第115話 それは昔の夢②
それはずっと昔の夢。まだ詩音がいた頃の夢だ。
「えへへ、ハル君ハル君、見てこれ」
「あ、なんだよ」
「じゃーん!」
得意げな様子で詩音がオレに向かって差し出したのは一枚の紙。
そこには『魔法少女適性検査結果』と書かれていた。
ざっと流して目を通したオレは一番下の部分を見て目を見開いた。そこには『適性アリ』の一文。
それの指し示す意味は一つだけだ。
「お前、あの検査ホントに受けてきたのかよ!」
「もちろん。言ったでしょ。小さい時からの夢だったんだから。あぁ、やっとだよ。やっと夢が叶う……」
結果の書かれた紙を大事そうに抱きしめながら万感の思いを込めて呟く詩音。
詩音が小さい頃から魔法少女に憧れてたのは知っていた。この『魔法少女適性検査』を受けることも。
だが、オレはそんなことを急に言われると思ってなかったせいで上手く頭が回っていなかった。
「魔法少女になるって、お前……」
「どうしたの? そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「そりゃ驚くに決まってるだろ! 受ける気があるのは知ってたけど、でもだからって」
魔法少女になる。それは口で言うほど簡単なことじゃない。
詩音に付き合わされて魔法少女についての知識は多少ある。でも、だからこそわかる。魔法少女ってのがどれだけ危険はものなのかが。
テレビで報道されてるような華々しい活躍だけじゃない。その裏にどれだけの犠牲があるのかも。だからこそ素直に喜ぶことができなかった。
「本気……なのか?」
「もちろん本気だよ」
そう言う詩音の目に一切の迷いはなかった。
本気で魔法少女になると、そう言ってるんだろう。
「ハル君が心配してることもわかるけど。私はそれでも魔法少女になりたい。ずっと小さい頃からの夢、絶対に諦めたくなかった夢だから。あの時からずっと」
「…………」
わかってる。こいつが魔法少女に憧れるようになった理由も、オレもあの時その場にいたから。オレも魔法少女に救われた人間だから。
詩音が本気なのはわかった。オレの言葉じゃこいつの意思を変えられないことも。
「その……いつからなんだ?」
「明日さっそく私と契約してくれる妖精と会う予定だよ。まだどんな妖精なのかは知らないんだけど。でも、契約したらそこからさっそく動き始めることになると思う」
「そうか……」
あまりに急な話に頭がついていかない。
「ふふ、そんなに心配しないで。私は大丈夫だから」
「なんでそんなに自信あるんだよ」
「だって、私だから」
「理由になってねぇだろそれ」
「なってるよ。これから魔法少女になって色んな人を助けようっていうのに、自分のことを信じられないでそんなことができるわけない。だから私は私を信じてる。きっと世界で一番の魔法少女になれるって」
「なんつー自信だよ」
だが、それが本気なのはわかった。詩音の目には迷いがない。
そしてだからこそ可能性も感じさせた。こいつなら本当に世界で一番の魔法少女になれるかもしれないと。
「なってみせるよ。みんなを守れる魔法少女に!」
「そーかよ。それならやれるだけやりゃいいんじゃねぇか?」
「もう、素直じゃないなぁハル君は。素直に応援するって言えばいいのに」
「ふん」
意地の悪い笑みを向けてくる詩音から目を逸らす。
こいつには何言っても無駄だ。そんなことわかってるからな。
「その……なんだ。まぁ、頑張れ……よ」
「っ!!」
「な、なんだよ」
「今なんて言ったの? もう一回言って!」
「いやに決まってんだろ! もう二度と言わねぇ!」
「えー、いいじゃない。言ってよー、さぁ、さぁさぁ!」
「だーっ! にじり寄ってくんじゃねぇ!」
そして言葉通り詩音は翌日から魔法少女として活動し始めた。
オレもまたこいつの活動に巻き込まれていくことになるんだが……この時はそんなこと知る由も無かった。
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