第6話 葬儀そして北海道
親父が武田電機グループの総帥武田真一の一人娘武田真を守るために刺されて命を落としたのだ。・・・警察官として亡くなった殉職だった。
武田真は武田電機グループと対立する暴力団武木田組の放った二人の刺客それも親父のよく知っている孤高の天才と謳われた鳥飼要一郎と、武田真のボディーガード役の突きの斎藤新次郎が裏切ったのだ。
最初は鳥飼要一郎が刀を抜いて襲いかかり、驚いて転んだ武田真を斎藤新次郎が突き殺そうとしたところを俺の親父が武田真に覆いかぶさっり刺されて命を落としたのだ。
俺は怒りに任せて鳥飼要一郎の喉を潰し、鳥飼要一郎の取り落とした刀で斎藤新次郎の腕を切り飛ばしたのだ。
鳥飼要一郎は喉の傷がもとで親父の49日に亡くなり、斎藤新次郎も片腕が切られてげっそりと痩せて廃人のようになってしまった。
俺は小学生であり親を助ける為の緊急避難の行為だったので・・・色々あったが不問にふされた。
俺は49日の親父の納骨の際に雨の降る中、現われた武田真に
「お前の為に、俺の父親が・・・。」
と言ってしまった。
俺は母親に頭を叩かれて、頭を押し下げさせられたまま武田真の横をすり抜けた。
家に戻ってから母親はこの家にもういたくないと言うのだ。
確かに俺も父親の思い出が強く残るこの家に住んでいたくない。
母親は公立小学校の教員の職も辞めるという。
ほんの一週間という短い間だったが、母親の実家である北海道の祖父母の家に行く事になった。
母親の知り合いの関係で札幌の私立の小学校の教員になることが出来た。
引っ越し作業には母親の教員仲間や噂を聞きつけた親父の部下が手伝いに来てくれた。
今回の騒動で責任を取って辞めた県警本部長が挨拶に来た。
引っ越し作業の合間に、県立武道館で最後の稽古をしに行った。
親父の師匠の元県警師範が俺の頭を撫でながら
「親父さんは残念だった。北海道の山の中で稽古をする場所が無くても、毎日素振りをして走り回れ、そうすれば力は落ちないからな頑張れよ。
機会があったらまた稽古しようと。」
と素振り用の重い師範愛用の木刀を餞別で戴いた。
武田真は県立武道館には、親父の殉職事件以降稽古には来なくなったようだ。
武田信玄を先祖に持つこの地方の名家だったが、暴力団問題が表面化して武田電機グループの信頼は地に落ちた。
株価が暴落して、武田電機グループの少年剣道教室もやめるなど大変なことになっていると聞いた。
体は中学生なみにでかいが、小学生の俺には武田真を助けることは何もできなかった。
自転車の乗って自宅に帰る途中、遠回りして武田電機グループの少年剣道教室の
状況を思わず見に行った。
その場所に建つ建物の窓ガラスや玄関ドアが壊れ、少年剣道教室の看板が真っ二つに割れていたのだ。
その前に少年いや少女、武田真がぼんやりと立っていた。
俺は悲し気に肩を落として佇む彼女に声をかけられずそのまま自宅に戻った。
翌日飛行場から北海道の千歳空港に向かった。
搭乗する時、警察署の柔道教室と剣道教室の皆が見送りに来てくれた。
その時も離れた場所から悲し気に武田真も見送りに来てくれているのを見かけたのだ。
これから俺が住む北海道の祖父の家付近では剣道も柔道も教室が無かった。
毎日早朝に親父の師匠の元剣道師範から餞別でもらった重い素振り用の木刀を振った。
最初は重くて十回も振れなかった。
十回振れるようになったら、武田真の幻が現れて
「私は二十回振れるは!」
と言って、いつもの可愛い口の口角をあげてニヤリと笑た。
その後も幻と素振りの競争をした。・・・剣道を再開した時の素振りの競争の時と同じだった。
俺が小学3年生で転向した時、上級生は小学校6年生が一人いたが全寮制の近くの町の中学校に行ってしまった。
それ以降小学校は同級生どころか、上級生も下級生もいない。
月日は経って俺は小学校6年生になった。・・・体は高校生程の背の高さと体重になっていた。その時には重い素振り用の木刀を使って素振りが軽く千回以上振ることができるようになっていた。素振り千回を超えたところで武田真の幻を見ることは無くなった。
武田真の幻が見れなくなってなお一層、素振りをした。
朝だけでは時間も無いので、夕方寝る前にも素振りをした。
一日中あまり勉強もしないで、朝夕の鍛錬として重い素振り用の木刀で素振りする以外は親父の師匠の元剣道師範の言いつけ通り北海道の大自然の中走り回っていたので、小学生とは思えない程の筋量と俊敏性を身につけた。・・・元剣道師範の言葉を盾に大自然の中を走り回り自分で言うのも何だがサルではなく大きさから言えばゴリラだな!
