第2話 小学校1年生から2年生

 冬休み期間中母親の実家の北海道に遊びに行ってスキーの練習をしまくった。

 山奥の祖父の家の側には露天風呂がある。

 とにかくデカイ露天風呂で怪我をした動物たちが、その湯につかって治していくと言う湯治の湯だ。

 今日はスキーパトロールのお娘さんが、この露天風呂を借りに来た。

 彼女も俺から見れば母親の祖父方の従姉で百合さんという大学生でスキーパトロールは冬休みの間のアルバイトだそうだ。


 露天風呂から

「きゃ~」

という魂消るような悲鳴が聞こえた。

 囲炉裏でライフル銃の手入れをしていた祖父が立ち上がる。

 俺は囲炉裏にくべる薪を割っていた鉈を握りしめて、祖父の後ろに続く。

 露天風呂に大きな熊がいる。

 本州の熊はツキノワグマでブラキスト線と言う奴のおかげで北海道にはいない。

 北海道の熊はエゾヒグマと呼ばれている熊で体長2メートル、体重250キロもある人間から見れば化け物だ。

 こいつは人間を捕食対象にしている。


 エゾヒグマがのっそりと立ち上がった。

 祖父の

「チッ」

という舌打ちが聞こえた。

 右目から血が滴っている。

 名人、上手と言われた祖父が仕留めそこなったエゾヒグマだ。

「手負いのイノシシ」

ならぬ

「手負いの熊」

だこれは容易ならない。

 露天風呂の中の百合さんが気を失って倒れた。・・・マズイ!エゾヒグマに食われる前に溺死しそうだ。

 祖父が

『ドーン』

とライフル銃を撃った。

 エゾヒグマの頭部がはじける。

 それでも残った片目を怒らせて祖父に向かってくる。

 俺は握りしめていた鉈をエゾヒグマに向かって投げた。

 投擲術の訓練が功を奏した。

 エゾヒグマの残った片目に重い鉈が突き刺さった。

 エゾヒグマは両目を失い視界が遮られたことから、立ち上がって

「ウオ~」

と大声をあげる。

 その口に向かって祖父が止めの一発を打ち込んだ。


 その間にバスタオルを持った俺は露天風呂に浮かんだ百合さんを助け出す。

 流石スキーパトロールをやっているだけあって、健康美人の裸の姿を拝めれて良かった。

 バスタオルごしだが割と豊満な体を堪能した。・・・俺ってこんなに危機的状況でもスケベな男だ。

 俺は百合さんを肩に担くと一目散に屋敷に駆け戻った。・・・はたから見たら俺は人さらいの山賊みたいに見えたのだ。

 バスタオルに包んだ百合さんを担いで入ってきた俺を見て、母親の拳骨をもらった。・・・いやいや待ってよ!エゾヒグマから助け出したのに、エゾヒグマより未婚で二十歳になるかならないほどの裸の女の子を担いだ俺の方がオトロシってへこむな!


