第一話

 俺は吹き飛ばされ、いま、地面を無様に転がっている。それでも、闘い抜いてきた肉体に刻み込まれている感覚が冷静に状況を整理させる。

 

 そう、あれは……。


 俺が森のなかを歩いていると、突然、頭上の木々が激しく揺れて見上げたら、拳を振りかざし落下してくる人の姿が見えた。

 俺は咄嗟に力いっぱい地面を蹴って、避けた。

 その瞬間――地面が揺れ、爆発したような衝撃波が地面に沿って這う。その衝撃波に、いま、俺は巻き込まれて吹き飛ばされいる、真っ最中なことを。

 ――思い出させた。


 俺は転がりながら、その勢いを利用して身体の体勢を整え逃げ出した。

 

 人なのは間違いない。

 でも、殴るだけであの馬鹿げた破壊力は、人の域を遥かに超えている。いや、魔法を使ったのなら、あの破壊力は出すことができる。

 でも、俺に魔法に対抗する手段はない。

 ――逃走!


 ついてくる、ついてくる、ついてくる――ついてきてやがる!


 背中に感じるのは妙な気配だけ、追ってきているのはナニモノなんだ。まったく、足音をさせないで追いかけてきてやがる。

 そのうえ、全力で駆けているのに離れていくどころが、徐々に距離を詰められている。こんな足場が悪く、木々の枝が邪魔する走りにくい森のなかを俺と同じように走れる? 俺は人だが特別な存在だからこそ、走り回ることができる。それなのに――!


「ッ、がぁ」


 嘘だろ――いつ、俺を追い抜いた。

 

「膝を折ってうずくまるだけですんでるのは。二足歩行してても、獣だからか?」

 

 落ち着け、落ち着くんだ、生きるために冷静になれ、俺。

 肉体の損傷を。

 息がしづらいが骨は折れていない、腹部を殴打されたときの衝撃で一時的に、呼吸困難になっているだけだ。無理に息を吸うな、まずは、息を吐くんだ。そうすれば、自然と大きな深呼吸ができる。


「おい、私の言葉が理解できているか? 獣」


 呼吸が安定してきた。

 次はこの状況をどう切り抜けるかを考えろ、俺。

 土。


「聞こえてる――よ!」 


 泥濘ぬかるんでいる地面の土を握り掴んで、俺の目の前に立っているヤツの顔、目掛けて投げてやった。

 

「…………」


 

 俺は、まだ、生きている。

 膝から崩れそうになりながら、全力で森のなかを走っている。

 泥は仁王立ちしていたヤツの顔面に直撃した瞬間、横の茂みに飛び込んで逃げた。

 いつもなら、そのまま剣で殺している。

 でも、できなかった。

 逃げろと本能が囁いた、ヤツはヤバイと。

 アノ生き物は、獣、以上に狩りに長けている。朝に降った雨で土が泥に変化し、俺ですら滑るのを必死に耐えながら走るのがやっとだったのに。それをいともたやすく、前に回り込み、腹を殴打。

 殺される。

 俺の足が止まりそうで、止まらないのは。止まれば、死を暗示しているからだった。追跡してきている気配は感じない。でも、まだ、狙われているという感覚から、逃げ切れていないからだ。

 死神が実在して、命を奪いに――?


「し、しまった!」


 どうして俺は振り向いてしまったんだ。

 足に地面の感触がない。

 まさか、崖があるとは。

 地面が遠い。


「しんだ」

「私に泥パックは必要ないだよ、子猫ちゃん。私に必要なのは、子猫ちゃん、なんだから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る