第18話
レイネを包むようにして発生した、半球の土壁。
内部から魔法が放たれ爆発音が聞こえるも、壁はびくともしない。
私はその場にへたり込んだ。
体は鉛のように重く、立ち上がれる気がしない。
被弾した腕は布が擦れるたびにひりひりと痛むし、べたついた汗も気持ち悪い。
そしてなにより私の心を
私のやって来たことは間違っていたのか……。
「あの子の気持ちを汲んであげなさい」
肩に座ったコレットが言った。
彼女もずいぶんと消耗したようで、ぐったりとしている。
「そんな、の……」
いやだ、と私は口に出すことができなかった。
そうしてしまえば、また立ち向かうことになるから。
相手はもう望んでいないかもしれないというのに。
「ここが引き際かしら。友達をつくる必要なんてないのに、あなたはちゃんと向き合った。そしてあの子――レイネと友達になることができた。もう十分じゃない、あなたはがんばったわ。だけど、どう頑張ってもレイネを救うことはできないの」
突きつけられた事実に私は何も言えなくなる。
分かっていたんだ、最初から全部自分のワガママだって。
私はただ、同年代の女の子が何もない世界に一人でいるなんて許せなかっただけだ。
だけど勇者でもない私には最初から誰かを守る力も無ければ、大義名分すら用意されていなかった。
それでも、レイネと友達になることくらいはできると思ったのに。
「レイネ、どうして……」
「それはあなたを傷つけたくなかったのよ」
そうだったとして、レイネの配慮を素直には受け入れられないかった。
なぜなら、それは私には一緒にいる資格がないことを意味するから。
だというのに助けようとしたこと自体がただの傲慢だったのだ。
無駄に希望を持たせてしまった分いっそうタチが悪い。
「わたしが話しかけなければ……」
そうすれば、レイネは悲しい思いをせずに済んだのかもしれない――そう言いかけたとき、
「いいかげんにしなさい‼」
コレットが声を張り上げた。
「よく聞きなさい? クララがやってきたことは決して間違いではないの、ただ力不足だっただけ。だというのに、あなたは自分の行為そのものを無駄にした、私はそれが許せない……」
ふわりと肩から飛ぶと、コレットは私の前に向かい合った。
視線を合わせただけで脳までコゲつきそうなほどに、真剣なまなざし。
「クララ・ベル・ナイト・フォース! 妖精百人議会、正会員コレット・アナベルがあなたの決断を支持します! だから――自分の信念を貫きなさい!」
そう言い切ってから柔らかな笑みを浮かべた。
慈愛に満ちた、優しい声。
「そして、足りないときは頼りなさい。あなたの目の前にはとっても優秀でかわいい妖精さんがいるのだから~」
「コレット……」
「ん? なにかしら」
「さっきまでかえれって言ってたのにぎゃくになってる」
「あ、あれは監視者として対象の生存を最優先に考えたうえで――ってなんでもない! とにかく、これが私の本音よ!」
そうだ。私の行いがうまくいかなくても、その考えまで間違っているとは限らない。
コレットのおかげで、思い出した。
試練の突破に必要でなくとも、私はレイネと友達になりたいと思った。
でもそれはかわいそうな子供を助けるというある種の傲慢な考えで、友達になることはできても、レイネを苦しみから救ってあげることはできなかった。
人を助けられるほどの権力も身体能力持ち合わせていなかった、私の力不足ゆえに。
どうにもしてあげられないのなら、一度立ち返って、どうなったら理想なのかを考えることから始めよう。
私の思い描く理想の世界。
まずレイネは泣いていないだろう。
やせ我慢じゃない、心から笑っているのだ。
そして私の隣にいて――町でショッピングをしている、買い食いだ。
食べ物を持っていない内側の手が繋がれていたら言うことなしだ。
そのためにはどうなったら良いのか。
私一人が頑丈になっても町を出歩くことができないから意味がない。
結論が出たからと言って私にはどうこうしてあげる力がないのは変わらない。
だけどこの世界には望みをかなえてくれる不思議なアイテムがあった。
『螺旋の宝珠』だ。
