放課後は……
放課後になった。
授業風景? あぁ黙って小さくなって座ってるだけだよ。
だって目立ったら先生に当てられちゃうじゃん。
特に面白い事もなく――事も無かった。
あの後朝のホームルームが始まると、我がクラスの担任、通称ゴリが教室に入ってきたんだが……。
チャラ男君の耳ピアスがバレて、朝からお説教されていた。
『今すぐここで取れ!』と怒るゴリは、まるで本当にゴリラみたいだった。
ツベで見た海外の動物園に出てくるキレたゴリラの動画の様な形相で怒る、ゴリは傍から見ている分には面白かったけど、怒られてる当人はたまったもんじゃないだろうな。
その後のチャラ男、落ち込んでたし。
自業自得だけどね。普通学校にピアスとかつけてくる? そりゃそうなるよねって。
その後ゴリがいなくなってから、すかさず慰めていた要は、流石だなと感心したが。
あれは惚れちゃうわ。チャラ男若干顔が赤かったし。
……まぁ単純にクラスメイトの前で先生に公開説教されていたのが恥ずかしかっただけだろうけど。
それ以外は特に変わった事も無く授業は終わりました。
要は結局チャラ男とカラオケに行くことにしたらしく、帰り際に一応、要から誘ってもらったけど。
「新堂、来たがらないと思うけど、どうする?」
えぇ。その通りです。チャラ男怖いから行きたくないです。
僕がお茶を濁すごとなくそのまま伝えると、要は苦笑いしながら了承して、帰っていった。
なんで僕達みたいな人種の彼はチャラ男なんかと絡めるんだろうか。不思議だ。
さて、そんな訳で一人教室に残った僕だけど、実はこのまま帰らないのだ。
何故かって? そりゃ部活にいくからさ。
ほんとは部活動なんてやりたくなかったんだけど、どうやらこの学校は基本的にどこかの部活に所属しないといけないらしく、仕方なく入部届を出した。
後から知った事だけど、そんな校則は形だけらしく、度々担任の先生から入部をせっつかれるらしいが、結局うやむやになって、入らなくても済むなんて話を先輩から聞いた時は、ふざけんなと思って入部届を取り下げようとも思ったが、そんなの後の祭りで。結局僕はその部活に入部してしまっていた。
と、いうわけで、僕はトボトボと部室へと向かう。
僕の通うこの高校は、それなりのバカ高ではあるが、そこそこ設備は充実していて。
ほぼ全部活に、部室が用意させている。
僕の入部した『文芸部』は、なんと部員三人の超少人数だ。
そんな弱小部活でも部室が用意されているのだから、よほど教室が余っているのだろう。
六階建の校舎。その五階から上がすべて部活動関係の教室となっている。
今も、校舎五階へと上がって来ると、どこかの教室から漏れ出てくる、ギターやらなんやらドラムやらの激しい演奏と、ピアノやトランペットといった優雅な演奏が廊下で響きあい、糞の様なアンサンブルを奏でている。マジで各部室の防音をしっかりしてほしい。
僕は楽器を何一つまともに引けないから、決して偉そうな事は言えないが。
それでもこの音の喧嘩だけはやめてくれ。
思うだけなら誰にも文句言われないし、主張する気はないけれど。
そんな騒音から離れ六階へ。
五階と比べると幾分か静かになり、それでいて埃っぽさを感じる。
基本五階は部員数の多い部活動の部室になっている事が多く、その分人の出入りが激しい為か、空気が漂うことなく回っているが、どうも六階は、いくら換気をしていても、どうにも空気が悪くていけない。
そんな人気の無い六階の、さらに人気の無い隅の隅。
薄暗い廊下で、不気味に火災報知器の赤いランプが光る中で、その教室がある。
『文芸部』
手書きで書かれたプレートが教室入口の頭上に掲げられており、その色褪せ具合から、ここ数年、誰も弄っていないのだろうなと察せられる。
そんな歴史を感じさせる入口を前に、僕は一度深呼吸をする。
先ほども言った通り、この文芸部は、僕を含め三人構成だ。
しかも、うち二人は……女子。
