駅のプラットホームで
駅のプラットホーム。黄色い点字ブロックの手前に立ち、向かい側のホームの電子掲示板をぼんやりと見ていた。さっきポケットにしまったスマホの時刻は、22時を過ぎたところだった。
いつもだったら、電車に揺られている時間。
別に同じ時間に、同じ電車に乗らなくちゃ気持ちが悪いとか、そこまで細かくない。まあ、早く帰れるのに越したことはないけれど。
それに、と思う。
いつもの電車に乗ると、必ずといっていいほど見かける人がいた。
その人は、向かい側に着いた電車に乗るのだ。
自分と同じように、スーツで、かみの毛を整髪料できっちりと固めている人。きっと、歳も同じぐらいだろう。
同僚でも、級友でも、知り合いでさえもない。
ただ、よく見かけるなと気になったときに、バチっと目が合ったことが始まりだった。
最初は、目が合った気まずさから目をそらしていたのに、ある日、相手がにやっと笑ったんだ。それにつられて笑ってから会釈をするようになった。
どこに住んでいて、どんな仕事をして、どんな性格をしているのか知らない。
ただ、なんとなく会うのが当たり前のようになっていて、時折、会えないと、物寂しさを覚えるようになった。
今日は、タッチの差で遅かった。
「走ったら間に合ったかな」
向かいの電子掲示板を見ながらつぶやいた時だった。
その電子掲示板の下で、誰かが手をふっているのが視界に入った。
視線を向けると、
「あっ」と声が出た。
手を上げようとして、途中で思いとどまった。
もし、自分じゃない別の人に合図を送っているんだとしたら恥ずかしすぎる。
左右を見渡したが、誰も手を振り返している人はいない。
もう一度目線を戻すと、今度は、ちゃんと自分に手を振っていると確信できた。
いつも出会う彼が自分を指差していた。
そして、その指先を違う場所へ向けた。
「ホームを出ようってこと?」
わかったと、手を上げた。
駅の出口で待っている彼を見て、鼓動が速くなる。
別に彼女でも、特別大事な顧客でも、失敗したらいけないプレゼンでもないのに。
学生時代のわくわくする感じによく似ていた。
前に立つと、自分より拳一つ分、彼が背が高いことに気がついた。
「はじめまして。高田春仁と言います」
そして、思った通りのハスキーボイスだったことに、うれしさを感じ、
「こんにちは……あ、こんばんわか。野々口柊一です。今日、会えないと思っていたから、お会いできて、すごく嬉しい」
心臓がバクバクいっている。
彼は、ぷはっとふきだすように笑うと、自分の肩を軽く叩いた。
まるで、昔からの級友のように、親し気に。
見た目では、真面目な社会人の印象だったのに、意外とフレンドリーなのかもしれない。そう思うと少しずつ心拍が落ち着いてきた。
「わかる。俺もめっちゃ話せて嬉しいから。どう、これから一杯つき合わん?」
彼は、飲む仕草をした。
「いいね」
断る理由なんてない。
明日は、仕事だということも忘れそうだ。
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