3、思わず口をついて出ることって、意外とある

「やあ、こんなところでどうしたんだい、お嬢さん?」


キザを通り越して気持ち悪い気もするが、この世界においては割とアリな表現なのだ。

歌劇の登場人物を現実に落とし込んだらこれくらいかな、という具合らしい。

ボク的にはそれって相当痛い人なんじゃないかと思うけど、それなりに受け入れられているので良しとしておこう。


学院入学から数ヶ月が経とうという頃、何気なく中庭の散策をしていたところ一人の少女と出会った。

この辺りでは珍しい黒髪を持った後ろ姿と、何かを探すように草むらを覗き込んでいるのが気になったのだ。


「あ、いえ、その……」


振り向きつつ、言葉にならないことを返して来た少女。

背は高くもなく低くもなく、顔も整ってはいるがことさらに美形というわけでもない。

親戚や近所の女の子なら美人さんだねって言われそうな、平凡の範疇に収まる容姿だ。

黒髪と、それが隠す澄んだ青い瞳が一番の特徴といえるか。


「この辺りに、猫が居ついてて、私、よくご飯をあげてたんですけど……」

「ほう。確かにたまに見かけるね、黒猫だろう?」

「そうです」

「君が世話をしていたんだね。野良猫にしては綺麗だと思っていたんだ。まるで君のその美しい黒髪のようにね」


肩にかかる黒髪を軽くつまんでそう言う。


「あの……猫の毛と比較されましても……」


それはそう。


どうやら彼女は、比較的に前世のボクと近しい感性を持っているようだ。

それでも、いかにも貴族然としたボクに真正面から言い放つ辺り、彼女も少し変わっているかもしれない。


「おっと失礼。悪気はないんだ」

「いえ、別に……」

「それは良いとして、その黒猫くんを探そうじゃないか」

「え、あの」

「この時間は暇なんだ。良ければお手伝いさせてくれないかな」

「あ、はい……」


猫を探しつつ、少女について考える。

彼女の顔には見覚えもないし、貴族ではないだろう。

それに彼女のもじもじとした態度はあまりに貴族のそれとはかけ離れているしね。

本人の素養にもよるが、貴族とは公式の場ではその家の名を背負った態度をとるものだ。

だからといって裕福な商家の娘という感じもしないし、奨学生かな。


学院には、義務教育段階で優秀な成績を残した生徒に学費その他を融通する制度がある。

国内中から生徒が集まってくるこの学院だが、奨学生の数は少ない。

なにせ、国をいくつかの地方に分けて、その中から一人だけが選ばれるのだ。

学費や生活費の他、申請すれば自由に使えるお金も支給されるのだから、そう何人も出すわけにはいくまい。

その代わり、学院でも継続的に好成績を出さなければならないが。

そこまで考えたところで、小さな鳴き声が聞こえてきた。


「あ、あんなところに……」


横にいた彼女は上を見上げている。

その視線を追うと、大きな樹の枝に小さな子猫がいる。


「登ったは良いけど、降りられなくなってしまったのかな」

「どうしよう……」

「どれ、ちょっと迎えに行ってくるよ」


転生以来ずっと練習してきた魔法は、それなりに扱えるようになった。

まずは足に魔力を集中、一気に枝との中間くらいまで飛び上がる。

次は指先から腕にかけて魔力を流し、樹の凹凸に指と足をかけて一旦停止。

今度は樹を蹴り上げて枝に到着。

なかなか上手くいったね。

さて肝心の子猫は、そう視線を向けた先には枝から落ちそうになる子猫の姿があった。


「あぁ!」


樹下に叫ぶ少女の声を聞きつつ、落下する子猫に向かって飛び込む。

空中で子猫を抱き取り、姿勢を制御する。

そして衝撃を風の属性魔法で和らげて着地、と。


「良かった……!」


そう言って駆け寄って来たためか前髪が流れていて、隠れていた澄んだ瞳が顕わになっている少女。

ボクの腕の中でおとなしくしている子猫をなでている彼女、既視感を感じる。

先ほどは見覚えがないと言ったが、これは前世のボクの記憶……。


あ。


「これ、乙女ゲーの世界じゃん」

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