俺と彼女は、異世界へ召喚された。

いのさん

第1話 俺1年生

 俺の名前は伊賀崎淳一いがさきじゅんいち小学校1年生だ。

 入学すると身長の順番に並べと言われる。・・・それが一番恥ずかしい。小学1年生の平均的な身長が120センチ前後なのに、俺は小学校6年生の平均的な身長150センチもあるのだ。

 30センチも大きいと頭一つ飛び出して、皆からジロジロと見られるのだ。

 小学校に入ると直ぐに俺は父親の伊賀崎淳蔵に連れられて警察署の剣道場にいた。

 そこに鬼がいた。

 鬼は俺の父親の伊賀崎淳蔵だった。


 剣道場では柔軟体操の後に小学校の低学年は最初の素振りと打ち込みの稽古だ。   

 その後は防具をつける練習だ。・・・防具がつけれるようになれば高学年の子達とも稽古ができると聞いて俺達初心者は必至で防具をつける練習をした。

 最後の挨拶を終える。

 俺は防具を外そうとすると父親に停められた。


 父親はにっこり笑って

「一緒に帰ろう」

と言う。


 皆が

「先生さようなら」

と言って着替えて出て行った。


 その後が地獄だった。

 最初は良かった。

 好きなところを打たせてもらった。

『ピシリ』『パーン』

と音をたてて小手や面を打っていく。

 とても小学校1年生の面打ちとは思えない

『スパーン』

と大きな音と共に鋭い面が決まった。・・・鬼のスイッチが入った。

 小学校1年生の俺に

「突き」

をするは、竹刀で転がされるは、涙が出る、鼻水が出て顔がグチャグチャになった。

 それでも俺は立ち上がった。

 俺は父親が突いて来た竹刀に合わせて、突き返した。

 竹刀の長さもそうだが俺の腕の長さにも差があった。

 俺は宙を飛んで気を失った。


 鬼が怒られていた、ざまあみろ!俺の母親という鬼子母神にだ。

 俺は喉や額に冷たいタオルが載せられていた。


 一週間のうち月・水・金の三日間が鬼の拷問の日々だった。

 虐待・・・そんなものはない時代で、子供を鍛えるという名目だ。

 一ヶ月が経ち、二ヶ月が経ち、三ヶ月が経て小学生の初めての夏休みになった。


 俺は母親に連れられて、俺の父親の実家に遊びに行った。

 祖父の家は尚武の国と言われる鹿児島県の山村で農業をしていた。

 俺は親父という名の鬼から逃れて、この夏休みの一ヶ月間野山を駆け巡って遊ぶことを夢描いていた。

 祖父の家を見て驚いた。・・・豪農と言われる屋敷で立派な土塀に囲まれていたのだ。

 立派な屋敷の門をくぐり抜けて、玄関を開けてさらに驚いた。・・・古武士然とした祖父が座っていた。

 髪の毛を後ろで縛り、剣道着に羽織を着て軽衫風の袴を穿いて座っていたのだ。

 嫌な予感がした。

 母親は祖父と軽い挨拶を終えると、祖父の大きな体に隠れた小さな体の祖母と話をしている。

 祖父は俺に

「どおれ、屋敷を案内してやる。」

と言って先を歩いた。

 