小学校の3年生から6年生の間、鹿児島の祖父の家には行かなかった。
母親が親父によく似た面影の祖父の顔を見るのを嫌がったからだ。
夏休みも冬休みも北海道の祖父の家で暮らした。
祖父のマタギの手伝いをして大自然を駆け回る以外は、祖父の家の側にある温泉を誰も来ない事を良い事にして、夏休みも冬休みもプール代わりにして泳いだ。
時々、祖父に連れられて、ばんえい競馬を見に行き、祖父の知り合いの農家の馬に乗ったり、ばんえい競馬の鉄製のそりに乗ったりした。
雪が降り積り初めて小学生生活最後の冬休みになった。
俺が小学校を卒業すると付近に子供がいないので閉校になるそうだ。・・・俺が最後の卒業生だ。
祖父の家の近辺の農家は酪農を辞めて、札幌で働く人が多くなったのが原因だ。
過疎化が酷くて、俺が近くの町の全寮制の中学校に行き祖父母を残していくのが不安だった。
母親も同じ思いだったのだ。
俺の中学校進学のことや、体力的に劣ってきた祖父母をこの地において置くことが不安で札幌で同居することを提案するつもりだった。
冬休みなると母親が俺や祖父母に相談の為に札幌から帰ってくるという連絡を受けた。
その日は朝から雪が降ってきた、いつまでたっても母親が帰ってこない。
夕方警察署から
「母親が交通事故で死亡した。」
という連絡があった。
俺と祖父母は慌てて連絡のあった警察署に向かった。
警察署の霊安室にはもう物言わぬ母親の姿があった。
鹿児島の祖父母が来たが身内だけの寂しい葬儀だった。
母親の49日がすんでしばらくしてから、交通事故主任という男が祖父母の家に現れて
「事故捜査の為に母親の事故現場に行きますか。気持ちの整理がつかないなら後日日を改めても良い。」
と言われた。
祖母は行きたくないと言った。・・・実の娘の死をまだ受け入れられていないのだ。
俺と祖父は交通事故主任の運転する事故処理車(交通事故捜査車)に乗って事故現場に向かった。
助手席には若い女警が乗っていた。
札幌から実家に向かう途中の道は山道で、急カーブや急な勾配が続いた。
未だ残雪が残る山道を事故現場に向かった。
事故現場は母親が走ってくる方向から見ると急な下り坂で右に大きくカーブしていた。
カーブを始めて少し進んだ所のガードレールが大きく谷に向かってへしゃげていた。
若い女警さんが持っていた花と線香をたむけた。
ここから母親が落ちて亡くなったらしい。
谷底を見ると母親の愛車がへしゃげて途中で止まっていた。
交通事故主任は
「思ったより道路から距離があり、クレーン車では車は吊り上げられなかった。」
と説明してくれた。
交通事故主任さんが
「お母さんの事故とは別の事故が発生して出動中に、この付近を通りかかった。
丁度通りかかった目撃者が110番通報してくれたのだ。
車が崖下に落ちたと言うのでお母さんの事故を優先する事にした。
目撃者の通報の通りいわゆる単独事故で、路面には長いスリップ痕がガードレールに向かって残っていた。」
と言って事故当時の写真を見せてくれた。
凍った雪道と下り坂でブレーキが利かず、ハンドルも良く利かない状態でガードレールにぶつかり谷底へと落ちたのだろう。
交通事故主任さんは
「私が一番の先着で、救急車も来ていなかったので、崖を降りて車の中からお母さんを助け出した。
その時はもう虫の息で”淳一”と名前を何度も呼んでいた。
お母さんを背負って崖を登っている時に”貴方、側に行くね”と言うと体が軽くなり冷たくなってきた。
残念だが道路に上がった時にはお母さんはもうこと切れていた。
到着した救急車はドクターカーで、乗っていた医師にも死亡が確認されたので、お母さんの御遺体は警察署で預かることになったのです。
バタバタして渡し忘れた車の中にあった車のキー、車検証とお母さんの鞄お返しします。」
と言って車検証等を渡してくれた。
交通事故主任さんはハーネスを装着して、車の屋根に赤ペンキで✕印をつけると言う。・・・吊り上げられないので、落ちている車を見つけると、何度でも車が落ちているとい報告を受けるのでその対策だそうだ。
何か必要な物があればついでに持ってくるという。
交通事故主任さんはロープを下に向かって投げ落とした。
俺も下に飛んだ。
木の枝を利用しながら勢いを殺す。
母親の車までたどり着いた。
運転席のへしゃげたドアを開ける。
「あった!」
運転席の下の隙間に亡くなった父親の贈り物で母親が大切にしていた小さなブローチが。
俺は小さなブローチを降りてきた交通事故主任さんに見せる。
交通事故主任さんは
「お父さんと同じ警察官になって、俺と一緒に山岳パトロールの隊員になろうと。」
チラリと白い歯を見せて苦笑いをしていた。
道路に戻ると祖父は年若い女警さんに、その場に停めた事故捜査車の中で車検証の受け取りと遺族調書を取られていた。
俺の母親の49日が終わり、気落ちしたのか祖父と祖母はみるみる小さくなって相次いで亡くなった。
俺の手元には祖父の愛用の年代物のライフルが残った。
百合さんのお父さん達も一緒に住もうと言ってくれるが、小学生の3年間暮らした家には思い出があり、あまり知らない人と暮らしたくはなかった。
鹿児島の祖父母が駆けつけてくれた。
百合さんのお父さんが俺の意思を尊重して、俺を良くって知っている鹿児島の祖父母に連絡したらしい。
俺は鹿児島の祖父母の元で暮らすことになった。
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