第173話 世の中思い通りに行かないことの方が多い

 オレはあのまま紫姫を教室に戻したことを早速後悔することになった。

 少し時間を置いてから教室に戻ったオレに突き刺さったのはクラスメイトからの好奇と懐疑の視線。中には侮蔑するような視線まで混じってる気がしやがる。

 原因なんか考えるまでもねぇ。オレはクラスの連中に囲まれてる紫姫を睨む。あいつ、何言いやがった。

 

「?」


 だがオレが睨んでもあいつは何かを理解した様子も無く、無表情なまま首を傾げてた。

 そんな状況の中でオレに近づいてきたのは微妙に困った顔をした亮平だった。クラスの連中の中でオレにまともに話し合えるのは青嵐寺か黄嶋か空花か亮平くらいだ。空花と亮平はともかく、青嵐寺や黄嶋がこの状況で来るとは思えねぇ。

 たぶんクラスの奴らに何か言われて来たんだだろうな。


「えっと……なぁ晴輝、月夜さんとどういう関係なんだ?」

「別にどういう関係でもねぇよ。ただの知り合いだ。ちょっと訳あって知り合っただけのな」


 別に嘘はついてねぇ。

 オレとこいつの関係は、ただ朝登校する時に知り合った程度の関係でしかねぇ。

 オレだって名前以上のことなんてほとんど知らねぇ。状況はこいつらと似たり寄ったりだ。ただ違いがあるとすればオレはこいつが魔法少女だってことを知ってるくらいだろう。

 それだってこいつはあっさり明かそうとしてやがったけどな。

 今日こいつと会ったのはあくまで偶然だろう。じゃなきゃ困るしな。少なくともオレが昨日会ったラブリィレッドだってことには気づいてないはずだ。希望的観測ってやつかもしれねぇが。

 だが、そんな答えじゃ亮平も他の奴らも納得はしてくれなかった。


「いやいや、そんなわけねぇだろ! 急に教室の外に連れ出すわ、しかも戻ってきたと思ったら月夜さんは晴輝に言うなって言われたから言えないの一点張りだしよ」

「あいつ……」


 なんか頭痛くなってきやがった。確かに言った。魔法少女だってことは言うなってな。でもただそれだけだ。第一この状況でんなこと言ってたらどうなるかなんて……いや、あいつに何か期待するだけ無駄か。

 考え方を変えろ。あいつに臨機応変な対応なんて期待するな。

 あいつは言われたことをそのまま真に受ける奴だと思えばいい。少なくとも言ったことは守ってるみたいだしな。それだけ良しとするべきだと思うしかねぇ。じゃなきゃやってられねぇ。

 とはいえだ。この状況をどうやって切り抜ける。

 知らぬ存ぜぬで突き通しちまってもいいが、それであいつに質問が集中してボロが出てもごめんだ。

 だからってこいつらが納得するような答えを持ってるかって言うとそれも違うしな。

 八方塞がり。もういっそのこと全く知らねぇで突き通すか? 今更こいつらにどう思われようがたいして気にもならねぇしな。というかそれこそ今更な話だ。

 適当に怒鳴りゃこいつらも引き下がるだろ。



「てめぇらいい加減に――」

「あのっ!」


 一喝してやろうとしたオレの言葉を遮るように黄嶋が立ち上がる。突然大きな声を出したせいで今度は黄嶋に一気に視線が集中する。

 今までに浴びたことのないような視線の量に一瞬たじろいだ黄嶋だったが、なんとか堪えたみたいだ。

 どうしたんだ急に。


「い、色々と月夜さんのことについて気になるのはわかります。ですけど、そろそろ1時間目も始まるので授業の用意を……その……するべきではないかと……思います……」


 勢いよく喋りだした黄嶋だったが、視線の圧に耐えきれなかったのか言葉がどんどん尻すぼみになっていく。

 そこは最後まで強気で言い切れよって言いたいが……まぁあいつにしては頑張った方か。

 今までの黄嶋なら考えられなかっただろう。

 担任の桜木も今がチャンスだと思ったのか、パンッと手を叩いて全員に席に座るように促す。


「はーい、それじゃあみんな席に座ってー。連絡事項もあるから手短に伝えちゃうね。あ、そうだ。月夜さんの席だけど……うーん、紅咲君と知り合いなら紅咲君の隣にしようかな」

「はぁ!? おいあんた何言って」

「ごめん。本当にもう時間が無くて。お話ならまた後で聞いてあげるから。教科書とかもまだ無いみたいだから今日は見せてあげてね。えっと、それで連絡事項なんだけど。今日は三時間目と五時間目が入れ替えで――」


 結局オレの意見は封殺され、紫姫がオレの隣の席へとやってくる。


「よろしく」

「……はぁ、なんでこうなんだよ……オレが何したってんだ……」


 オレは深くため息を吐きぼやくように呟いたが、その独り言は誰にも聞かれること無く空へと吸い込まれていった。

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