第5話 バッドエンドとハッピーエンド

教会の鐘が低く鳴らされた。


「本当に仲の良い姉妹ね」

「ええ、結婚も出産も同じで⋯⋯まさか最期まで同じなんて」


喪服の参列者達が悲しみの中に何処か微笑ましさを浮かべて仲良く並ぶ棺桶に花を手向ける。

傍で幼い子供を抱く夫達は努めて平常を装っているのだろう気丈に、丁寧に頭を下げた。


この日、ライリー・テンネルとレーナ・クローバーの葬儀が厳かに執り行われた。


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「お兄様!アゼスト様はわたくしに一人の時間をくださらないのよ!それにいつも湖、草原、砂浜!お金のかからない場所ばかり!」

「お兄様聞いて!ジュリアン様ったら全然構ってくれないの!観劇に行きたい、食事に行きたいと言っても時間がないって!」


何度送っても反応が無かったローワンから「一度帰っておいで」と返事を貰い、喜んで里帰りした姉妹は開口一番旦那様の不満を爆発させた。


「お前達は「自分で」旦那様を選んだんだよ」

「ええ、旦那様は尊敬してますわ。けれど湖も草原も砂浜もお一人で行けるではありませんか。しかもプレゼントはそこで拾った物でお作りになったものばかりなのよ!?」

「私もよ。忙しい、時間がないって言っているのに仕事だと言いながら他の女性とは食事に行っているのよ!お詫びだと高価なアクセサリー貰っても許せるわけないじゃない!」


「こんな事ならジュリアン様が良かったわ」

「こんな事ならアゼスト様が良かったわ」


姉妹は互いの相手が良かったと口を揃える。

結婚して二年。子供が生まれたと言うのにこの姉妹は本当に変わらないとローワンは溜息を吐いた。


「ライリー、レーナ。この結婚は二人の望み通りになっている。それなのに旦那様を悪く言うのは良くないな。

アゼストの外出とプレゼントはアゼストの気持ちだ。ジュリアンの食事は仕事の付き合いだし、ちゃんとお詫びをしているだろう?」

「だってお兄様!ジュリアン様の方が良いんだもの」

「そうよお兄様!アゼスト様の方が良いんだもの」


二年前「相手を交換したい」と声を揃えた姉妹にローワンは何度も確認した。


ジュリアンは仕事が多く忙しい。だからこそ豪華なプレゼントで愛情を示してくれる人だ。物より気持ちだと言うのならジュリアンの奥様にはなれないと。

アゼストは伯爵。伯爵として領地領民を大切にするのは当然だ。だからこそ贅沢は出来ないが心で愛情を示してくれる人だ。気持ちより物だと言うのならアゼストの奥様にはなれないと。


二人は「分かっている」と言っていたのに。


「ライリーもレーナも同じことを言う⋯⋯けれどジュリアンはレーナの旦那様、アゼストはライリーの旦那様だ。決して神に誓った事を違えてはならない」


鋭い眼差しを向けられてライリーとレーナは息を飲んだ。


知られているはずがないと。


姉妹は互いの夫に擦り寄っていた。

ライリーはジュリアンにレーナはアゼストに「愛人」を持ち掛けている。

浅はかな行動だ。

滑稽な話、ライリーとレーナは互いにバレてはいないと思っている。



ローワンは二人の夫からその話を聞かされていた。「あの姉妹は我々に愛人を持ち掛けている」と。


そして、夫達は恐ろしい事を続けた。


「レーナはジュリアンが死ねば私の「愛人」になれると話していたよ」

「ライリーはアゼストが死んだら「愛人」にしてくれと言っていた」


ジュリアンもアゼストも家で出される飲み物に毒を盛られていることに勘付いている。二人は毒の効き目が弱いと怪しんでいる様だが直接聞けないのだからヤキモキしているそうだ。


