8 スパイってなんでかっこいいんだろう

「何者だ?」

「それはこっちのセリフなんだけどね」


エルフの誰何にそう応える間に相手を観察する。

右手にはナイフ、躱されたと見てすぐに残心をとり隙なく構えられている。

めくれたローブの中にはここらでは見かけない、ゆったりとした服装が見える。

異国風、我が国が国境を接する国の中では南方の風情がある。

顔つきについてはエルフの顔を見分けるほど見慣れてないのでなんとも言えない。

間違いなく美形ではあるが、どこか険がある。


「今のを躱すのであれば、ただものではあるまい」

「いきなり斬りかかってくる人物よりは普通のつもりではあるよ」


格好の割に言葉に淀みはなく、訛りもない話しぶりだ。


「工作員か何かか?」

「そう問われて『はい』と応えるとでも?」

「それはそうだ」


エルフの魔力が高まる。

こちらも腰の剣に手をかける。


先ほどのそれよりさらに速く振られるナイフを、バックステップをしつつ抜きがけの逆袈裟で払う。

相手は剣を払われた勢いを殺さぬまま回転しつつなおも前進、姿勢を下げこちらの足元を狙ってくる。

それをさらに後ろに跳躍、壁を蹴って飛び越えながら相手の背面を攻撃しようとしたが、思ったよりずっと低い姿勢で剣が届かない。

仕方ないのでそのまま飛び越えて間合いをあける。


「本当に何者だ……?」


そうひとりごちる相手の視線がこちらの剣へと向く。

武具に関しては使い慣れたものを持ってきている。

通常のものよりやや短尺の両刃剣で、魔法的な加工も入っている一級品である。

学院の入学祝いとして父上から頂いたものだ。

その柄には銀の鷲と十字の意匠が彫り込まれている。


「その紋章、グーテンベルク家の者か?」

「そうだ。我が名はアトリシア・グーテンベルク。ジェラルド・グーテンベルクの娘だ」

「それなら早く言え……いや待て娘?」


相手から急速に殺気と魔力が散っていくのを感じ、正直に応える。

素直に答えたというのにまだ疑問が残っているようだが。


「……いや、それは置いておこう。ともかくそうであれば我らが争う必要はない」

「ふむ。ではまずそちらが何者か名乗ってもらえるかな?」

「そうだな」


そう言ってナイフを懐にしまう姿を見てこちらも剣を収める。


「改めて名乗ろう。私はウラリー・エルノー、所属は近衛騎士団になる」




屋敷に戻って荷物を広げる。

武具は身につけて出発するから良いとして、それの整備用品と、着替えを数日分、タオルを数枚、保存食。

毛布はなるべく小さく丸めてバックパックの外側にくくりつける。

清潔な包帯と度数の高い酒──応急処置用だ。

その他、細々としたものを用意して、明朝の着替えを準備したら早めに就寝する。

遠足の前日のこどものように眠れない、ということもなくあっさり眠る。

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