第8話

「うまうま」

「そうか、おいしいかー。パパの分も食べていいんだぞ?」


 言わずもがな。

 私はテーブルの上の砂糖菓子をほおばる。

 

 お城についてすぐ、豪華な客間に案内された私たち。

 子供用の背の低いテーブルには、見栄えを重視したカラフルなおやつの山。

 それを手にとっては腹につめる作業を繰り返していると、いつの間にか緊張もほぐれてきた。おいしいは正義。


 赤い果実を手に取る。りんごみたいな見た目だが、半分ほど緑色が覆っており目を楽しませてくれる。


「おいしそ」


 どんな味がするのだろうと口に運ぶと――

唇が当たる寸前で緑色の部分がざわっとうごめき、高速で果実から逃げ出した。


(わたしまで食べようとしないでほしいかしら!)


 頬を果肉で汚した妖精のコレットが顔を真っ赤にして怒る。

 あれはコレットだったのか、大きなヘタかと思った。



 コレットに三分の一程食べられた赤い果実。その断面はどうみてもリンゴだった。

 やっぱりこの世界の植物は地球と同じなんだ。

 私は虫食いになったリンゴの断面を隠すようにしてバスケットに戻す。

 こうすればバレないバレない。


(ようせいってごはんたべれたんだね)

(劣等種にできることなら大抵できるわ~)


 羽虫は得意げに胸を張る。

 ――けっこうあるじゃないか。

 私が砕いてやったクッキーのかけらを大事そうにほおばっているコレット。

 その弾力のある胸を私が注視していることには気づいていない。

 人差し指を突き出して――

 えいやっ。


「ひゃんっ!」


 静かな客間に変な声が響く。


「今なにか聞こえなかったか?」

「クララ様のほうから……」


 父とソフィアも気づいたようで、周囲を見渡して音源を探す。

 

「なにもなかったか?」


 立ち上がった父が近づいてきた。

 コレットは両手で口を押えて息を殺している。

その存在を知られたくないようだ。


「くしゃみしただけ~」

「ははは、クララは可愛いくしゃみをするんだな」


 父は私にハンカチを渡すと、ソファに戻った。

 クララは きれいなハンカチを てにいれた!


(クララぁ~!)


おっとどこからか高慢な羽虫の鳴き声が聞こえるぞ?

私の顔の前でホバリングするコレットの顔は羞恥と怒りが入り混じって真っ赤だ。

小人サイズのくせにつんとしたおっぱいしてるのが悪いんだよ。

 大きいのに吸えないというもどかしさ。



(~~っ! 成敗!)


 大きく距離を取ったかと思うと、コレットは宙返りをしてその勢いのまま私の顔に突っ込んできた。

 怒りに任せて飛び出したか……体格差も分からぬ素人め。


 ――迎え撃つ!

 

 私は両手を横に広げると、手のひらを内側に向けて構えた。

 タイミングよくぺったんこにしてやる。武士の情けでその胸だけは残してあげよう。


 コレットは空中で腰をひねると片足を槍のように前に出す。

 それは洗練されたドロップキック。


(覚悟かしら~!)


 その足先がそこそこの速さで迫りくる。


――今!


パァン! 

私の手が打ち鳴らされた。

 手ごたえは――ない。

 敗れたか。

 顔面に感じた、人差し指で突かれたくらいの衝撃で、敗北を悟る。


 妖精の繰り出したドロップキックは見事に私の顔に決まった。

 正確に言うなら鼻の穴のなかに……。


 痛くはない。

痛くはないが――くしゃみ・・・・が出そうだ。

堪えようとするも生理現象は収まらない。

 このままでは手加減なしの暴風が小さな妖精を襲うだろう。


(にげろコレット――!)


 警告するも、コレットは顔から離れなかった。

ふざけているわけではない。

ただ足が鼻に入りこんでしまって抜け出せないようだ。

逃れようと足をもぞもぞ動かすたびに鼻腔が刺激されてくしゃみを誘発する。


 「は、は――」


 それでも、足が抜けるまで気合でくしゃみを耐えてみせる! 

 だって私たちは――クララ砲発射!


「ぱっぷしょん!!」


 私は耐えきれず、体全体を使ってくしゃみした。

 生理現象だから仕方ないよねっ!


(きゃぁ~! ――ぐふっ)


哀れ爆風に飲み込まれたコレットは、受け身も取れずに壁に激突する。

 力なく床に散ったライムグリーンの妖精コレット

そのまま動かなくなってしまった。


「し、しんだ……⁉」


(生きてるわ~!)


 コレットは甲高い念波を発すると、再び舞い上がる。


(よかった、いきてた!)

(あれしきで私が死ぬわけないかしら~)


 私の前を飛び回るその姿に、けがをしたような形跡は見られない。


 コレット!

(クララ!)


 ひしっ! 抱き合う私たち。

 サイズ的にコレットが私の人差し指に抱き着いているだけなんだが、野暮なことは言うまい。心が通じ合っているんだ。


私たちが友情を確かめ合っていると、頭上から視線を感じた。

顔を上げると父がニヤニヤしながら眺めている。


「さっきと違って豪快なくしゃみじゃないか」

「う~っ、もう!」


 顔を赤くした私は父の太ももを叩いたが、ぺちんと空虚な音がするだけで痛がる素振りも見せなかった。

 固すぎる……。

 鍛え上げられた筋肉は鋼のような強度を誇っており、叩いた私の手の方が痛いほどだ。

 この筋肉おばけ、さては物理攻撃無効だな?

