第95話 別に嫉妬はしてない

 眠気と戦いながら乗り越えた午前の授業。昼休みになる頃にはさすがに目も覚めたがな。

 オレが秋穂に作ってもらった弁当を取り出すと、当たり前のように亮平と空花がやってきた。


「あ、今日は空花も一緒なのかよ」

「たまにはな。男二人で食べるよりも私のような華のある存在がいた方がいいだろうからな」

「自分で華があるとか言ってんじゃねぇよ」

「事実だからな」

「まぁこいつの戯言なんていつものこと——ぶぎゃっ!」

「お前も余計なこと言わなきゃ殴られねぇのに」

「それでも……誰かが言わなきゃならないんだ。だから俺は言うぞ、このペッタン——」

「ふんっ!」


 あ、死んだ。

 亮平……ウザい奴だったが、悪い奴じゃなかったよ。


「とりあえず邪魔だから端に寄せていいか?」

「ふん、窓から放り投げてしまえ」


 パンパンと手を払いながらゴミを見るような目で亮平のことを睨む空花。

 まぁこいつの体は確かに貧相だが、あえてそれを口にするのは馬鹿の所業だ。


「おいハル。お前今何か失礼なこと考えなかったか?」

「っ、い、いや。なんのことだ?」


 どうやら考えるのもアウトらしい。こういう時の女の勘ってのは末恐ろしいもんがあるな。

 亮平の二の舞になるのはゴメンだからな、気をつけるとすっか。

 しばらくオレの真意を探るように睨みつけていた空花だったが、やがて小さく嘆息して弁当を机に広げ始めた。


「……まぁいい。ほら、さっさと食べるぞ」

「オレは元々食べようとしてたんだがな」

「よし、さっさと食べようぜ!」

「もう復活しやがったのか」

「ちっ、耐久化け物だな。次からはもっと強く殴るべきか?」


 空花に殴られて沈んでた亮平が速くも復活してくる。相変わらずとんでもない速度だ。

 そろそろ人間か怪しい領域だぞ。


「毎日殴られ続けりゃそりゃ少しは慣れるって。それにこれも二人からの愛だと思えばそれもまた嬉しいというか」

「純度百パーセントの殺意しかないけどな」

「少なくとも愛はねぇよ」

「ツンデレだな二人とも。この照れ屋さん共め」

「あー、なんかもうどうでもよくなってきた。もうツッコむのもめんどくせぇ」

「奇遇だな、私もだ」


 フィジカルだけじゃなくてメンタルまで最強かよコイツ。無敵じゃねぇか。


「そんなことよりもよー、これ見ろよこれ!」

「殴られたのがそんなことなのか……まぁいいけどな。で、なんだよ」

「それ……あれか、ホープイエローの記事。今朝ニュースで見た気がする」

「ホープイエローの?」

「おっ、珍しく晴輝も食いついたな。そうなんだよ“新人魔法少女、切り裂き魔の怪人を捕まえる!”まぁタイトルこそ陳腐だけど結構面白い記事だったぞ。何よりもほら、これ見てくれよ!」

「? これって……写真のことか?」

「そうだ! 滅茶苦茶綺麗に映ってるだろ? どうやらこの現場に記者の人が偶然居合わせてたみたいでよ。弓を構えた姿、キリっとした横顔……完璧じゃねぇか!」

「お前……尻の方に目がいってねぇか?」


 どの角度で撮ってたのか知らねぇが、ずいぶんギリギリのアングルだ。ホープイエローの衣装がオレのと違ってずいぶんピッチリしてるせいか、尻と脚がかなり強調されてる。端的に言うならエロく見える。