「流石に殺害計画を立てられてはね⋯⋯」


ローワンは「何と愚かな妹達」だと二人に謝罪した。

アゼストとジュリアン、ローワンがそれぞれの思惑で強く結び付いていると何故想像できないのか。

貴族の結婚には政略的な損得の意味合いがある事を知らないはずがないのに。



しん⋯⋯としたラックノーツ家の応接室。

兄姉妹は無言で時が過ぎるのを待った。


「クローバー様とテンネル様がお迎えに参りました」

「まあっ旦那様が!」

「あら、長居してしまったわね」


「お兄様、今日は楽しかったわ。また呼んでくださいね」

「ええ、是非お願いするわ。お兄様」


家令がジュリアンとアゼストの訪問を知らせると、ライリーとレーナは安堵の息を吐き、ローワンに慌ただしい別れを告げてエントランスで待つ互いの旦那様の元へとそそくさと部屋を出て行った。


妹達は互いの夫に寄り添い、その背をエスコートされ背中しか見えない。

ジュリアンとアゼストは見送りのローワンを振り返り薄く笑うと軽く頭を下げて屋敷を後にして行った。



ローワンが妹達の訃報を受けたのはその日から約三ヶ月たった頃だった。



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「お気を落とさずに」


参列者達から口々に慰められローワンは深々と頭を下げる。何度も何度も下げる姿は痛ましく人々の目に映ったことだろう。

なにせ、ラックノーツ家のローワンは「妹思いの良い兄」と評判なのだから。


「ジュリアン、アゼスト。気を落とすなよ」

「ローワン、君こそ」


参列者達が帰り、残された三人は姉妹の墓標前で立ち尽くしていた。と、遠目でその姿を見た人は胸を痛めたと言う。

ジュリアンはレーナを忙しいながらも思い遣り、アゼストはライリーを愛しんでいたと誰もが知るところだったのだから。



枯れ葉を巻き込んだ風が通り過ぎる墓標の前でジュリアンとアゼストは姉妹の真相を語った。

ローワンは「何があったのか」を知り、それが妹達の自業自得であったのだと溜息を吐いた。


ライリーとレーナは自分の夫に毒を口にさせ続けようとしたがそれが全て自身に返って来ていたのだった。


毒が混ぜられた飲み物は入れ替えられていた。

目の前で毒を盛ることは流石の妻達も危険だと警戒したのだろう。食器の指示は妻の仕事。妻達は用意の時に夫のグラスへ毒を塗りつけた。

夫達は使用人達に「妻の指示した物を全て反対にセットする様に」と指示を出した。夫の物は妻に妻の物は夫にセットする様にと。

妻達が策略の失敗と、自分のしようとしている過ちに気付けば夫達は「何も無かった」事にして夫婦を続けて行こうと考えていたのだが、妻達が気付く事は無かった。

夫達は妻達が本気で自分達の死を望んでいるのだと諦めたのだと言う。


「君の可愛い妹を止められなかった。すまない」

「私達も悪い部分があったのは認めるよ。けれど流石に死を望まれるほど憎まれるとは⋯⋯すまない。ローワン」

「いや、これはあの子達の自業自得だ。昔から人の物がよく見える妹達だったから」


「子供が待っている」と歩き出すジュリアンとアゼストに続いたローワンは足を止め振り返った。

その顔に薄笑いが浮かぶ。


妹達には感謝している。

妹達のおかげで「公平」を演じられたのだから。


ローワンはこれからも自らが自分の特徴として望んだ「公平」を演じ続ける。

妹達は演じ続けられなかったのだ。自分で望んだのに。「人の物がより良く見えてしまった」から。

ライリーはアゼストの心を愛していると、レーナはジュリアンの財力を愛していると演じれば幸せは続いただろう。

意にそぐわない事柄に人は折り合いをつける生き物なのだから。


「本当、愚かな姉妹だね」


「ローワン」と呼ぶ声が届いた。

ローワンは片手を上げジュリアンとアゼストに応えると墓を背にして歩き出す。もう振り返ることはなかった。



ライリーとレーナの月命日には必ず花が添えられる。二つとも同じ種類の花を同じ数だけ束ねた花束だ。


それは仲の良い姉妹の様に並んで揺れた。

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愚かな姉妹 京泉 @keisen

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