 

 負けイベントかと思ったが、「あっちいって!」と暴言を浴びせると、父は肩を落として退散していった。

 呪文耐性が低いタイプのやつだ……。



 和解した私たちは、そのあと一緒にお菓子を食べている。

 もちろんコレットとだ。

父は未だに壁の隅で落ち込んでいる。


「アメはもっていく」

(クララは欲張りさんかしら~)


 顔を覆うくらいに大きなペロペロキャンディを、ドレスの隙間から押し込んでいるとコレットが笑った。

 何とでも言うといい。このアメはお持ち帰り決定だ。


(コレットだってポシェットにおかし詰めてる)

(これは保存食よ~。今から向かう場所で必要になるかもしれないもの)


 向かう場所? どこのことを言っているのだろう。


(まったく、何をしにお城に来たか忘れたかしら~?)


 それはもちろんお菓子を食べに……。


(ギフトを解放しに来たのでしょう! しっかりしなさい!)


ああ、そうだった。そういやそんな話もあったなぁ。

 だけど――


(やめとく。しのびこむのはわるいことだもん)

(なっ、なっ……)


 悪事に手を染めてまで欲しくはないんだよな。

 私の夢は人々をニコチン漬けにして搾取する側に回ることで、超能力バトルはお望みではないのだ。

 そもそも、こんなに短い手足で堅牢な城に忍び込むなんてミッションインポッシブルだよ。

 アンダスタン?

 ワナワナと震える妖精に肩をすくめてみせる。


(欲しくないの? たった一人で幾千もの魔物を打ち倒す魔道具を!)

(いらないです)


 人並みの興味はあるが、宝物庫に忍び込んでまで手に入れるつもりはない。

 コソ泥のお供なら他所を当たってくれ。


(認められません! あなたには能力を研鑽する義務がある!)


 ついには訳のわからないことをわめきだす妖精。

 あんまりにも五月蠅うるさいので、片手で捕まえて服のなかに詰め込んでやった。




「王がお呼びです。皆さま支度の方は整いましたでしょうか」


 待合室に入ってきたメイドが、私たちに確認をする。

 背筋がピンと伸びている、一流のメイドさんだ。

 ちなみにうちのミュシャは油断していると猫背になる。


「無論だ」

「私には謁見の許可が下りていませんので、こちらで待機させていただきます」


 短く答えた父。メイドのソフィアは王様のところまでは一緒に来られないようだ。

 世紀末覇者おうさまに襲われたときは助けてもらえないか……。

 大丈夫。おもらししなければ処刑されないはず――そうだトイレ行ってなかった!


「パパといれいってくる」

「よしパパがついて行って――」

「やっ!」


 トイレくらい一人でできるわ! 二才をなめるな。

 私は部屋を飛び出した。

トイレの場所なら案内されたときに記憶している。


「お待ちください!」


 後ろからソフィアの声が聞こえたが、待てと言われて待つのはスネに傷を持たぬ者のみ――あれ、これ前にも言った気がするな。


 廊下に敷かれた絨毯の上を、私はソフィアの声を置き去りにして走り抜ける。

 視界に映る景色が後方へと流れていく。

 いつもの三倍は早い気がする。


 風……なんだろう吹いてきている、確実に、着実に私のほうに。


 室内だというのに発生源不明の追い風が背中を押す。


「う、わわわわ――」


 追われるものは追うものより速いんじゃ――

 そんな幻聴が聞こえたが、それ色々と間違ってない? 





「申し訳ありません団長! クララ様を見失ってしまいました」


 クララを見つけられずに待合室に戻って来たソフィアが○○に頭を下げた。

 それは普段のメイドとしての作法とは異なった、体育会系の謝罪。

 額に浮かんだ玉のような汗が、磨き上げられた床に落ちる。


「心配ない。クララは賢い子だから危ないことはしないはずだ」

「ですが――」


 愛する我が子を見失ったというのに、○○はコーヒーを飲んでいた。

その表情には余裕すら読み取れる。

 事態の深刻さを理解していないと感じたソフィアは○○に詰め寄った。


「王宮とて一枚岩ではないのはご存じでしょう。これを機に、『妖精姫』たるクララ様を害しようと画策する輩がいないとは限りません。そうでなくてもクララ様は思わず連れ去りたくなるほどに愛らしいのですから!」

「ははは、お前が騎士だったころにはそんな姿を見ることになるとは思わなかった」

「それは……こちらとて同じことですっ」


 ソフィアは顔を赤くするも、はぐらかされるつもりはないと視線をそらさない。

 

「わかっている」と深くうなずいてから○○は切り出した。

クララのことだが――


「間違いなく無事だろう。クララのことを大層好んでいるあれが、一緒にいたのを先ほど見た」

「ずっとついてきていたとおっしゃるのですか⁉ ……私には気配すら感じることができませんでした」


 うつむいたソフィアは、ぎゅっと目を瞑ると唇をかんだ。


「自分を責めるなよ? 元よりあれは我らの手に負えるものではない、一種の災害だ。だがそれがソフィアの味方についている。人程度には害されんよ」


 安心というよりかは、諦めに近い吐息を漏らす。


「まったく……クララも面倒なやつに好かれたものだ」

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