第51話 炎と水

 燃え盛る炎を両拳に纏わせたラブリィレッド。その目に宿るのは挑戦的な光だ。

 最初のやり取りでブレイブブルーに圧倒されたラブリィレッドだったが、それでも全くと言っていいほど負ける気はなかった。

 否、そもそも紅咲晴輝という人間は根っからの負けず嫌いだ。たとえどれほどの実力差があろうとも、たとえ相手が自分よりも強かったとしても、己の全力を尽くす。それが晴輝の流儀だ。


「はぁああああっっ!!」


 先ほどと同じように地を蹴ってブレイブブルーに肉薄するラブリィレッド。


「また同じ手を。馬鹿の一つ覚えでは——っ?!」


 同じようなルートを通って攻撃を仕掛けるラブリィレッド。だがその速度は先ほどとは比べ物にならないほど上がっていた。だからこそ今のラブリィレッドの速さには意表を突かれ、反応が遅れてしまった。


「そこっ!」

「っ!」

「まだまだ行くよ!」


 顔面目掛けて放たれたラブリィレッドの炎の拳をブレイブブルーは紙一重で避ける。だが、避けれたのは拳の直撃だけで纏っている炎の熱さまでは避け切ることはできなかった。

 

「一気に畳み掛ける!」

「っ……調子に乗らないで!」

 

 機先を制し、一気に勝負をつけようとしたラブリィレッドだったが、それを許すほどブレイブブルーは甘くない。ラブリィレッドの仕掛ける連撃、その間隙を縫って剣を振った。そしてそのまま後ろに跳んで距離を取り、場を仕切り直す。


「ふふん、どんなもんよ!」

「少しペースを握れた程度でそうやって調子に乗る……だからあなたはいつも最後の最後で油断してピンチになるのよ」

「うぐ、こ、今回は油断しないから!」


 前に戦ったフレザードといい、今回戦ったクラカッティといい、ラブリィレッドには詰めが甘い部分がある。

 それはブレイブブルーだけでなく、フュンフからも指摘されたことだ。今回ほどではないものの、危うい場面に出くわすことは何度もあったからだ。

 そこがラブリィレッドの弱点とも言える。本人にももちろん自覚はあるが、だからと言ってなかなか直らないのが実情だ。


「……イラつくのよ、あなた」

「え?」

「あなたのその目。自分のことを信じ切ってるその目。絶望というモノを知らないその目が」


 そんなラブリィレッドのことを見て、ブレイブブルーはその苛立ちを隠そうともしなかった。


「今回は、次こそは、そうやってありもしない希望に縋って……怪人との戦いはそうじゃない。一度の油断が、一度の気の緩みが、怪人に付け入られる隙になる。いい? 魔法少女に次はないから。そのことを思い知らせてあげる」


 その次の瞬間、ラブリィレッドの正面にいたはずのブレイブブルーの姿が掻き消えた。


「『水閃』」

「っ!」


 その声が聞こえたのは足元から。その一撃を避けることができたのはある意味奇跡だったのだろう。しかしブレイブブルーはそこからさらに間髪入れずに攻撃を仕掛けてくる。先ほどと立場は逆転し、今度はラブリィレッドが一方的に攻められる展開となった。

 距離を取ろうとしても、反撃しようとしても、その全てをブレイブブルーは先読みして潰していく。

 じわじわと、しかし確実に。真綿で首を締めるようにラブリィレッドは追い詰められていった。


「あなたの攻撃には覚悟がない。あなたの拳には意志がない。全てが中途半端なあなたが……私に勝てると思うな!」

「うる……さいっ!」

「っ!」


 そんなブレイブブルーの言葉を撥ね退けるかのように、ラブリィレッドは己の両拳に纏わせた炎を爆発させる。自爆ともとれるその爆発に、至近距離にいたブレイブブルーも巻き込まれる。

 だが、すんでのところで気付き、距離をとったためダメージはほとんどない。逆に大きなダメージを受けたのはラブリィレッドの方だ。


「……何してるの?」

「あのままじゃ押し切られるだけだから無理やり引き離しただけ」

「それであなたがダメージ受けてたら意味がないでしょう?」

「まぁ確かにちょっと痛かったけど。でもそれだけ。動かせなくなるほどじゃないし、まだ全然戦える」


 グッと拳を握るラブリィレッド。その両腕からはとめどなく血が流れている。自分の爆発に巻き込まれたものによるものだ。

 それでも確かにラブリィレッドの言う通り、ブレイブブルーと距離を取ることには成功した。最初の連撃を受けた時、ラブリィレッドは普通の方法ではブレイブブルーの連撃から逃れることはできないと考え、そしてその対策として両拳に炎を纏わせたのだ。

 万が一の時、ダメージを受けてでも爆発を起こして攻撃から逃れられるようにと。

 そして、その狙い通りの結果となったわけだ。

 たとえダメージを受けたとしても、ラブリィレッドの目から戦意は失われていない。

 

「ふぅ……」


 再度両拳に炎を纏わせるラブリィレッド。そして、先ほどの自爆攻撃を見てしまった以上ブレイブブルーは安易に踏み込むことはできない。


「怖がってるの?」

「そんなわけないでしょう。自分で自分にダメージを与えてしまうような愚かな戦い方をしてしまうあなたに呆れてるだけ」

「それでも、どんなにダメージを受けたとしても、最後に立ってた方が勝ち。勝負ってそういうものでしょ」

「たった一度つたない作戦が上手くいったからって調子に乗らないで。そっちがその気なら、こっちにも考えがあるだけ——水よ」

「っ!」


 ブレイブブルーの握る剣、その剣身に水を纏わせる。


「あなたができる程度のこと、私にできないはずがないでしょう」

「まぁ、そりゃそうだよね」


 ラブリィレッドが炎を拳に纏わせたのと同じことをブレイブブルーはしたのだ。


「…………」

「…………」


 睨み合い仕掛けるタイミングを計る二人。

 そして——。


「ふっ!」

「はぁっ!」


 全く同じタイミングでラブリィレッドとブレイブブルーは駆け出し、ぶつかり合った。

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