第5話 殉職

 俺は伊賀崎淳蔵、ある県の警察署の強行係の係長、階級でいえば警部補だ。

 強行係の班長とも呼ばれている。

 俺の部下は巡査部長一人に巡査長の二人だ。

 最近の警察官はいいよな!

 俺が警察官になった時は巡査部長になれない巡査が警察人生を終える寸前に巡査長になっていたのに。・・・給料も上がるのだ。


 今県内では暴力団同士の抗争事件が勃発している。

 それに伴い暴力団員どころか一般人を巻き込んだ大量殺人事件が発生している。

 一方の暴力団は警視庁指定暴力団武田組、組員数2千人とも3千人とも言われている。

 武田組は最初は土建業を中心にした暴力団であったが、現在の組長武田一太郎の息子真一が地方国立大学を卒業後、大手電機メーカーに勤めた。

 その電機メーカーで仕事をしていたが、父親が指定暴力団の組長だと知られて首になった。


 首になった真一は自分で電気会社、武田電機を設立し瞬く間に業界トップの電機メーカーに育て上げた。

 その後は首にした大手電機メーカーの株を買い占めて、当時の社長や上司を首にしたのだ。

 それどころか本当に社長や上司の首がどぶ川に浮いていた。

 社長や上司の家族も警察の行方不明者のリストにあがっている。

 表向きは武田電機は社員1万人以上を誇る優良企業になっている。

 しかし、その社員の中には武田組組員がいることは間違いない。

 武田電機は土建会社の武田組も傘下にして、現在は武田電機グループとして活動をしていた。・・・これでは組員数を明確に知ることは難しい。


 そして武田電機グループを狙っている一方は西日本を中心とした巨大暴力団、武木田組だ。

 武木田組は大阪府を始め三県で指定されている暴力団だ。

 武田電機グループと武木田組は漢字一文字が違うだけでよく間違えられる。

 武木田組は昔ながらの的屋が中心の暴力団だ。

 この地方に進出を目指した理由は、日本の中心東京都に近かったこと、武田電機グループのもたらす巨大な利権を手に入れることだ。

 日本有数の優良企業を武田電機グループという暴力団が手に入れて支配下に治めているのだ、これを自分の傘下におさめたいと思うのは普通の感情だ。

 餓狼のような武木田組長、武木田典膳が武田電機グループ壊滅のゴーサインを出した。


 これが大量殺人事件の発生と暴力団同士の抗争事件の発生となったのだ。

 当初は、会社員を狙った殺人鬼の事件と思われていた。

 しかし、狙われたのは暴力団を母体とする武田電機グループの社員だったことが様相を変えていった。

 俺は強行係の係長として陣頭指揮をとっていた。

 しかし、出る杭は打たれる。

 仕事をしようとしても必ず邪魔をする上司がいるものだ。

 それが俺の直属の上司である馬鹿課長だ。・・・なんでこんな奴が課長になったのか我が県警の七不思議だ。

 俺のあげる報告を握り潰すは、つまらぬことで罵倒する。


 自分は家に帰るのだが、部下には

「事件も終わっていないのに帰宅とは、良い身分だ。」

等と言っている。

 寝る所も無かったが、事件が重大であったことから警察署に捜査本部が設置された。

 馬鹿課長が直ぐに捜査が集結する等と本部の刑事課に言って、捜査本部をすぐには設置しなかったのだ。・・・赤っ恥だがこれが俺の言ったことになっている⁉

 捜査本部が設置されたので、柔剣道場で寝泊まりすることになった。

 シャワーがあるが、着替えが無い。

 そう思っていたら妻も小学校の教員で忙しいのに着替えを持って来てくれた。


 11月に剣道の全日本選手権大会が東京の武道館で開催される。

 俺は出場許可を馬鹿課長に出したが、その時も馬鹿課長が許可を与えなかった。

