第136話 殴り愛

 半ばから真っ二つに砕けた己の大剣を目にして、オウガは驚きに目を見開いた。そして、それと同時にこれ以上ないほどの歓喜の感情を覚えた。

 オウガの使う大剣に銘は無い。ただひたすらに硬く、頑丈で、オウガの力に耐えうる武器だから使っていただけだ。

 しかし、その武器が砕かれたのだ。オウガが頑丈だと認めたその武器が。


「だらぁっ!!」

「うぐっ!?」


 オウガが驚いてるその間隙を縫ってレッドが渾身の蹴りをたたき込む。後ろに飛ばされたオウガは空中で体勢を立て直して着地する。


「…………」


 まともに入りはしたものの、ダメージとしてはそう大したものではない。許容範囲内だ。しかしそれでも確かに蹴られた場所にレッドの熱を感じた。


「これでてめぇの獲物は無くなったぞ」

「確かに……だが、それがどうしたというのだ」

「なんだと?」


 立ち上がったオウガはこれ以上ないほどに笑みを深くしていた。


「勘違いをしているようだから教えてやる。俺が大剣を使っていたのは、この強すぎる力を抑えるためだ――ふんっ!!」

「っ?! んなぁっ!?」


 グッと拳を握りしめたオウガが、その拳を地面に叩きつける。その一撃で大地が揺れた。

 離れた位置にいたレッドにもその衝撃が伝わるほどの揺れだ。


「俺自身の本当の武器はこの拳だ」

「……つまり、こっからが本気ってわけか」

「そういうことだ。ぬぉおおおおおおおおおおおっっ!!」

「くっ……いいぜ。だったらこっちだってやってやる。はぁあああああああああああっっ!!」


 凄まじいほどの闘気がオウガの体から放たれる。負けじとレッドも全力の力を振り絞り、その小さな体躯に見合わぬ闘気でオウガの闘気を押し返した。


「「いくぞっっ!!」」


 同時に駆け出した二人は全く同じタイミングでパンチを放つ。

 ぶつかり合うレッドとオウガの拳。凄まじい威力を内包したその攻撃はぶつかり合うだけで衝撃波を生む。

 殴り、殴られ、ぶつかり合う。それでも互いに決して一歩も引かなかった。

 おおよそ魔法少女と怪人の戦いというには似つかわしくない光景だった。

 男と男、魂と魂のぶつかり合い。

 

「ふははははははははっっ!! 最高だ、期待以上だぞラブリィレッド!! なぜ倒れない。なぜ立ち上がる!」

「うるせぇっ! 俺はてめぇを殴り飛ばす! ただそんだけだっ!!」


 オウガが一発殴ればレッドは二発、三発と殴り返す。リーチでオウガに負けているレッドはそうしなければダメージレースで負けてしまうことは明白だった。

 

(重い。こいつの拳、今まで戦ってきた誰よりも。だが負けねぇ、絶対に!)


 今、レッドを立たせているのは『負けてたまるか』という想い。ただそれだけだった。

 すでに立って居られるのが不思議なほどのダメージが蓄積していた。

 体の感覚はほとんど失われている。極度の興奮状態にあることで痛みすら忘れ去っていたのだ。

 オウガの拳はレッドが今まで戦ってきた誰よりも重く、そして強かった。大剣を握って攻撃していた時が可愛いと思えるほどに。


(あぁ、だがなんだこの感覚。殴られてんのに、どんどん体が軽くなっていきやがる。奥底から力が溢れてきやがる)


 レッドは気づいていなかった。

 これがもはや勝負の域を超えて想いと想いのぶつかり合いとなっていることに。

 オウガの持つ闘争への愛がレッドの『愛』を根源とする力に呼応していたのだ。


「だらぁああああああああっっ!!」

「はぁああああああああああっっ!!」


 オウガが肘打ちをすれば、レッドが膝蹴りからの踵落としで反撃する。

 血反吐を吐きながら、それでも二人は殴り合うのをやめなかった。


「っぁあ!!」

「らぁっ!!」


 クロスカウンター。

 互いに吹き飛び、とうとう地面に倒れ込む。


「っぅ、ゴホッ、ゴホッ!! ぁあ……クソが……」

「はぁ、はぁ……っぅ」


 そのまま眠りに落ちれればどれほど楽だろうかという考えが一瞬レッドの脳裏によぎる。

 しかしそんな馬鹿げた考えを振り払い、震える体で立ち上がろうとする。視界すらも眩む中で、それでもまっすぐにオウガだけを見据えて。

 オウガも同様だった。力を引き出しすぎたせいで体の中に熱が溜まり、放出できずにいたせいで暴走寸前となっていた。

 それでも自分の体のことを無視して、レッドとの戦いにだけ全神経を注ぎ続けていたのだ。


「次で……決めてやる……」

「あぁ、いいだろう。受けて立つ」

「っっ、はぁああああああああああっっ!!」


 直進してきたレッドをオウガはストレートで迎え撃った。

 その拳がレッドの当たる直前、レッドは滑り込むようにしてレッドの懐に飛び込んだ。


「っ!?」

「これで終いだ」


 グッと拳を握りしるレッド。残った力を全てその拳に込めた。


「『羅武理拳ラブリィフィスト』!!」


 腕を振り抜いた姿勢のままのオウガは迫り来る拳を避けることができず。

 渾身のアッパーカットがオウガを貫いた。

 

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