第188話 エンジェルメロディの記録
「私はね、いつかみんなに愛と笑顔を届けられる魔法少女になるの!」
そう言って笑っていた彼女はその言葉通りに魔法少女となり――そして今はもういない。
手にした資料に書かれた名前を見て、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
オレが魔法少女になってからずっと探していたもの。いや、正確には探そうとしていたもの。もしかしたらあるかもしれないと思っていたからな。
詩音のことが書かれた記録が。この『グリモワール』に来てからその考えはほとんど確信へと変わった。
この資料室にくれば詩音の魔法少女としての活動を知れるかもしれない。あいつの身に何が起こったのかを知れるかもしれないって。
それがオレが金以上に魔法少女を続ける理由にもなっていた。
だがどうにも探す足が進まなかった。オレはビビってたのかもしれない。あいつがどうなったのかがわかってしまうことに。
でもいつまでもそんなことを言ってられるわけもねぇ。だから最近はずっとこの資料室で探したりしてたんだが……。
「まさかトイフェルシュバルツに教えてもらって見つけることになるなんて。いや、これもいい機会ってことかな。いつまでも避けたままじゃいられないし」
オレはあいつが魔法少女になってからの活動についてはある程度は知ってる。だが全部を知ってたかってーとそういうわけでもねぇからな。こうして魔法少女として活動してわかった。何も知らない一般人には話せることと話せねぇことがあるってことが。
今で言うとオレと空花の関係が昔のオレと詩音の関係に近いのかもしれねぇ。
空花にオレの活動を全部話せるかっていうとそういうわけでもねぇからな。あいつもたぶんオレに全部を話せてたわけじゃねぇんだろう。
その話せて無かった話がこの資料には書かれてるかもしれない。あいつと同じ立場になったからこそ知れることがあるはずだ。
「…………ふぅ」
行きを吐いて気持ちを落ち着ける。
勢い良く中を開いて資料に目を通す。中に書かれているのは詩音が『エンジェルメロディ』が魔法少女として解決してきた事件の数々。
ペット探し、失せ物探し、それからもちろん怪人の捕縛まで。記録に残っている上では怪人は全部捕縛だった。誰一人として殺してない。いかにもあいつらしいというか。怪人相手でも優しさを持ち続けてたんだろうな。
書かれている内容に特に特別なものはなかった。オレが普段魔法少女として受けてる依頼と特に変わらねぇし。
魔法少女は依頼を受けて完了したら魔法少女統括協会へ報告する義務がある。この資料はそれを纏めたものなんだろう。それを全員分だからな。そりゃこんな膨大な空間が必要になるわけだ。
こうして『エンジェルメロディ』の記録を読んでるとあいつの軌跡に触れてるみたいで少しだけ懐かしい気持ちになる。
記録を見ているとチラホラとオレが詩音から直接聞いた話とかもあって、あいつが魔法少女として活動してたのは嘘じゃなかったんだなと少しだけ感慨深い気持ちになった。
「……あれ、ここまで?」
資料を読み終わったオレは首を傾げる。
記録が途中で終わってたからだ。一応あいつが魔法少女として活動してた期間は知ってる。だけどそれはこの資料は途中で記録が終わってた。まさかその間活動してなかったってことはねぇだろうし。
「もしかして複数に分かれてるのかも。他の魔法少女の記録もいくつかにわかれてるみたいだし」
チラッと棚の方を見てみれば、他の魔法少女もナンバリングされていくつかの資料に分かれてるみたいだしな。
そう思って資料が入っていた本棚を探したが、今持ってる一冊だけしか見つからなかった。
でもそんなはずがねぇ。あいつが魔法少女として活動してた期間はもっと長いはずだからな。どういうことだ?
「おかしい。他の魔法少女は何冊もあるのに、『エンジェルメロディ』だけ一冊だけだなんてあり得ない」
オレは本を持ってこの部屋を管理してる人物の元へと向かった。
そこに居たのは眠たげな顔をした魔法少女。近づいたオレを一瞥することもなく本を読み続けてる。
「あの」
「はいはーい。なんですかぁ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「えー? 資料なら自分で探してくださいねぇ。面倒なんでぇ」
「くっ」
こいつ、初めて会った時もこんな感じだったな。最初からこいつが教えてくれりゃ探す苦労をすることも無かったってのに。
「あの。そうじゃなくて。この資料のことなんですけど」
「えー……どれですかぁ?」
心底めんどくさそうな顔でオレが持ってきた資料を見る女。
だが、そこに書かれた名前を見て一瞬だけ表情を変えたのをオレは見逃さなかった。
「……これがどうかしたんですかぁ?」
「続きが無いんです。他の魔法少女はナンバリングされて他にも資料があるのに、この『エンジェルメロディ』だけ他には無くて」
「そう言われましてもぉ。本はここに置いてあるだけですよ」
「それはわかってるけど。でもおかしいじゃないですか!」
つい語気が荒くなる。だけど前にいる奴は涼しい顔のままだった。
こいつは何か知ってる。それは間違いない。だけどそれをオレに教える気はないらしい。
「とにかく、無いものは無いですから。あぁそれと、その資料はどこで?」
「? なんでそんなこと」
「いえ、なんでも。その資料はこちらで回収しておきます」
「貸りたいんだけど」
「あー、残念ですが許可できません。というわけで、回収させてもらいます」
「ちょっ!?」
有無を言わさず手に持っていた資料を回収される。
反論する暇すら無かった。
この態度はいくらなんでも怪しすぎるだろ。いったいなんだって言うんだ。
「まぁ不満なのはわかりますけど。納得してくださいとしか言いようがありません」
これ以上の質問は受け付けないと言わんばかりに読んでいた本へ目を戻す。
あーそうかよ。あくまでそういう態度なんだな。
これ以上苛立つのも嫌だったオレはそのまま出て行くことにした。
「やっと手がかりをみつけたと思ったのに。いったいどういうこと? ううん、でもやっと見つけたんだから……絶対に続きを見つけてみせる」
さっきの奴は絶対何かを知って隠した。
絶対にそれを暴いてやる。
オレはそう決意を新たにした。
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