 俺はいつも通り捜査本部の会議に出席した。

 その会議にいる俺を見かけて、出席した県警本部長が驚いた。

 警察官が選手権出場することは県警全体の士気を高めることになるのだ。

 県警本部長は大の剣道好きでもあった。

 県警本部長が俺の大会出場を直前で許可するというハプニングがあったのだ。

 大会の出場はしたものの、こんなひどい状態で勝てるはずもなく、戻ってきた俺を馬鹿課長が大声で罵倒するのだった。


 そんなある日、土曜日の夜遅くに

「武田電機グループ総裁真一の一人娘の武田真が出場する明日の小学校の剣道大会で狙われるかもしれない。」

という匿名の電話連絡があった。

 ところが馬鹿課長が、

「ガセネタだ。」

と言ってその情報を握り潰そうとした。 

 一応上司だから課長に連絡したのだが、

「そんなガセネタに踊らせるんじゃない!」

と言って電話を切られてしまった。


 土曜日だが署長や県警本部長、刑事部長にも報告した。

 署長も馬鹿課長から連絡が入っていたのか馬鹿課長と同じことを言っていた。

 俺は泊まり込んでいた捜査員に

「明日の小学生の大会で武田組の関係者武田真が狙われるかもしれないとの連絡があった。

 武田真の身辺警護を行う。」

と告げたが、他の係員は馬鹿課長から制止がかかったようだ。

 あまつさえ

「暴力団の娘などは守るつもりはない。」

等とも言われた。


 俺が拳銃を携帯しようとしたところで、当直指令の課長から

「ガセネタなので、拳銃を出せない。」

とまで言われた。

 現場の県立武道館に向かうのは俺の係員3名だけで、拳銃を持たないので不安があるが愛用の特殊警棒一本が俺の武器だ。


 着替えもままならず、薄汚れたジャンパーを羽織って県立武道館に向かった。

 駐輪場で怪しい奴がいないか見ていた。

 そこで息子と目が合った。

 思わず長い間苦労を掛けている妻を思い出し息子を見て逃げてしまった。

 試合が始まった。

 息子の初めての柔道試合も観てみたかったが、後ろ髪を引かれるが剣道場の五階観覧席にあがった。


 嫌な奴がいた昨年選手権予選で出場した鳥飼要一郎だ。

 奴は博打が好きで女癖が悪く、最近武木田組から多額の借金をしているはずだ。

 奴の手には白鞘の刀が握られていた。

 まずい俺は鳥飼要一郎の様子を見ていた。

 横に武木田組の手配写真で見たことがある若頭が座った。・・・確定だ!本署に無線と携帯電話で連絡をする。拳銃を出さなかった当直指令が慌てている。 

 息子が柔道着のまま、柔道の試合で優勝したのか金メダルを下げて何と鳥飼要一郎と武木田組の若頭の後ろに座ったのには焦った。


 試合が終わって観客の流れにのって息子が移動を始めた。

 俺の前をちらりと見たが、何気ない顔で前を通り過ぎていった。・・・肝が太くなったものだ。


 鳥飼要一郎が襲うとすれば玄関だ。

 鳥飼要一郎と武木田組の若頭が立ち上がる。

 二人は左右に分かれて別の階段を使うようだ。

 俺は柔道場の2階まで先に降りて階段の様子を窺う。

 柔道場は早く試合が終わったのでもう誰もいなかった。


 警護対象の武田真が指導者の斎藤新次郎と階段を降りてきた。

 斎藤新次郎についても新しい女ができて、それも武木田組の関係者の女でもめていると聞いている。

 すぐ後ろから鳥飼要一郎が階段を降りてきた。

 鵜飼要一郎は左手に白鞘を下げている。

 真剣と特殊警棒では特殊警棒が分が悪いが、右手が柄にかかった時が勝負だ。 


 斎藤新次郎が他の人と話をして、わざとかと思うほどゆっくりと武道館の玄関を出る。

