第134話 『水光霊剣』

 『水光霊剣』。

 それは、零華――ブレイブブルーがずっと練習していた技だった。剣による物理的な攻撃だけでなく、魔法による攻撃を可能にするための技。魔力を込めれば込めるだけ威力も切れ味も上昇する。

 普段ブレイブブルーは魔力を剣の切れ味を上昇させることや、身体能力を上げることにばかり利用している。それ自体はブレイブブルーの強みである剣をより強く使うために必要なことだった。

 しかし、同じく剣使いである教官――ソードメイデンに指摘されたのだ。

 その戦い方では限界があると。ある程度までは強くなれても、その先は望めないと。

 そう指摘されて以来、ブレイブブルーはずっと鍛錬を重ねてきた。魔力で剣を作り上げる鍛錬を。だが、これまでとは根本的に違う魔力の使い方にその鍛錬は困難を極めた。

 ソードメイデンからも焦らず長い目で見て鍛錬を重ねるように言われたが、そう言われてはいわかりましたと言えるほどブルーは素直じゃなかった。

 毎日限界ギリギリまで鍛錬を重ね、形だけは完成したのがつい先日の話。まだラブリィレッドにもホープイエローにも話したことの無いブレイブブルーの奥の手だ。

 まだ実践段階で用いるには鍛錬が足りなかったが、この段階に至って隠し続ける意味もなかった。


「なんだその剣は……」

「見ての通りだけど。これが折れた剣の代わりよ」


 呼吸を整えながらブルーは剣を構える。魔力を剣の形にして保ち続ける。それは見た目以上に細かい制御が要求される。そして、同時に大量の魔力も。

 気を抜けば一瞬で制御を失い、剣はその形を保てなくなるだろう。今もまがいなりにも形を保てているのは折れた剣を芯として利用しているからだ。

 一から全てを作るよりも魔力の消費は少なくなる。


「なるほど……ただの剣では俺の体を傷つけられぬからと、小細工を労したわけか」

「ただの小細工かどうか……確かめてみる?」


 ブルーは一気に踏み込んでライオネルとの距離を詰める。今のブルーはこれまでになく集中力が高まっていた。剣のキレも同様に。


「『水翔閃』!!」


 下から上への逆袈裟斬り。ライオネルはとっさに回避した。それは今までずっと回避せずに正面から受け止め続けていたライオネルが初めてとった行動だった。

 今の一撃にライオネルは本能的に危機感を覚えたのだ。


「どうしたのかしら? まさか私の剣を受ける度胸がないの?」

「ふん、そんな安い挑発に乗ると思うな」


 ライオネルはあくまで平静を装いながらそう言うが、避けたという事実が何よりも如実にブルーの剣が今のライオネルにとって脅威であることを示していた。


「物理を弾く体でも、やっぱりこの魔力でできた剣は防げないのね――『螺旋水剣』!」

「うぐぅっ!」


 渦巻くような水の刃がライオネルの体を切り裂く。この戦闘が始まってから初めて負わされた傷だ。

 そのことに手応えを感じながら、それでもブルーは決して油断はしていなかった。ライオネルも、そしてその手に持つ魔剣『血桜』も、まだ決して真価を発揮していないことはわかっていたから。


(今、ギリギリで直撃を避けられた。初めて見せた技だったのに、それでも反応された。やぱり油断できない。今も攻め手を緩めたら反撃に転じられる。その前に決着をつける!)


 ブルーは短期決戦で決着をつけるつもりだった。そうしなければブルーの自身の魔力が持たないからだ。


(魔力バカのレッドと違って私の魔力量は平均レベル。今の状態は栓の抜けた浴槽みたいなもの。あっという間に魔力は底を尽きる。そうなったら今度こそ勝ち目は無くなる)


「『水蓮』『氷嵐』『蒼天堕とし』!!」

「がはぁっ?!」


 薙ぎ、突き、そして袈裟斬り。流れるように三つの技を同時に放ったブルーは最後の一撃に確かな手応えを感じた。

 肩から斜めに斬られたライオネルはくぐもった悲鳴を上げながらブルーのことを睨み付ける。


「くぅっ、調子に乗るなぁっ! 『血桜』!! 俺の血を吸え!!」

「っ!」

 

 ライオネルが手にした深紅の太刀がライオネルの血を吸って歓喜するように赤い光を放つ。


「く、ぉおおおおおおお。もっと、もっとだ、力をよこせ『血桜』!!」

「自分の血を……っ、『水翔閃』!」

「ソノ技はもウ見切っタゾ」

「っ!」


 剣を振り切った先にライオネルの姿は無かった。そしてその直後、背筋に走った悪寒にブルーはとっさに身を屈めた。

 結果的に言えばその判断は正しかった。数瞬前までブルーの首があった位置をライオネルの太刀が通り過ぎたのだ。もし立ったままであればブルーの首は跳ね飛ばされていただろう。


「運ノいい奴ダ」

「あなた……その魔剣に呑まれて……」


 明からに先ほどまでとは様子の違うライオネルを見て、ブルーはライオネルが魔剣に呑まれかけていると判断した。事実、太刀を持っている右腕だけが異常に大きくなっていたのだ。


「否、呑まレテなどイナい……だが、アァ、心地ヨイ……」


 これまでは強靱な肉体と、その精神力で魔剣の汚染を避け続けていたライオネルだったが、ブルーのからの連撃を受けてわずかに動揺し、そこに魔剣のつけいる隙ができてしまった。

 今はまだ正気が残っているが、このままではいずれ完全に呑まれること想像に難くなかった。


「ウォオオオオオオオオッッ!!」


 『血桜』から発せられる赤い光がライオネルの体を包み、その体が一回り大きくなる。気づけば太刀は右手と同化し始めていた。

 しかしライオネルはそのことに気づかないまま、ただまっすぐにブルーのことだけを見つめていた。


「殺しテヤル……殺シテやるぞブレイブブルー!!」

「力を求めた代償。いいわ、私が受け止めてあげる!」

 

 同時に踏み込むブルーとライオネル。そして、二人は正面からぶつかり合った。

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