 これ確実に狙ってるだろ。


「ば、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! そんなわけないだろ!」

「鼻の下伸びてんぞ」

「はっ!?」

「確かにずいぶん際どい恰好だな。私ならとても羞恥で耐えられない」

「バッカお前、ホープイエローちゃんはこれがいいんだろうが! この姿で躍動感のある動きをして戦ってくれるからこそ全国の男子高校生に夢を与えてくれるんだ!」

「何を力説してんだお前は」


 亮平がバカなこと言ってるのはいつものことだからほっとくとして……確かにこの様子だと滅茶苦茶優秀みたいだな。

 子供を人質にとった怪人に臆することなく、子供を助けながら怪人を捕まえた……か。オレより後に生まれた新人だって話だが……優秀なのは間違いないらしいな。

 ……いや、別にこいつの活躍に嫉妬してるとかそういうわけじゃねぇよ? 魔法少女として活躍したいとか、有名になりたいとか一ミリも思ってねぇし、オレが活動制限くらってる間にとか一切思ってねぇから。


「……あほらし、誰に言い訳してんだオレは」

「どうかしたのか?」

「なんでもねぇよ。ってかホントに魔法少女のこと好きだなお前」

「当たり前だろ! 可愛い人もいれば綺麗な人もいる、しかも怪人から俺達のこと守ってくれてんだぜ? 好きにならないなんてことがあろうか? いやない!」

「何一人で盛り上がってんだ」

「この間まではラブリィレッド、ラブリィレッドって言ってたのにもう次の魔法少女なのか? お前の愛もずいぶん浅いな」

「おいおい空花、馬鹿だなぁ。ちげぇよ。全員平等に愛してるに決まってるだろうが! もちろんラブリィレッドのことだって今でも愛してるぜ」

「キモイんだよ!」

「ぶげらっ!? な、なんでお前が殴んだよ」

「あ……いや、お前が愛してるとかキモイこと言い出したからだろ」

「???」


 さ、さすがに今のは理不尽過ぎるか?

 いやでも愛してるとか言われて反射的に殴っちまった……もちろんオレに向かって言ったわけじゃねぇのはわかってる。あくまで『ラブリィレッド』に向けた言葉なんだろうが。

 それでもなぁ。


「あーでも、ラブリィレッドと言えば最近見ないんだよなぁ。前は連日のようにニュースになってたのに。なんかあったのかな? 心配だぜ」

「別に心配するようなことでもねぇだろ。ほっときゃその内戻って来る」

「冷めてんなぁお前。心配するファン心理ってもんをわかってねぇ。彼女は他の魔法少女みたいにSNSやってるわけでもねぇし」

「やるわけねぇだろそんなの」

「なんか言ったか?」

「なんでもねぇよ。そんなことより——ん?」

「どうかしたのか?」

「いや、黄咲の奴がすいぶん慌てて教室出てったからな。それが目についただけだ」


 いつも目立たないだけに、あぁいう姿を見るのは珍しい気がするな。

 まぁだからなんだって話なんだが。


「「…………」」

「なんだよその顔」

「晴輝が女子に注目するなんて珍しいことがあるもんだなと」

「あぁ、どういう風の吹き回しだ?」

「はぁ?! なんでそうなんだよ! ただに目についただけだって言っただろうが!」

「ふむ。だがハルは委員長のことを嫌ってただろ。それこそ視界に入れたくないと思ってるレベルだったじゃないか」

「別に嫌ってたわけじゃねぇよ。ただあの態度が気に喰わないだけだ。オドオドしやがって、言いたいことあるならはっきり言えってんだ」

「それは……なぁ」

「あぁ、無理だな」

「なんでだよ」

「「お前の顔が怖いから」」

「ぶっ飛ばすぞ!」

「だからそういうとこだって。ま、委員長が出てったのはなんか先生に仕事でも頼まれてたからじゃないか? 気になるなら戻ってきてから聞けばいいだろ」

「別に気になってるわけじゃねぇよ」


 普通なら亮平の言う通りなんだが、それにしてはずいぶん慌ててた気がするっつーか……ま、どうでもいいか。別にオレが気にすることじゃねぇしな。

 



そんな風に考えてたオレだったが、結局黄咲は昼休みが終わって、授業が始まっても戻って来ることは無かった。

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