 鳥飼要一郎が裸足のまま走り始めた。

「しまった。」

靴を履くと思っていたので遅れた。

 鳥飼要一郎が大声で

「死にさらせ!」

といって白鞘から真剣を抜き出して、対象者の武田真に切りかかろうとする。


『バサー』

という大きな音がして、ビニール傘が鳥飼要一郎の目の前を通過する。

 横目で投げた奴を確認すると我が息子ではないか。

 俺は特殊警棒を一振りで伸ばして鳥飼要一郎を打ち据えようとする。

 俺の目の前にはいきなりなことで足を縺れさせて倒れる武田真がいた。

 その横に腰の後ろに隠し持っていた短刀の鞘を払う斎藤新次郎が、鳥飼要一郎ではなく武田真を見ている。


 武田真のボディーガードを兼ねていた斎藤新次郎が裏切った!


 俺は思わず武田真の体の上に覆いかぶさる。

 背中に激痛が何度も走る。

 息子の

「貴様ら!」

という怒声が聞こえる。

 息子がものの見事にビニール傘で鳥飼要一郎の喉を突き破る。

 痛みで鳥飼要一郎が日本刀を取り落とした。

 その日本刀を息子がすくい上げて取ると、俺の首に向かって短刀を振りおとそうとしていた斎藤新次郎の右腕の二の腕を切り飛ばした。

 

 俺は

「お見事!」

と心の中で快哉を叫び、安堵と痛みの中で気を失った。


 目を開けるとマスクがされて、横には俺の妻と息子がいた。

 息子は血だらけの柔道着を着ていた。

 胸からは背負い投げをしている図柄が彫られた金メダルをしていた。

 県警本部長が

「しっかりしろ、こんな状態になった責任は俺にあるが。貴様をこんな状態に追い込んだ奴にもしっかり責任を取ってもらう。」

「しっかりしろ、・・・。」

俺が聞いた言葉はそこまでだった。


 この事件で県警内部においても粛清が行われた。

 馬鹿課長は懲戒免職になった。

 調べると武木田組から金を貰っており、匿名電話を潰したのは武木田組の要請だった。・・・酷い話だ。

 拳銃を出さなかった当直指令も馬鹿課長と同様に金を貰っており、武田真の確実な殺害に手を貸したのだ。・・・この馬鹿も殺人幇助の可能性があるため懲戒免職になった。


 署長は馬鹿課長から脅されていたのだ。

 女性問題で脅されていたのだ。・・・武木田組のハニートラップだ。

 そんな警察幹部が何人もいた。・・・全員懲戒免職になった。

 県警の七不思議、馬鹿課長が幹部になれたのはこんな裏があったのだ。

 調べていくうちに馬鹿課長が警察官から犯罪者になった。

 馬鹿課長が捜査状況を武木田組と武田電機グループに流して金を貰っていたのだ。

 これでは何日かかっても抗争事件が解決しないわけだ。


 警察内部の粛清が行われると一気に抗争事件が解決した。

 最後のあがきで武木田組の組長武木田典膳が直接武田電機グループ総裁の自宅に単身殴り込みをかけた。

 片手で拳銃を持ち、片手で日本刀を振り回しながら襲いかかった。

 武田電機グループ総裁宅を警護していた機動隊員が必死で守った。

 機動隊員の二人が拳銃で撃たれ、三人が日本刀で切られた。

 重傷者はでたが命を奪われた者まではいなかった。


 これが終わり警察本部長が身を引いた。

 俺の四十九日法要が行われた当日だった。・・・これで俺も心安らかに天に行けそうだ。

 しかし、俺の息子はでかいな!

 それに美男子なのだが彫が深いので体のでかさとあわせてみると中学校生に見えるのだ。

 こいつがどんな風に育っていくのか観てみたかった。

 天国!残念ながら俺は日蓮宗なので輪廻転生だ。・・・それじゃアバよ!

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