 エゾヒグマを解体する。

 その時、俺には祖父から山刀が与えられた。

 エゾヒグマを退治する時に投げた鉈程の重さがある逸品だ。

 その山刀でエゾヒグマの解体を手伝わされた。

 翌日、祖父のマタギの手伝いをさせられた。

 母親とは顔を合わせるのが嫌だったから好都合だ。

 かんじきを履いて祖父の後ろを歩く。

 山の中で祖父からライフル銃の手入れの仕方を教わった。

 使い方もだ。・・・実際に触らせてはもらえなかった。

 ライフル銃の銃身に雪が詰まると、銃身が破裂する事故が起きることもあるそうだ。

 ウサギやキツネを下げて夕方遅くに屋敷に帰り着いた。

 母親が心配して玄関先で待っていた。・・・母親の愛情を感じた。

 今晩は母親と一緒に布団で寝た。・・・母親の愛情とぬくもりを感じた。

 冬休みの残りの日を祖父と山の中で過ごした。

 捕らえた獲物の止めをさす。

 命と向き合う日々だった。・・・別の意味で修羅の日々であった。


 冬休みが終わり、残りの3か月間は割と楽だった。

 確かに父親に突かれ、竹刀で転がされるが、エゾヒグマ程の怖さがなかった。

 1年生が終わる少年の大会でエライ事をしてしまった。

 決勝戦の相手が、俺の出小手をとらえたのだ。

 今まで相手に一本も許さず、二本勝ちで決勝戦まできたのに小手を打たれて動揺してしまった。

 相手のアーモンド形の少しつり上がった目が俺を見据え、形の良い赤い唇がニヤリとつり上がった。

「二本目」

という審判の宣告がある。

「カチカチ」

と竹刀と竹刀の剣先が触れあう。

 相手の目が爛々と光る。

 隙が無い、そのうちに相手の喉元、突き垂れの部分が黒く穴が開いたようにここを突いてくれと見えたのだ。

 見えた途端体が反応した。

 禁止されている突きを思わずだしてしまったのだ。

 相手は突き垂れにものの見事に俺の突きを喰らって、コロコロと転がって隣の試合場で審判をしていた俺の親父の足に当たって止まった。


 称賛の声ではない、試合場に怒声が響き渡った。

 俺は相手に二本勝ちを与えた上に退場させられて今までの既得本数、既得権が認められなかった。

 参加してもいない状態だ。・・・何故に?それは相手が俺の突きで伸びてしまったのだ。俺は小学生では使っていけない「突き」で負傷させた加害者であり、相手が試合が継続できなくなってしまった。加害者は既得本数、既得権が認められないのだ。

 これで俺の親父は審判長に指導者として怒られ、俺と親父はその日を境に警察署での剣道の稽古を止めた。

 突かれた相手の子は女子トイレで泣いていた。・・・突かれた痛みではない、勝った喜びでもない、少年の大会で突きなど出してこないと思って、油断して突きを喰らったことに対してだ。


 これが俺と彼女、

武田たけだ まこと

との最初の出会いであった。・・・俺は名前からその時は男の子だと思っていた。

 これが原因で剣道を止めた俺だが、捨てる神があれば拾う神がある。

 親父の友人の柔道の先生が俺に救いの手を差し伸べてくれた。

 でかい体は時に独活うどの大木のように見られるかもしれないが、スタミナも力も人一倍あるのだ。

 皆が帰った後も剣道の時と変わらず柔道の先生方と稽古を続ける俺の姿があった。


 剣道を本当に止めたかって?

 そんなことはない木・金・土は俺と父親の二人だけの稽古を続けた。

 家の居間として使っていた八畳間の和室の一室の荷物を出し、畳を剥がして板張りにして道場代わりにした。・・・母親は呆れていたが何時かはこうなると思っていたと諦めていた。それでも時々居間に続いていた板張りの廊下に座って俺達の稽古を埃の立つ中ニコニコ笑いながら見ていた。

 そこで素振りをして、基本打ちを繰り返す。

 大きな声を出したり、地稽古などは都会の小さな家の中ではできないが、俺の親父と二人で黙々と基本を繰り返したのだ。


 小学校2年生になっても稽古は続く、親父は思うところがあったのだろう、全日本選手権大会に出ると言いだした。

 俺が産まれたので現役をひいた。

 県警機動隊の武道小隊から署の刑事になりかれこれ8年になる。 

 警察署の子供の指導をしたり、署員の指導をしてある程度の稽古はしていたが、現役時代ほどの稽古はできていない。

 