レイネと宝物庫の最奥まで行き、ギフトを得ることができたなら、私の望みは叶うはず。
そのためには、魔力を制御できるようになるまで一緒に行動する必要がある。
道中建物を傷つけないようにする必要があるし、私自身も守らなければならない。
しかし、これも私にはどうにもできないことだ。
だから――頼る。
「コレット、わたしをたすけて」
「もちろんよ! ……私にどうしてほしいのか言ってみなさい?」
「レイネといっしょにギフトをてにいれたいの」
「一緒に行動……一時的な封印……」
コレットはう~むと唸って、深く考え込む。
「……方法はあるわ。でもとても危険だし、クララが死んでしまうかも――」
「わたしはレイネといっしょにおかいものにいく」
この願いを叶えるための力が足りない。
だからコレットに頼る。
優しい友人の力を借りる。
無理を通そうとしているんだ、リスクを負うことくらい覚悟の上だ。
「――わかったわ。今から私は三つの魔法を使う、それですべての魔力を使い果たしてしまうから、何が起きても助けられない。それでもいい?」
「おねがい!」
コレットは杖を取り出すと、その先端を私に向けた。
「優しき風よ、彼の者を災いから守りたまえ」
私にふわりと吹きつけた風が、回転するようにして体に纏う。
「からだがかるい……!」
「それだけじゃないわ。致命傷から三回まで身を守ってくれるの」
「さんかい……」
その次に直撃することがあったら、お終いだ。
できるだけ温存しないと……
「二つ目が――コレ」
ポシェットから取り出されたのは人間用のペンダント。
大きなエメラルドがはめ込まれており、見るからに高価だ。
「はぁ~、こんなところで使っていいような代物ではないのに~」
肩を落としてため息をつくコレット。
やはり貴重品のようだ。
申し訳ない、だけど手段は選んでいられない。
コレットが宝石をぎゅっと抱きしめると、まばゆいばかりの緑光が辺りを覆いつくす。
その光はコレットの鱗粉とよく似た系統で、自然界では見かけることのない色。
「まぶしっ」
あまりの眩しさに私は目を閉じる。
それでも確かに緑色の光を感じられるのは、それが魔力の光であるからなのか。
光が収まったころ、ゆっくりと目を開けると、空中で力を失ったコレットがふらりと揺れて落下した。
私はその体をなんとか両手で受け止める。
「コレット!」
「ふふ……ほとんど、の魔力を、この……魔石につめこんでやったわ……。これでレイネの魔力量でも……完全に抑え込める、のよ~」
「ごめんね、わたしのせいでこんなになってまで」
息絶え絶えに言うコレット。
安心させるようにつくった微笑みに、いつものような覇気がない。
一対の羽は精彩を欠き、灰を被ったような暗色に変わっていた。
「このペンダントを……レイネの首に、掛けなさい……。そうしたら、体外に出ている魔力を……すべて、封じられるから……」
「……ありがとう。しばらくやすんでいて」
「……いいえ、最後の仕事があるわ」
石のように硬くなった羽を無理やり羽ばたかせて、ドーム状の土壁へむかう。
引き止めたい衝動にかられたが、コレットは私のためにやってくれているんだ。
信じようと思った。
そして私は、絶対にレイネのもとまでたどり着いてみせる。
「合図をしたら私がこの壁を壊すわ~。そしたらクララはあの子のところまでいって、このペンダントを掛けるの。チャンスは一度きり……準備はいい?」
「……うん!」
杖を構えたコレットが詠唱を開始する。
「この身に宿りし風の化身よ――」
失敗したら本当に死んでしまう……。
それでも、逃げない、退かない――
「――
――
杖から放たれたかまいたちが、土壁に巨大な引っかき傷をつくる。
ひび割れた黒土の間から、色とりどりの光が爆発しているのが見えた。
それはレイネが引き起こした魔法の暴走――つまり内部とつながった!
「いって
必ず戻ってくるという意味を込めてそう言い放つ。
私が光の差さないドームのなかに入るとき、「いってらっしゃい」という小さな声が後ろから聞こえた。
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