 この屋敷にも鬼の住み家があった。

 何と屋敷の中には、黒光りして磨き抜かれた床の立派な道場があった。

 嫌な予感が当たった、ここでも地獄の日々は続いた。・・・家にいる時よりも酷かった。それでも帰りたい等とは思わなかった。


 二日程すると俺の母親が俺の姿を見ていたくないと言って帰ってしまった。


 月・水・金とおとなし気な祖母が薙刀を振り回して、俺を追いまわし。

 火・木・土と祖父が空手と柔道を合わせたような伊賀崎流体術を習わされた。

 後で聞いた話だが祖父は伊賀崎流体術の宗家で30代目になるそうだ。

 日曜日は二人の鬼が防具をつけて剣道の稽古を一日中つけさせられた。


 祖父や祖母の仕事はというと、お互いに交互に稽古をつけるために開いた日に農業をしている。

 気丈な祖父と祖母だ。

 母親が呆れて帰った翌日、祖母と薙刀の稽古をしていると、従姉の沙織さんという高校1年生の女の子が薙刀を担いで現れた。

 祖母に薙刀の部活でインターハイ出場の為に2週間程泊まり込みの稽古をしたいと言って入ってきたのだ。

 祖母が許可をすると20人程の女の子があらわれた。

 花の高校生に取り囲まれて鼻の下を伸ばした。

 いや~伸ばしている暇がない、流石にインターハイ出場が決まって、上位入賞を狙っている高校だけあって稽古が凄まじい。


 従姉の沙織さんは容赦がない。

 祖母が鬼婆なら沙織さんは般若だ!

 美人の沙織さんが防具をつけて薙刀を握ると、目が爛々と光る。

 獲物を狙う雌豹のようだ。

 細いがしなやかな腕が薙刀を電光のように振るう。

 アブね、アブね!うかうかしていたら一本取られてしまう。

 薙刀特有の足を狙った

「脛」

がくる。

 飛んで逃げるのは悪手だ!

 さっきは飛んで避けたが降りたところを面を喰らった。・・・本当に面食らう!

 祖母から教わった踵を自分の尻にぶつけるように沙織さんの薙刀を避けると、そのまま踏み出して面を打つ。

 軽いが祖母が

「面ありだね。」

と言って笑う。・・・そんなことを言うから般若のスイッチが入ってしまった。

 本当にひどい目に遭った。


 2週間というもの間、早朝から深夜まで綺麗な高校生のお娘さん達と稽古させていただいた。

 インターハイ会場に向かう最終日従妹の沙織さんと稽古をした。

 最後なのに一人で座っていられないほどしごかれた、道場の壁に寄りかかって座っていたら祖母が

「皆、孫の面倒を見てくれてありがとうね。

 それでもまだまだだね。

 この子はまだ小学校1年生なのに、こんな子に手古摺てこずっているようではね。

 気合を入れて頑張って来るんだよ。」

と言って送り出した。

 高校生のお娘さん達には俺が小学校1年生だったなんてと驚かれた。・・・体は小学校6年生ぐらいあるからね。・・・祖母の口癖がうつった。


 従姉の沙織さん達がいなくなって静かになった。・・・いや~ならなかったのだなこれが。

 祖父の道淳が夏休みの残り1週間程を伊賀崎流体術を教えるという。

 従姉の沙織さんがいなくなったら、沙織さんの兄達が遊びに来た。

 大学生の幸人さんと高校3年生の大輔さんだ。

 この二人が伊賀崎流体術の後継者で、俺の1週間の稽古相手だ。 

 早朝はランニングだと言って山を駆け巡らせて、朝食を食べると一応一休みさせてくれる。

 単に食べた物を吐き出させないためだ。

 祖父もでかいが従兄弟もでかい。

 伊賀崎家は体がでかいのが血筋かもしれない。

 そのでかいのに押し潰されそうになって乱取りを行う。

 

 二日後従姉の沙織さんがメダルを二つ首から下げてきた。

 団体戦の銅メダルと個人戦の銀メダルだそうだ。・・・悔しそうだった。

 その沙織さんも後の夏休みは部活が休みになると言って、伊賀崎流体術を習うのだ。

 彼女は名手だ!

 道着の襟を持たれた思ったとたん何処をどうやったか分からないが俺は宙を舞っていた。

 沙織さんは幸人さんや大輔さんもポンポン投げている。

 崩しと体の移動、そして極めつけは足の指だ。

 柔道小説「姿三四郎」のモデル西郷四郎の山嵐で足の指で相手を掴むとあった。

 沙織さんの足の指も細くて長くてしなやかだ。

 その指が絡みついて離さないのだ。

 それでも巌のような祖父には手も足もでなかった。


 伊賀崎流体術はそれだけだは無い、投擲術や馬術や泳法などもあるのだ。

 投擲術も楽しい。

 いわゆるナイフ投げなのだ刃の方が的に向かえばよいが、少しでも狂うと刺さらないで跳ね返る。

 刺さるようになるとこれはこれで楽しいものだ。・・・的に鬼婆や鬼爺の顔を思い浮かべながら投げるのだ。いかんネクラになる!


