思いやられると頭を痛めた。


「でも、こないだプール行ったんじゃなかった? 水着選んだじゃん。朱華のあのセクシーナイスバディを見ても手を出さなかったなんて……。先輩の理性、強靭過ぎない?」

「あ、あのなぁ」


 お調子者のリサが大真面目に言うものだから、朱華は照れるやら呆れるやら。反応に困り、弱った声を出した。それから、少し考えるように黙り込んだ後、ぽつりと零す。


「ていうか、むしろ……最近避けられてるような気もするんだよな」

「え? 時任先輩に?」


 思い掛けない彼女の言葉に、友人達が揃って目を丸くした。


「夏休み中もちゃんと会ってるのに? それは無いでしょ」

「や、なんていうか、その。……あんまり、触れてこないっていうか……ううん、触れてはくるんだけど」

「容量得ないなぁ」


 最もな意見に、朱華は苦笑した。彼女自身、上手く説明出来なくてもどかしいのだ。


「元々、音にぃってナチュラルにグイグイ来るタイプなんだけどさ。最近は、何かちょっといい雰囲気になったかなって思うと、離れてっちゃうんだよ」


 例えば、ふとした瞬間。目と目が合って、相手を意識した時。――触れたい。もっと、触れて欲しい。そう思うのに、彼は視線を逸らし、身を離してしまうのだ。

 朱華の言を受けて、うーんと難しい顔で、マユが言う。


「それって、照れてるんじゃないの?」

「いや……上手く言えないけど、照れ隠しとかじゃないと思うんだ。音にぃ、むしろそういうの素直に出してくるタイプだし」


 照れたら、『何だか照れるね』って、きっと言う。頬を染めて、眉を下げて、困ったように笑うだろう。けれど、最近の彼はそういうのでなしに、何だか居心地が悪そうな様子なのだ。


「だから、あたし……何かしちゃったのかなって」


 朱華の沈んだ調子に、友人三人も瞬間言葉を失った。重苦しくなりかけた空気を切り裂いたのは、やはりいつも一番冷静なサエだった。


「次、先輩と会う予定は?」

「明後日……。音にぃの地元の花火大会に行く予定」

「それだよ! そこで確かめようじゃん!」


 名案を思い付いた風に、リサが興奮気味にテーブルを叩いた。


「た、確かめるったって……」

「とっておきの浴衣で、ばっちり可愛く決めてさ! 時任先輩をキュンキュンさせるんだよ! そんで、キスの一つでもぶちかまして、とっととお悩みとバイバイだよ!」

「ぶ、ぶちかまっ……! そんな上手くいくかぁ?」

「でも、浴衣は大事だね。もう決まってるの?」


 リサの提案に、意外にもサエが乗ってきた。


「いや……普通に洋服で行こうと思ってたけど」

「お馬鹿! 花火大会って言ったら浴衣でしょうが!」

「同意」


 リサとサエの勢いに気圧されて、朱華は助けを求めるようにマユの方を見た。しかし、グループの良心的存在のマユですら、二人の意見の方に賛成なようで。眉をきりっと吊り上げては、うんうんと大きく頷きを返されてしまった。脱力と共に、朱華は思った。


 ――何か、水着選びの時を思い出すな……。


 プールに行くと言った時も、こうして友人三人に結託されて、着せ替え人形にされたのだった。朱華は覚悟を決め、諦観の笑みを漏らした。

 くして、友人プロデュースによる、朱華の〝花火大会☆ファーストキス大作戦〟が幕を開けたのだった。

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