第135話 限界を超えて
細かい作戦など何も無かった。
今のラブリィレッドの頭にあったのはオウガを殴り飛ばす。ただそれだけだ。
「だ、らあぁあああああああっっ!!」
「正面突破か、面白い!」
オウガは小細工無しに正面から仕掛けてきたレッドに笑みを浮かべ、大剣を構えて迎え撃つ。
「ぬぅんっ!!」
レッドが攻撃範囲に入ったその瞬間、音速を超えた速度で大剣が振り下ろされる。
しかし、振り下ろした先にレッドの姿は無かった。
「おせぇんだよっ!!」
すでにレッドの姿はオウガの懐へと潜り込んでいた。
オウガの予測を超えたレッドの速さにオウガは一瞬目を見開く。
しかし今のレッドにはその程度の隙ですら十分だった。
「らぁっ!!」
レッドの拳がオウガの腹にめり込む。
オウガの半分ほどの身長しかないレッドの一撃でその巨大な体躯が浮き上がった。
「もういっちょっ!!」
オウガが体勢を戻す前にレッドは連撃を仕掛ける。
しかし、その体の想像以上の硬さにレッドは顔を顰める。ここに来て初めてオウガにダメージを与えたレッドだったが、その拳も確かに傷ついていた。
「お前の体硬すぎんだろ」
「ふん、それが自慢でもあるからな。だが、ダメージを負ったのは久しぶりだ。膝をつかされたのもな。今のはいい攻撃だったぞ」
オウガは手で口の血を拭いながら、立ち上がる。
(ちっ、クソが。今のまともに入ったのでも大したダメージじゃねぇのかよ。こっちの拳は結構な痛手だってのに)
レッドはヒラヒラと手を振りながら内心で悪態をつく。
オウガは特別なことは何もしていない。もって生まれたその肉体が特別なのだ。
魔法が効かないだけじゃない。尋常ではなく硬い肉体を持っていた。
(だがそれでも殴り続けるしかねぇ。何が何でも殴り勝つ)
レッドはそう決意を込めて、グッと拳を握る。オウガの体に魔法が効かない以上、レッドに残された正気は殴り勝つことだけだった。
「ん? これは……」
レッドの懐で光るものがあった。レッドが魔法を使う時に使っている杖だ。
威力が上がるのはいいものの、あまりにも可愛らしいデザイン過ぎて実は少しだけ使うのが嫌だった杖。それが何故か光を放っていたのだ。
「なんだ? っ!?」
レッドが何か取り出そうとするよりも早く、懐から勝手に杖が飛び出してきた。
飛び出した杖はまるで粘土のように形を変えてレッドの両拳に巻き付いた。
「こいつは……まさか、オレの手を守ってくれるってのか? いや、それだけじゃねぇな。この形……はっ、殴るのにうってつけじゃねぇか」
レッドは手に巻き付いた武装、ナックル・ダスターを見て笑みを浮かべる。
(ベア・ナックルみたいに先端にかぎ爪みたいなのがついてるわけじゃねぇ。たが、ただ単純に拳を守るってだけじゃなさそうだ。魔力を吸ってパンチの威力を上昇させる。そんなとこか。今のオレにはぴったりだ)
「これで思う存分あいつを殴れる」
今のレッドとオウガの間合いは中距離。それはオウガに有利な間合いだ。レッドが有利に戦うためにはもっと近づく必要がある。
「今度はこちらから行くぞ、レッドォオオオッッ!!」
ズンッ、と地面が陥没するほどの勢いでオウガは踏み込んで来る。
振り上げられた大剣は一撃で全てを破砕するだけの威力が込められている。
「『龍堕とし』!!」
「くっ」
「『虎砲塵』!!」
レッドに息つく暇も与えぬ怒濤の連撃。当たれば一撃で全てを持って行かれるであろうその攻撃を、レッドは紙一重で避け続けながら少しずつ距離を詰めていく。
この時ばかりはレッドの小さな体躯が役に立った。
「その体に負った傷。まともに動かせる状況ではないだろうと思ったが、存外よく動く!」
「そいつは、ありがと、よっ!!」
「甘いぞ!」
地面に手をついたその勢いでドロップキックを決めようとする。が、その動きはオウガに見透かされていた。片手で軽々と防がれてしまう。反撃としてたたき込まれたオウガの拳をレッドはまともにくらってしまい、地面を転がされる。
それでも今度はすぐに立ち上がった。それを見てオウガは不可解なものを見る目でレッドのことを見つめる。
「わからんな。その体……動かすだけでも相当つらいはずだが。一体何が貴様にそこまでさせる。魔法少女としてのプライドか? それとも守るべき存在がいるから、とでも言うのか?」
「っぅ……さぁな。知らねぇよ」
オウガの言うとおり、レッドの体に蓄積されているダメージは相当なものだった。そもそもさっき受けたダメージすらまともに回復したわけではない。痛みもある。
ただそれでも動けるから動いているだ。心の奥底から湧き上がる激情がレッドの体を突き動かすのだ。
「オレに魔法少女としてのプライドなんかねぇ。守るべき存在ってのもいまいちピンとこねぇ。だがそれでも……てめぇはオレのダチに手を出そうとした。そんだけでオレがお前を殴るには十分なんだよ」
「ダチ……ククク……アハハハハハハハハハッッ!! ダチ、そうか! ダチか!」
「何がおかしいんだよ」
「いや悪い。だが、思いもしない言葉が返ってきたのでな。今更ながら、お前という人間にも興味が湧いてきたところだ」
「はっ、そいつはありがと……よっ!」
レッドは地面を思い切り蹴って砂を巻き上げる。巻き上げた砂の中にその体を隠すためだ。
「無駄だ。いかに姿を隠そうが、貴様の気配がどこにあるかは手に取るようにわかるぞ!」
見える見えないはオウガにとって問題では無かった。
オウガは一瞬でレッドの居場所を見つけると、そこに向けて大剣を振り下ろした。
「そう来ると思ったぜ」
「っ!?」
オウガは驚きに目を見開いた。
レッドが、その両拳で大剣を挟み込んでいたからだ。
白刃取りなどというものではない。ただ強引に、力で止めただけ。
しかしそこに求められる技量は並のものではなく、何よりもその度胸にオウガは内心で舌を巻いたのだ。
もし寸分の一秒でも挟み込むタイミングがずれていればオウガの剣はレッドを真っ二つに両断していただろう。
「っぅ、くぅううっ!!」
ピシリと、オウガの大剣に罅が入る。
そして――。
「だ、らぁああああああああああっっ!!」
オウガの大剣が真っ二つに折れた。
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