13th なんてことじゃないのさ相棒
朝から冷え込む日曜日だ。ウイルスが舞う外になんか出るものか。
ぼくは北海道で買った紅茶を淹れ、ごちゃついたデスクの上のMacに向かい合って小説を書いている。
緊急事態宣言2回目、もう出たんだっけ?
北海道の豪雪はひどかったな。さむがりのぼくには耐えられない。
「よくもまあ、こんな嘘がペラペラと書けるもんだな」
僕の「相棒」――望月飛花は、じろりとこちらを見た。
ちょうどすべて読み終えたところらしい。彼の手には僕の書きあげた原稿がある。
その原稿は、真駒輪廻を追って望月落葉を名乗る女性・水田真理と北海道まで旅をしたときのことを描いた小説形式の「手記」だ。
しかし彼は――どうやらお気に召さなかったらしい。
「人聞きが悪いな、飛花。別に嘘なんかほとんど書いてないだろ」
「何言ってんだ、大嘘つきじゃねえか、カルマ。お前が誰よりも真駒輪廻のファンだったのに、まるで自分は熱狂的なファンに巻き込まれて北海道まで行ったかのような話にしやがって」
「そっちのほうが面白いだろ?」
「だいたい、お前、この水田ってファンより先に北海道に行ってただろ? 俺に土産の紅茶だって買ってきただろ」
「あのおみやげの紅茶、美味かったっしょ?」
「美味かったけどさ」そういって紅茶を飲む飛花。「――そもそも、真駒輪廻のラストビデオの存在もお前は全部知ってたんだろ?」
ぼくはうなずいた。ぼくは水田さんの真駒輪廻探しに付き合ってあげただけだ。
「真駒輪廻を憎悪してるみたいなことも書いてたけど」と飛花。
「それも別に嘘じゃない。あの才能を憎らしく思ってたのは本当だよ」
「そんで、この続きは? うやむやにするつもりじゃないだろうな」
「それを知って一体どうなる?」
「ファンなら、知りたいものだろ。どうして真駒輪廻が終わりを選んだのか」
「それは逆だ。むしろファンだから想像したくないんだよ、飛花」
ぼくは言った。
「崇拝する相手が自分で最後を選んだとき――卒業を選んだとき――、それについてあれこれ邪推するのは好きじゃないんだ。自分にとっての神様が、どうして自分で幕を引いたのか、その先に未来はなかったのか。もちろん、なんとなく想像することくらいならあるだろう。あなどれない妄想さ。でも、そこに正解はない。
勝手に自分たちがあれこれ推測するなんて、邪推でしかないんだよ。
公式に終わりが訪れたなら、その先はうやむやだ。うやむやでいいんだ。
平凡なぼくたちに、才能ある人の本音なんてわからなくていいんだ」
「だいぶ真駒輪廻を神格化しているようだけど」
「そうだね、だからこそ、ファンでいられるのかもしれないな。人じゃなく、神のように思うからこそ――。一方的に崇拝できる存在であるからこそ、好きでいられるんだと思う。神が人だったらって考えた時、ぼくたちはこんなに愛をぶつけることはできない」
「――ふうん。そんなものかね。水田真理さんは結局どうしてお前を連れてったんだ?」
「そりゃ、僕が熱狂的なファンの『カルマ』だって気づいてたからだよ」
「彼女はこんな結末で納得してたのか?」
「悲しんだりはするだろうけど、そのうち立ち直れるよ。次の神が見つかるさ。日本は多神教の国だからさ。彼女にとって、真駒輪廻は、神のように遠い存在か、もしくは趣味でしかなかったと思う。アーティストとか、アイドルとか、表現者に対する気持ちって、そういうものじゃない?」
「神か趣味ね……」
飛花はなんとなく納得したかのようにつぶやいた。
そして、だったら俺にとっては真駒輪廻は趣味でしかないわ、という。
「だって、曲を聞いただけでトリップしちゃうなんて、やっぱ俺にはわかんないわ。俺、真駒輪廻の曲めっちゃ好きだけどさ、さすがにそこまでにはなんないもん」
飛花はそういって笑った。
そうだ、普通なら、そんなもんなんだろう。普通は趣味でしかない。
神だと思っている人にしか、その世界は見えない。
「でも、お前、この手記さあ。さすがにここで終わらせんのはどうなの? どうして真駒輪廻が死んだのか、どうして真駒輪廻が引退したのか、そのへんの動機まで書き込んでこそなんじゃないの?」
「ああ、昔読んだ小説に『犯人は誰でもいい』なんていう結論の作品があってさ」
「なんだそれ」
「それなら動機についてだって『そんなことはどうでもいい』っていうのだってありだろ」
「ありなわけあるか。これじゃそもそも作者が読者をペテンにかける記述をしてはならない――ってミステリの鉄則も守られてない。そもそもこれじゃ『真駒輪廻って誰だったの?』っていう真相も明かされなくて、読者は納得しないよ?」
「ミステリじゃなくて手記だって言ってるだろ」
「そんなことはどうでもいいんだよ。早くちゃんと続きを書けよ」
「だから続きを今書いているところだろ、曲でも聴きながら待ってなよ」
答えて、ぼくは再生ボタンをタップした。
真駒輪廻が最後に残した曲。それは彼のものとは思えないほど穏やかで、優しい音色のメロディだった。
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