「千円札」

@ZKarma

第1話

「Huum……建設物が聊か短小が過ぎます。資本力にの乏しさが拭いきれません」


東京沿岸部、その埠頭に停車するトラックの上からビル群を睥睨するコーカソイドの偉丈夫は、あからさまな嘲声を滲ませながらそう独白した。


「耐震性能が求められる故の高さ、というのは自らの資本力の乏しさを隠すための言い訳に過ぎません。辺境の低所得人種共ではこれが限界ということでしょうか」


いかにも高級そうなブランド物の白スーツと黒いブーツを身に纏う男は、やおら背後の闇を振り返る


「この地に住まう者として、貴方はこの光景にどのような見解を抱きますか?」


「特に何も。どちらかというと比較によってしか価値を創造できないその侘しい視座が気になるな」


そこに居たのは、いかにも奇妙な黒づくめの男だった。


「合衆国で勢力を拡大しているソーサリーズクランのメンバー数人が我が国に入国した、という情報が入った。そしてこれ見よがしに自らの信仰を垂れ流す未登録のソーサリー……貴様がそのメンバーの一人で相違ないな?」


「然り。私はステイツを本拠とするルイブランの使徒が一人、マモンと申します」


「単刀直入に訊こう。この国に来た目的は何だ」


「勿論、侵略ですよ。あなた方には我々の西部侵攻の為の拠点として、その資本を提供して頂きたい」


「面倒な交渉は嫌いだ。つまり、喧嘩を売られている、と受け取って構わんな?」


「日本語には良い慣用表現がありますね。そうとって頂いて構いませんよ」



マモンはその靴先で自らが立っていた10トントラックのボディを蹴った。


――貴方がたにそれを買い取る資本があれば、の話ですがね…?


その衝撃で開かれたドアから、黄色の紙切れが無数に溢れ出す。


「これは、一万円札か……?」


「然り!ドルから両替の際の手数料を差し引いても尚圧倒的なこの資本力を見るがいい!!!」


夜闇を黄色の輝きが覆い尽くす。

一瞬にして凄まじい信仰力が、空間を支配した。


「これは、資本への…いや、よりプリミティブな”金”への信仰か」


「然り!!」


マモンの掲げた手に百枚の一万円札が集まり、100万円から成る”札束”を構成する。


神々レリジョン文化アカデミア民族ナショナリズム断絶レイシズム文脈コンテキスト視座コグニション

それらを包括する摸倣子ミーム類推アナロジー、そして祈りオラシオン

それらを操る我らソーサリーにとって、最も強力な「信仰」とは何か?」


束ねられた札束の放つ信仰の輝きに呼応し、津波の如く氾濫する一万円札が、指向性を持って上空に集まり始める。


「それは金です。この紙切れ一枚に宿る信仰の集合。その御上に仮想される虚像こそが、現代文明において最も尊い神座」


顕現するのは、一万円札で編まれた”鷲”。

合衆国を象徴する金獣が、甲高い鳴声を上げながら羽ばたき、獲物へ向けて急降下する……!


「我が名は拝金主義者マモン。資本経済に浴する者であれば、決して抗えぬこの紙束の重みに圧死するがいい!!!」


轟音と共に、資本の鳥が炸裂する。

途方もない質量と、それに込められた膨大な祈りは、大地に巨大なクレーターを築き上げた。




「抵抗も出来ませんか。無様なことですが、極東の低所得人種とあれば無理もありません。この程度の戦力しか居ないのであれば、我々の侵略も容易く叶うでしょう…」




「そう逸るなよ、ご客人」


踵を返してその場を去ろうとするマモンの背に、先ほど圧し潰されたはずの日本のソーサリーの声が掛けられる。


「貧困な癖に生き汚いとは、惨めな生態ですね。大人しく潰されていればいいものを…」


マモンは今一度札束を掲げる。

それに呼応し、再び急降下しようとした金獣は――


「悪いが、それは俺には通用しない」


一枚の札によって両翼を切り落とされ、失墜した。


「同じ資本使いだと!?しかし、高々一枚の一万円札になぜこれほどの信仰が……?」


ドサドサと音を立ててばら撒かれる一万円の束に足を埋めながら困惑するマモンの前に、パラリと先ほど鷲の両翼を切り裂いた紙幣が落ちる。

それを見て、マモンはさらに困惑した。


「千円札…だと…?」


それは、一万円札の十分の一の価値しか持たない筈の紙切れであった。


「資本こそが至上の信仰か。結構なことだが、文脈を選んで使うべきだな」


「在り得ません!非文明圏ならともかく、資本経済に浴する地においては普遍性の極めて高い価値観の筈だ…!現に貴方もそうして資本を使っているではありませんか!!」


「それはそうだが、例外は常に存在する。例えば『子供』」


激高するマモンの前で、さらに在り得ない光景が連続して起こる。


謎のソーサリーの肉体が、急激に縮み、若返っていく。


「子供、特に10歳に満たない幼子にとって、一万円とは非現実的な存在の一つだ。

正月などの祝時に手に入る時はあっても、大抵の場合それは子供の管理能力を危ぶむ保護者に没収される」


遂には7歳程度の姿形になったソーサリーは、両の手を高く掲げた。

それに呼応し、彼の首にぶら下がっていたマジックテープ財布から3枚の千円札が飛び出す。


「そんな子供にとって、最も身近で力のある資本とは千円札だ。実際俺の小学生の頃のお小遣いは3千円だった」


三枚の千円を衛星の如く周回させながら、少年は不敵に笑う。


「自己紹介が遅れたな、拝金主義者マモン。俺のソーサリーとしての聖名は子供銀行プレイ・ハウス――どうやら俺達は、相性が良いらしい」

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