苦悩と否定
教師として生徒だから。なんてのは言い訳だ。若気の至りだと自覚して欲しいから。そんなの俺に言う資格はない。
説明する術があっても解に沿った説明が分からなかった。世間体から言えばこの関係を持つことは悪で、生徒を正しい道に導く教師として有るまじき行為だろう。
しかし、自身の答えの証明よりも全く逆の証明の方が容易かった。
一つの事をただひたすらに考えた結果、自分の求めていた正解に辿り着く事なんてほとんどない。だから偶然見つけた者は讃えられ、今も尚自身の疑問を解明するために一生を費やす者がいるのだ。
そんな大それたモノにたった数日寄り添っただけで答えが出せるほど優秀ではない。だから妥協があって自身を偽るのだ。生憎俺には後者の才能はある。嫌われる事に離れているし、可能な選択肢はこれくらいしか見当たらなかった。自身諸共偽って彼女に俺の答えを伝える。
これは嘘だ。この嘘は自らが望んだ訳ではない。しかし、ずっと吐いてきた彼女との間にあるそれを解決するには必要な事だ。自分の汚点は回収しなければならない。大人には責任が生じるように自分で蒔いた種は自分で刈り取らなければならない。だからこれはしょうがない事なのだ。
彼女は俺と似ていて、俺は彼女と違う。
何も変わらない事を願いながらも変化を望んでいる。感情なんて決して手の届くモノではないけれど、それが行動の根源であるのは俺たち以外のも言える事だ。それでもきっと彼女は手を差し伸べて引いてくれる。俺の事が好きだから。
それでもその愛を間違いだと言わなければならない。愛に正解も不正解も存在しない。時が経った時、その一時の感情に任せた解答はあるだろうが、本当の解答は終わってみないと分からない。それが例え終わったものでも振り返った時にはいい事も嫌な事も沢山ある。きっとこのまま彼女との関係を築いてもそれは変わらない。社会的評価は著しく悪いだろうが、二人の間には良くも悪くも愛は存在するだろう。
それでも社会的地位に則って彼女との関係を認める訳にはならない。彼女は俺の事をよく思っているだろう。優柔不断で未練がましくて弱いこの俺を。しかし、俺はまだ違う。今はまだ、あの人を忘れる事はできない。だから大切な人の言葉に何度も首を横に振ってきたんだ。
なのに、どうしてこんな感情に駆られるのだろう。言葉では言い表せない。彼女を否定できない。
定まった正しい答えさえ覆しそうな気持ちになる。
それでも彼女には間違いを犯して欲しくない。だってきっと俺は彼女のことを思っている以上に大切に思っているのだから。
だから嫌われようが関係ない。正しく導きたいのだ。教師として、大切な生徒である彼女を……。
時刻は八時を過ぎ、大体の部活動が終礼をしている。そんな時間帯だ。養護教諭である俺は保健室の戸締りをして生徒用の下足箱に寄る。約束の時刻の少し前に指定の場所に着く。
「ちゃんと来てくれたんですね」
きっと彼女は俺なんかよりも先に来ていたのだろう。期待と不安を胸にこんなどうしようもない男に自身の好意を伝える為に悩み、努力したのだろう。
そして今俺は彼女のそんな努力に良くも悪くも答えなければならない。自分を偽って彼女も騙す。嫌われようが、憎まれようが、後悔しようが、もうどうしようもない。全ては俺の弱さ故に起きたのだから。
もう逃げる事は許されない。
目を逸らす事も、顔を背ける事も出来ないので、目を瞑った。
そして言い聞かせた。今この状況において尊重すべき点は彼女の未来の可能性だ。その為にも新人教師と間違いを起こしたなんて事はあってはならない。彼女はきっと何にでもなれる。今所属している事務所でも、違う何かでもきっと大成する事ができる。
だから彼女の気持ちも、俺の気持ちも気にする必要はない。尊重すべきなのは未来だ。明日は今日よりも悪くなっているかもしれない。それでもその積み重ねは記憶に残る大切な思い出になる。
「あぁ、約束だからな。一位おめでとう」
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