どちらも先輩な為、異性というだけで気を使うのに、さらに余計に気を使わなければならない。
それでもまだ、人数が少ない分、マシな方なのだと思うが。
兎に角、そんな二人がおそらく既に待ち受けているであろう、部室に入るのだ。
冷静に、慎重に、緊張しないように。
念入りにもう一度深呼吸をして、僕はその引き戸に手をかける。
『ガラガラ』と立て付の悪いドアを開けると――。
「あら、今日はドアの前で体操は始めなかったのね」
「……そんないつも身体が鈍っている訳じゃありませんよ」
「そうなの? 私はてっきりここに入るのに緊張して躊躇しているのかと思っていたわ」
「そ、そんな訳ないじゃないですかっ」
「ほんと、新堂君って分かりやすいわね……」
ある意味反応に困るわ。
そう呟くと、彼女は僕を見つめ、困り顔。
長い黒髪が、開いた窓から入り込む、春の柔らかな風と共に舞うように広がる。
さらさらとした、綺麗な髪だ。彼女を挟んで、窓と出入口が一直線な為、ドアの前で彼女と会話をしていた僕の所にまで、風に乗って彼女のミントのような爽やかな香りが漂ってくる。
本当に、絵になる先輩だと、思う。
この学校でも、そこそこ有名な彼女は、この文芸部の部員の一人だ。
さすがに彼女目当てで入部しようという輩が出るほどではないものの、かなり綺麗な容姿をしていると思う。
異性に興味の無い僕が思うのだから、間違いないだろう。
椅子に座り、手元の本に視線を下して、邪魔な前髪を指で耳に引っかける様に退かす仕草は、流石の僕でも、何やら湧き上がってくるものがあるくらいだ。
きっと、小難しい本でも読んでいるのだろう。
真剣な眼差しで、なんだか革で出来ている高級そうなブックカバーをつけて、文庫本サイズの本を読んでいる姿は、まるで映画のワンシーンのように様になっていた。
そんな先輩を見ていると、多少一歩を踏み出すのにも躊躇してしまうが、いつまでもドアの前で突っ立ているのもおかしいので、僕も彼女と向かい合うように、ドアの手前にある椅子に座る。
テーブルを挟んでいるとはいえ、手を伸ばせば届いてしまうような距離で、こんな綺麗な人と過ごすのは、やはり聊か居心地が悪い。
しかも、この先輩、かなり性格が悪いのだ。いや、性格が悪いってのは言い方が悪いか。
端的に言うと、悪戯好きとても言おうか。
さっきだって、僕が入部時に緊張のあまり、なかなか入室できないで、仕方なしに身体を動かしてリラックスしようとしている所を見られ、それ以降ずっとこのネタでからかってくるのだ。
最近ではやっと飽きて来たのか、弄りも短くなったが、当初は会話の殆どがこのネタ関連の話だった。
もっとも、普段ならそんな会話をぶった切ってくれる優しい優しい先輩もいるのだが、今日は姿がみられない。
「彼女なら今日は委員会があるから来られないそうよ。残念だったわね」
「いや、別に……ってなんで僕が考えている事がわかったんですか?」
「だから、貴方分かりやすいのよ。そんなキョロキョロしていたら、誰だって分かると思うわよ」
そんなキョロキョロしてたかな? そんなつもりなかったんだけど……。
「はぁ。なんだか読書の気分じゃなくなっちゃったわ。新堂君からかって気分転換しようかしら」
「先輩。この過ごしやすい陽気。今こそ読書ですよ。読書の秋ならぬ、読書の春ですよ」
「そうしたかったのに、どこかの誰かさんが視界の隅で、からかって欲しそうにしているから、できないって話をしているのよ?」
「おいまて、いつ僕がそんな仕草をしていた」
「オーラっていうか、雰囲気とでも言うのかしら? そういうのが、ね」
「まてまてまて。僕はそんな異能力者じゃないんだから、そんな訳ないじゃないですか!」
「あら、能力者でしょ? からかって欲しいオーラを出せる能力」
「糞ほど使えない能力ですね! それなら今すぐ捨てたいですよ!」
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