 6月には選手権の県予選大会が行われる。

 例年通りならば11月3日の文化の日が東京の日本武道館で本選だ。

 親父は予選までの2ヶ月間走り込みと打ち込み台を使って打ち込みをするつもりだったらしい。

 それでも8年間のブランクは酷い、問題は試合勘だ。

 親父は意を決して休みの日で時間があれば県の武道館で稽古をする道を選んだ。

 親父は県の武道館に稽古に行く、初日は俺が少年の大会で突きを出して指導者としてはどうよと言われていたので悲壮な思いで向かった。


 ところが俺が突きを出したときの審判長の爺さんが俺の親父を見て

「よく来た。よく来た。」

と言って親父の稽古相手をしてくれた。

 俺が親父にやられたように突き転がして、でかい親父の体を竹刀で振り回している。

 親父との稽古を終えた審判長の爺さんが観覧席で見ていた俺にオイデオイデと手を上下する。

「折角来たのだ。ここでの稽古はしても良いよ。」

と声を掛けてくださった。


 防具をつけて勇んで剣道場に入った。

 道場にいた先生すべてに可愛がってもらった。

 最後に審判長の爺さんと立ち会った。

 最初はホイホイと打たせてもらったが、爺さんが少し下がって打たせないとしたところを俺が

「ス~パ~ン」

と心地よい館内にも響き渡る良い面打ちが決まった。


 爺さんのスイッチが入った。


 俺の親父同様突かれるは転がされるわで大変だった。

 最後に爺さんが突きに来るところを相突きにのせた。

 当然爺さんの竹刀とリーチの差で突きを喰らったが、爺さんが

「参りました。」

と言って竹刀をおさめた。


 稽古の後、親父に連れられて師範室で茶を飲んでいた審判長の爺さんに挨拶しに行った。

 審判長の爺さんは元県警の剣道部師範で親父の師匠の一人だ。

 親父が

「今年全日本の選手権に出たい。」

と切り出すと、爺さんはウンウンとうなづいて許可をしてくれた。


 爺さんは俺を見て

「見どころはある。

 中学生以下には決して突きを出すな。

 ここにいる先生には突きを出すことは許す。

 ただし!あとはどうなっても知らないぞ。」

と言って声を出して笑った。


 師範室にいた他の先生も

「坊主!何年生だ?」

と声をかけてもらった。

 俺が

「小学校2年生です。」

と答えたら

「中学生かと思ったでかいな!」

と呆れられた。若い先生が

「小学校2年生と言えば、この前の大会で突き転がせられた、いつもは稽古に来ている

武田真

が風邪で来ていないな。・・・アッお前が武田をころがしたのか?」

と言われた。


 親父が息子は謹慎中です、今回は俺が無理に連れて来たと謝っていた。

 若い先生たちも

「気にすることは無いよ。

 今年1年は所属の団体は謹慎して小学校3年生になったら、所属の団体で稽古して大会に出てもいい。

 ここでの稽古は歓迎するよ。」

と言われた。

 水を得た魚だ。

 親父が休みになると俺と親父は防具を担いで県の武道館に通った。

 もう俺の母親は呆れて俺と俺の親父を見ていた。


 6月の県予選大会が県立武道館で行われた。

 この大会では、現役を退いた三人の男が出場するということで話題を集めた。

 一人は国双大学キャプテンで大学選手権を優勝して、警察官になると警察選手権大会や全日本選手権大会に何度も出場して優勝経験のある俺の父親と、

もう一人は東西大学キャプテンで俺の父親とは何度も大学選手権大会や全日本選手権大会で争った突きの斎藤新次郎という男だ。

 それにもう一人、孤高の天才と言われた鳥飼要一郎という男だ。


 突きの斎藤新次郎は、武田電機グループの会社員で武田電機グループの剣道部師範、武田電機グループが運営する小学生相手の剣道教室の代表でもある。

 俺が小学校1年生で突きを喰らわしたのが、その剣道教室に通っていた武田電機グループ総裁である武田真一の一人娘、武田真だった。

 俺は小学生の大会の時のパンフレットの名前を見ていて男の子だとてっきり思っていたのだ。

 県の武道館でも時々相手をして稽古している今でも男だと思っていた。・・・俺もそうだが武田真も家に帰って素振りをしてから風呂に入って着替えるそうだ。

 負けん気が強くて、俺が家に帰って百回素振りすると言えば、二百回したと言い。

 二百回したと言えば三百回、三百回と言えば四百回・・・ついには千回になってお互いに声を出して笑った。・・・俺は武田真が男だと思っていたがドキッとする笑顔だった。

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