保健室の試験対策

休み明けと訪問者

 日々の生活において一日は総じて見れば長く感じるだろう。だが、そんな一日も一ヶ月、一年と括って見返してみればあっという間だ。つい先月行われた入学式と始業式が最近の様に感じられる。しかし、月日が経つのは早く、四月末から入る長期連休、もといGWが明け、五月に入った。

 この休みの間はずっと学校で部活動生の怪我に備えて保健室にずっと待機していた。その前日まで有給だったし、一人しかいない養護教諭だからしょうがないと割り切る。それでも欲を言えば、家でゴロゴロして惰眠を貪っていたかった。

 そんな俺とは対照的にこの長期連休中ずっと学校に登校する一般生徒を俺は一人知っている。その生徒は勉強する為に来たと言い張りながらもなぜか自習室ではなくて保健室で自習をする変わり者だ。

 その生徒とこの長期連休を過ごし、今日から再び学校が始まる。

 そして、今日からテスト週間に入る。進学系統は勿論、専門系統でも同様に行われる。当然の様に赤点も存在する。必要最低限の学力はどの学科に在籍していようとも求められる。だが、テストの内容も赤点のラインも違う。当然進学系統、特に国際栄誉科が高く、一律専門系統は低い。

 この時期はどんな部活動も専門活動も原則禁止されている。故に仕事の大半が部活動生の怪我の手当てである翼は仕事が減る筈なのだが、そんなに現実が優しい訳がない、と言うのも……。

「先生、さっきから聴いてる? ここの問題の解き方教えてってばぁ〜」

「翼先生、どうか俺たちに救いの手を!」

「「「お願いしゃす」」」

 という感じで長期連休からここにずっと居座る小倉。それに加えて野球部主将の高田秀斗を始めとする自他共に認める脳筋連中。そんなスポーツ特待で入ってきた部活動生たちとその他一人でごった返している。だから優雅に早く帰ることも叶っていない。

 この際自分が養護教諭という事を差し置いたとしても学年も違えば教えて欲しい教科も違う。統一性のかけらもない。ここまで来ると翼のやる気の有無以前に全てに対応する事は物理的に不可能だ。

「あのなぁ、ここは保健室だぞ。勉強するなら自習室に行け。分からないなら担当科目の教師に聞け。

 語学が分からないなら美咲先輩に、数学が分からないなら松永先生に、地歴が分からないなら菊池さんに、物理なら相浦に、生物なら教頭に、化学なら黒田くんに聞け。と言うか自分のクラスの担当教員に聞け」

 特に親しい訳ではないが、生徒が頼めばきっと……多分……教えてくれるだろう。

 誰が誰に何を習っているかは知らないが、名前を出した教員は授業計画を見た時に分かりやすいだろうと感じた。質問すれば真摯に対応してくれるだろう。それに正直勉強なんて日常の授業で十分だと思う。だが、人には向き不向きがある事は理解している。だからと言って俺が教える筋合いはない。

「俺たち授業中寝てるし、今更言っても互いに気まずいじゃないですか?」

「寝ているお前らが悪いだろ。てか、俺の意見も尊重しろ」

 そんな事を言いながら去年の事を思い出していた。去年の今頃は小倉しか保健室に住みついていなかったから教えはしたが、そもそも俺なんかが教えるよりも本職の教師方に教えを請う方がいいに決まっている。たかだか養護教諭の俺なんかが本職に敵う訳がないのだ。個人的な学力では勝っていてもだからと言って教えることが上手いとは限らない。個人の学力と教える上手さは比例しない。

 特に俺は勉学に関して特別努力なんてしたことない。高校に入学するまではそれなりに努力してきたが、所詮はそれなりだ。授業は聞けばある程度は理解できるし、宿題を解けば応用も容易に理解する。だから仮に教えたからと言ってろくに勉強をしていない彼らの理解を深められるかは分からないし、返って苦手意識を植え付けるかもしれない。だからあまり気が進まない。と自分の中で聞こえの良い言い訳を抱き、それがいいと自己解決、自己決断に踏み切る。

 面倒事は御免だ。疲れるし、仕事じゃないのにする理由が見当たらない。と言うかそんなに集まられたら保健室として困る。

 それでも結局はこうなると頭のどこかでは予感していた。学校にいる時点でこの先輩からは逃れられない。もっと言えばここにはもう一人いる。八方塞がりだ。

「折角頼ってくれたんだからいいじゃない。それにこんな時に頼られるなんて教師冥利に尽きるってものよ」

 そう言って保健室の扉から顔をひょっこり出していたのは進学系統語学担当の美咲先輩だった。彼女の嬉しそうな姿には触れず、無駄だと悟りながら反論する。

「自分は養護教諭なんですけど……」

「私も手伝うからいいでしょ?」

 こういう時に改めて思う。自分の自意識の弱さに、彼女の小悪魔的性格を。もう教えないことを諦めようと思った。だが、そんな俺に自己主張の強い言葉が追撃する。

「私は先生が二人きりで教えてくれるなら何でもいいですよ」

「赤点回避のためにお願いします」

 負けを認める事がが更なる成長に繋がるという言葉があるが、この場合は諦めた方が無駄な時間を過ごさずに済む。

「あー! もう、教えてやるよ。だが、教科は指定させてもらう。今日は数学だ。語学なら美咲先輩に聞け。別にせんでもいい奴は帰れ」

 言葉の荒々しさの反面、しっかり教えようとしている翼の姿を見つめる二人。彼女らの瞳に映る彼は笑っている。しかし、多分無理をしている。

 彼女らはそんな彼を見て心が痛む。変わった彼と変わり続ける彼の姿に……。

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