 馬術も農耕馬として飼っている馬に乗せてもらった。・・・さすがこの辺りでも豪農の家だけある。酪農もしているのだ。

 人より高いところから見ていると偉くなったような気分になる。

 もっと楽しかったのが泳法で、祖父の家での最終日に海に連れて行ってもらった。・・・夏休みなのに一度も海に行っていなかった。それでも日中の日差しの中、褌一つで素振りをさせられて真黒なのだ。

 その日は俺の両親が俺を迎えに来たのだ。

 俺の母親も年の割にはグラマーで出る所は出てへこむとところはへこんでいるスタイルがとても良かった。

 それよりも沙織さんだ!・・・美人だと思ったが足が長くて、こんなに凄く良いスタイルをしているとは思わなかった。目がハートになった。


 最後の思い出が良かったのか苦しい事を忘れて、楽しい夏休みが終わったと思ってしまった。

 俺の夏休みの日記帳を見た担任が俺の両親を後で呼び出したようだ。


 それでも家での地獄の日々がはじまった。

 月・水・金の三日間以外は暇だ。

 外で投擲術の練習をしていて母親に見つかり怒られた。

 仕方がないので家の周りを駆けずり回った。

 

 月日が経って冬休みを迎える。

 また鹿児島の祖父母の家に行くのかと思ったら、今度は北海道の母親の実家に連れて行かれた。

 雪深い山の中で、母親の祖父は最後の「マタギ」と呼ばれる人だった。

 囲炉裏のある居間の丸い茣蓙に座って、祖父が愛用のボトルアクション式のライフルの手入れをして、祖母は祖父が狩ってきたウサギやキツネの肉が入った鍋を回す。


 これは今年一番の安寧の日々をおくる事ができると思った。・・・とんだ勘違いだった。

 最初は穏やかな笑顔で鍋を回している祖母と母親に連れられてスキー場に来た。

 真白なゲレンデが俺に牙を剥いた。

 滑るよりも自分自身が雪ダルマになるほうが多かった。

 そのうえ寒い、氷点下20度だ!・・・死んでしまう!

 祖母と母親は華麗にゲレンデを滑っている。・・・俺は又こけた!スキー板が外れて流れる。くそ~!もう何度目だ。

 スキーを母親は教えてくれない。・・・父親のように鬼になるのが嫌だそうだ。母親だから般若だろうと心の中でののしる。いかん今回も心がネクラになる。

 祖母や母親を見て膝や腰が柔らかくて、上体が後傾していないことに気がつく。  

 その場で膝や腰を柔らかくして、上体が後傾しないようにして滑ってみる。

 真直ぐに進むが曲がれない。・・・また雪ダルマの出来上がりだ!


 あまり派手に転んだので、スキーパトロールのお娘さんが心配して駆けつけてくれた。

 日焼けで真黒な顔をしていたが歯が白くて健康美人だ!

 祖母や母親も一応心配してか駆けつけてくれた。

 スキーパトロールのお娘さん祖母や母親と顔見知りらしい。

 何事か三人で話をすると滑って行った。

 俺はまだ雪の中だ!


 なんとか雪の中から脱出する。

 俺の横をスキースクールの生徒が通り過ぎる。

 先生が

「ターンの切っ掛けをつかって。」

等と言っている。

 綺麗なプルークボーゲンの手本を見せる。

「なあ~るほど。」

 それを真似てプルークボーゲンを一日中練習した。

 祖母と母親が笑いながら俺の横を滑り降りていった。

 プルークボーゲンからパラレルターン、そしてシュテムターンへと続きこの1週間でだいぶ上手になった。

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