第197話 激情

「さっきのはどういうつもり」

「…………」


 スタビーから逃げた後、ラブリィレッドはブルーを建物の壁に叩きつけるように押しつける。その声音には隠しようもない怒気が籠もっていた。それこそフュンフのかけた変身時の制約すら突き抜けてしまいそうなほどに。

 明確な怒りを滲ませるラブリィレッドを前にブレイブブルーは何も言わない。ただ黙ってされるがままになっているだけだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! どうしたんですか二人とも!」


 そんな二人の元に慌ててやってきたのは撃たれたアルマジブラザーズの長兄の介抱をしていたホープイエローだ。やってきた魔法少女統括協会の魔法少女達にあったことを説明してから二人を探しに来て目にしたのが目の前の光景だ。

 面喰らうのも無理は無い。驚いているのには他にも理由があるのだが。


「二人が向かった後に少ししたらあのビルが突然溶け出して大変なことになるし……いったいあそこで何があったんですか?」

「原因を知りたいならブルーに聞いて。私だって知りたいくらいなんだから。なんであんなことを……あんな馬鹿みたいなことしたのか。さっきからずっと黙ったままでさ。いい加減こっちも怒るよ。というかもう怒ってるし」

「えっと……」

「あなた達には関係無いわ」

「は?」

「私の事情はあなた達には関係無い。そう言ってるの。いい加減離してくれるかしら」

「っ!」


 胸ぐらを掴むラブリィレッドの手を、ブレイブブルーが驚くほど強い力で掴む。ともすればへし折ってでも離させようとしているかのように。

 だがここまでくればラブリィレッドにも意地がある。離させようとするブレイブブルーを意地でも離すまいとさらに力を込める。

 二人の睨み合いが続く。いよいよ一触即発となったその時だった。


「いい加減にしてくださいっっ!!」

「「っ!」」


 二人の間に割って入ったのはホープイエローだった。その顔は二人が見たことないほどに怒りに満ちていた。


「どうしてわたし達が喧嘩しなくちゃいけないんですか。そんなのおかしいです。まずはちゃんと話合いましょう。そうしないと何もわからないじゃないですか。ね?」

「イエローの言うことはわかるけど。でもブルーは……」


 ラブリィレッドがここまで怒っているのはブレイブブルーが勝手な行動をしたからということもある。だがそれ以上に、自身の命を投げ捨てるような真似をしたからだ。

 もしあの時ラブリィレッドの鎖が間に会わずにスタビーに触れられていたらどうなっていたか。想像するだけでも恐ろしい。

 ラブリィレッドは先ほどまでいたビルの方に目を向ける。そこにあったのは、半分ほど溶けて内側の鉄骨までむき出しになったビルの姿。たった一度触れただけであの有様だ。

 もし直接触れられていたらそうなっていたのはブレイブブルーの方かもしれなかった。それがわからないブレイブブルーではない。


「あの時のブルーは完全に冷静さを失ってた。それくらいはわかってるんでしょ。言っとくけど冷静だったなんて間抜けなこと言わないでね。ホントに殴っちゃうかもしれないから」

「…………」

「まただんまり? そんなに自分に都合の悪いことを言われるのが嫌なの? 無策で何も考えずに突っ込みましたーって」

「あの時あなたが止めなければあいつを斬ることができていた」

「あの時私が止めなかったらブルーは死んでた!」

「たとえ死んだとしても構わなかった! それであいつを倒すことができたなら!」

「っ、ふざけるなっ!! お前ホントに――」


 いよいよラブリィレッドの怒りが限界に達しようとしたその時だった。

 乾いた音が鳴り響く。ラブリィレッドではない。二人の話を聞いていたホープイエローがブレイブブルーの頬を叩いたのだ。


「死んでも良かったなんて、冗談でも言わないでください」


 目に涙を溜めながら言うホープイエロー。まさかホープイエローから平手打ちをされると思っていなかったのか、ブレイブブルーは叩かれた頬を抑えたまま呆然としていた。


「わたしはその現場にいなかったので、全てを知ってるわけじゃありません。どうしてブルーがそんなに激情に駆られたのかも。でも死んだとしてもだなんて、そんなのあんまりです。教えてください。いったい何があったんですか」

「…………」

「わたし達、仲間じゃないですか」


 だから教えて欲しいとホープイエローは言う。

 しかし――。


「いい加減離してくれるかしら」


 何も答えないままラブリィレッドの手を振り払い、二人に背を向けてブレイブブルーは歩き出す。


「ブルー!」

「このまま何も言わずに行く気!?」


 二人の呼び止める声にブレイブブルーは一瞬だけ足を止める。振り返ったその瞳には、抑えきれぬほどの怒りが滲んでいた。


「あいつはわたしの獲物なの。あいつは、あいつだけは何があってもどんな手段を使っても殺す。誰にも手出しはさせないわ」


 それだけ言い残して飛び去るブレイブブルー。

 残された二人はどうすることもできず、ただそれを見送ることしかできなかった。

 そしてそれからブレイブブルーは――青嵐寺零華は二人の前から姿を消した。

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